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文学フリマ15で頒布された『ゆりくらふと』( http://yuri-craft.xii.jp/ )に寄稿したした小説です。
電子版は以下で頒布されています。
http://p.booklog.jp/book/60646

130526(Sun) 23:05:14

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 春休みになって妹の香奈はすこし明るくなった。学校が休みになって、不登校でいることに負うところがなくなったからだと思う。わたしも、進学するとかそういうのもあるけど、中学校へ通っていたときからずっと、学校へ行くのは息苦しい感じがしていて、ときどき休んだりしていた。ぞんざいな口調で母が、中学校からはちゃんといくのよというのを何度も聞いた。あと一週間も経ずににわたしは高校へ、香奈は中学校へ通うことになる。
「いってらっしゃい」
「うん。いってきます」
 香奈は可愛い。今日のデートへ行くわたしも、学校へ行くわたしも玄関まで見送ってくれる。放課後や休みの日には手をつないで駅前のスーパーまでゆく。それ以外のときに彼女は家を出ない。ずっと昔から同じ髪型の、ふたつに結った髪が閉まる戸のかげに消える。
 春の日で、地上では吹いていないものの高空ではちがうのだろう、風が雲を蹴散らし白く暈けた陽が屋根のうえのほうでわだかまっている。天気はいいのに、今年の冬はとても寒かったせいで桜はまだ咲かない。入学式の日にも咲かないでいてくれたらいいと思う。桜の咲かない三月の見頃の花はパンジーとかビオラとかのスミレ属だったり、プリムラだったり、ニワナズナだったりする。全部プランターに咲く花で、園芸が趣味といいながらぞんざいに植えつける母が置いていったものだ。植えたきり放られ、勢いをなくした花を摘みとるのはわたしの役になっている。母は、ちはるは花が好きなんでしょう、といって押しつけるのだ。植物の世話も、家事も、香奈のことも。そうやって荒廃した家を避けるくせに、花だけは植えに来るのだ。近所のホームセンターで買ってきた季節の花を軽自動車の荷台に満載してやってくる。腐葉土は二袋も納屋に溜まっている。必要でしょう? と何も確認せずに買ってくる。庭には最近月桂樹の鉢が増え、玄関には東洋ランが三つもならんでいる。香奈の部屋のベランダにも枯れたクリスマスローズやサボテンじゃない、名前のわからない脳みそみたいな多肉植物がならんでいる。階段のポトス鉢は先週寝起きに蹴飛ばしてしまい掃除に時間がかかった。
 袋小路の薄暗い家のまえにはたくさんの季節の花が咲く。鉢植えも、垣根のやぶれたところから顔をだすベゴニアも石蕗もスノーフレークも。隣の家のまえでは垣根の山茶花が花を落としている。もっと遠くからは沈丁花のにおいがしてくる。それでもこんなに、花に埋もれてしまいそうなのはうちだけだ。
 目を背けて歩き出す。家々の間を抜けて、海までは十分程度で着く。海水浴場とかそういう海じゃなくて、ちいさい浜と磯があるだけの入り江で、テレビの、海開きのニュースとかで見るような人のたくさんいる長い浜とかじゃなくてなんだか田舎っぽい海だ。涼はもう待っていて、けれど近づくわたしには気づかない。このままこっそり近づいて抱きつくとか、そういういたずらを思いつく。けど、涼はきっと嫌がる。友達だったあいだが三年間、付きあうようになって半年、彼女は外でべたべたされるのが好きじゃないことをわたしは知ってしまっている。知っていることはいくつもある。わたしより背が高いけれど、とても高い訳ではないこと。去年の身体測定では百五十八センチで、来年度はしらないけど伸びているということ。その差がついてしまう身長がいくつになったのかを同じ高校に進学するから知ることが出来るということ。見た目は中性的で、だからといって美しいとかではなくてまだ男子との別が着いていない、すこし猿っぽい顔立ちでいることと服のしたも痩せて同じなこと。勉強はわたしと同じくらいにあまりできないこと。私服にはあまり気を配らずここ最近はジーパンにパーカー、モッズコートの姿でいることが多いこと。性格は、無気力であること。
「涼」
 ゆっくりと立ち上がる。手に持っていた細い流木の枝を投げ捨てるのが背中越しに見えた。「ああ、ちはる」振り返った顔はなんだか幸せそうに笑っている。そういった顔を見ると幸せな気分になる。わたしのこと好き? と訊いたことはない。そういうことをいってはいけないというのは何となく知っているし、重たい感じがするからいいたくないからだけど、それ以上に答えをきくのが怖いからだ。好きではない、とかそういうことをいわれてしまいそうな気がする。告白はわたしからだった。答えを待つ一瞬、涼のおびえて身を縮こまらせていたいたときの顔はすごく嬉しいという風ではなかったことを思い出す。いつだかそのことをいうと、照れていたのと返された。
 怒ったように無口で、わたしの手をとって歩きだす。何日かまえにもこうした。何日もまえにも、何度も。
 濃い茶色だったり、風紋みたいに黒い筋が走っている砂浜をすぎ、磯を歩く。春の海にひとはいない。この時間では漁船もいない。わたしたちと鳶と鴎くらいだ。眩しい陽に、波の立たない海面が鏡みたいに光っている。
「転んじゃう」
「……ごめん」
 ぼそりと口にして涼は速度をゆるめてくれる。直後に彼女のほうが足をすべらせて岩のくぼんだところに片足を浸からせた。
「冷たい」
「急いで歩くからだよ」
「かわかさなきゃ」
 そういって、両足とも靴と靴下を脱いで岩のうえに座ってしまうのでわたしも隣に座る。涼は無気力だしマイペースだ。わたしがいないように振る舞うこと、容赦のなさに不安にさせられる。
 涼が気負うような格好をしないのでわたしもしなくなった。わたしだけ気合いをいれた格好をしていたら、涼とちぐはぐになってしまう。本当は、彼女にももっと可愛かったり、格好良かったり、気を遣っていますという格好をして欲しい。そのほうが恋人同士のすることみたいだし、恋をしていると実感できるから。
 涼は座ったまま動かず、何もいわなくなっていた。だからわたしも黙っていた。隣り合って座って、手だけが触れている。波間に光がきらめくのをずっと見ていると目がいたくなった。沈黙が、すこし重たかった。
「秘密があるの」
 焦らして焦らして、わたしが耐えきれなくなったころようやく彼女は口を開く。
 涼のよく使う手で、そしてずるい。困っていたのにそれだけで嬉しくさせられてしまうのだから。
「涼は、わたしのこと、好き?」
 けれど秘密なんて聞きたくなかった。口数の少ないせいで、どんなことを考えているのかわからないからだ。わからないから、最も怖い想像をしてしまう。想像から逃げるように、ついさっきまで考えていた、いいたくない言葉を咄嗟に口にして、さえぎってしまう。
「好きだよ」
「どういうところが」
「……よく、わからない。でも、好き。一緒に居たいって思う。私はちはると離れたくないの。ちはるが居なくなったら、私ひとりだけでいることなんてできない」
 まだかわいていない靴下をゆっくりと穿き、スニーカーの踵を潰して立ちあがり、わたしの手を取った。けど、それって、ごまかされているような気がする。面倒なことを訊いたから、安心させようと思って、お情けでしてくれたんじゃないかって思ってしまう。
「――秘密。いうね」
「待って」
「聞いて欲しいんだ」
 恐怖に身をすくめてしまう。座ったまま、口が開かれるのを待つ。もう逃げることはできない。
「……あんまり、怖いの。私、なんだか自分に芯がない気がしてて。でも、ちはるが居るから、なら、いいかなって思うの。恥ずかしい、けどね」
 これで本当に話は終わりで、涼は力強くわたしを引っ張って立ちあがらせる。磯のほうを振り返ると相変わらず波間はきらめいている。
 

 海をあとにする。春休みからのデートコースは固定されたままで、たいした言葉を交わすこともなく車も通らない海沿いの道を歩く。風が吹かないせいでコートの表面に陽の光が溜まってゆくようにあたたかい。日陰にはいるとその暖かさは錯覚みたいに消えてしまう。
「ちはる、最初に訊くと思ってた」
「何が」
 ポケットから手を出して、袖に隠されていたところを指さす。レースで編んだ、ばらのコサージュが三つ、ポケットの口についている。
「香奈ちゃんにもらったやつ。つけてみたんだ」香奈は手芸が趣味だ。学校へ行かない平日の昼間はずっとレースを編んだり、刺繍をしたりとしている。わたしが風邪をひくと、枕元で看病をしてくれるのだけど、そのときもずっと編み棒や針や刺繍に使う枠を手放すことはない。土日になるとあっさりと放ってしまうのだけど。
 コサージュはそよ風が吹くとふわふわ揺れて取れそうになる。
「だめだね。あんまり苦手で」
「……涼、家庭科苦手だもんね。ボタンもつけられないし」
「うん。だから、ちはるがあとでちゃんとつけて」
「わたし? 香奈のほうが上手だよ」本当は、わたしがつけてあげたい。けれど、なんとなく素直になるのが恥ずかしかったり、素直になりたくない気分だったので香奈の名前を口にした。涼が気づいてくれるのを待っていてくれたのに気づけなかったこと、それがいやで当てつけをいったりしているんだ。それで、涼が香奈じゃなくてわたしにつけて欲しいっていってくれるのを待っているんだ。だって、わたしは涼の彼女でしょう? なんて口にしたりはできないししたくない。それなのに、同じ言葉を口にしないかわりに同じ意味の言葉を吐いたり、仕草をしてしまう。そういう自分がとても腹立たしかった。
「でも、ちはるがいいな」
「うん……」
 罪悪感でいっぱいで、欲しい言葉をもらったはずなのになんだか裏切られたような気分だった。涼なら突き放してくれるとおもっていたのに。じゃあ、香奈ちゃんにつけてもらうとか、なんでも思わない風に、いってくれると思ったのに。
「ちはる、手をつなごう」
「うん……」
 海沿いから駅前を通り、商店街を抜けてから家に帰る。涼はお母さんに、昼食にとお金を預かっていて、そのお金でわたしが香奈をあわせた三人ぶんのお昼ごはんをつくる。春休みになってからはずっとそうだった。春休みのまえは、お弁当を三人ぶんつくっていた。わたしたちは学校で顔をあわせて、香奈は家でひとりで。ときどき、そういうことが嫌になってお昼休みに学校を抜けだして、うちで三人でたべることもあった。香奈がひとりで食事をしていることは当然嫌なのだけど、それ以上に学校みたいなものに涼と香奈との、三人のことを邪魔されることが嫌だった。
「香奈ちゃんありがとうね。すごく可愛くて、気に入ったよ」
 香奈は褒められるのが苦手で、涼の言葉に目をそらしていた。
「うん……。でも、取れかかってるから……、ちょっと待ってて。つけ直してあげる」
「いいんだ。ちはるがね、あとでちゃんとつけてくれるっていってくれたから」
「お姉ちゃんが……?」
「そ、ちはるが、ね」
 会話を横目にしながら昼食を準備する。涼は待つのが苦手だからさっとつくれるものにした。ささみのパスタで、まずパスタをゆでるまえにさっと二十秒くらいささみをゆでて、氷水にいれて締める。それからパスタをゆでて、その間に大葉をきざんで、梅干しを潰しておく。ささみを一口大に切ったら、大葉と梅干しと一緒のボウルにいれて、醤油と白だしとオリーブオイルで和える。パスタがゆであがったらボウルで具と混ぜて完成。やかんいっぱいのお湯を沸かすところから十五分くらいでできあがる。
「お待たせ」台所から声をかけると涼と香奈がそれぞれの皿をもってゆく。付きあうまえからもよくうちにたべに来ていたから専用の食器もある。ふたりで笑いながら皿をもってこたつに入る姿を見て、見ているわたしがいて、何となく家族みたいだなと思う。お母さんがふたりいる家で、花がたくさんあって、あんまり陽は射しこまないけどあたたかい居間があって、きっと、花が嫌いじゃなかったらいい感じなんじゃないのとか思う。
「いただきます」
 わたしもこたつに入ると涼と香奈はフォークに手をつける。涼のだけ、ささみをすこし多くいれたのだけど、気づいていないみたいだった。気づいて欲しい気はするけれど、でも気づいてもらっても、指摘されたらすこし嫌だ。涼は何もわからないみたいにおいしそうにたべる。こういうところが好きなところだった。
 ささみをフォークの先でつつきながら、涼は口をのっそりと開く。「ちゃんと好きだよ」「えっ」「だから、ちはるのこと。さっき、ちゃんとこたえられなかったから」
「お姉ちゃんと涼さんは付きあってるんだよね」
「……そうだよ」でも、すこしあやふやで、怖い。涼のまえではそんなこと、いえないけど。「香奈にも涼さんみたいな彼女さんがいたらなぁ」香奈がにこにこ笑って、わたしと涼を見比べる。
「そうだねえ……。涼のこと、わたし、すごく好き」だから、涼は?
「やめてよ。恥ずかしい」視線を一度さげ、ささみを口に運ぶ。「……私は、なんだか恋をするとかそういうのがよくわからなくて、でもちはるのことが嫌いとか好きじゃないとかじゃなくて、好きなんだけど、うまくいえないんだ」もう一度口を閉じてから、「来年からも一緒だけどさ、一緒に居たいな」
 涼は、すごくいい子で、ときどきわたしなんかにはもったいないんじゃないかって、そんなことを考えるのはよくないことなのに思ってしまう。もちろんひいき目はあるけど、でも、涼みたいな子なんてそうそういないし、だから香奈にも涼みたいな友達はいない。だから、わたしは恵まれている。涼がいなかったら学校へ行ってなかっただろうから。
 昼食を食べると香奈は自分の部屋に戻ったのでわたしたちも部屋に戻った。部屋は和室で、襖をあけてはいる。畳なんて手入れが面倒だし、格好悪いしあんまり好きじゃない。だから、涼をわたしの部屋に通すのはすこし嫌なのだけど、他に行く場所もないから仕方のないことだった。
「さっきの、続き」手を取られる。すこし汗ばんでいた。「もっと好きっていうようにする。だから、」だから?「一緒に居たい」
「別に、そんなこといわれなくてもわかってるよ」
 ときどき、こういうことをする。つきあい始めたころ、何度かした。それからは、一ヶ月に一回とか、二回とか。今月ははじめてだった。シーツと布団の海のなかで、余韻にひたりながら目を閉じる。ストーブをつけているけどすこし寒くて、それから、窓もしめていたから息苦しさもある。けど起きあがるのは惜しくて手をつないだままぼんやりした時間が続いている。何かいいたいことがある気がする。気が昂ぶっているのがわかる、さっきまで落ち着いていたのに急にどきどきとして、嫌な気持ちがじんわりとわきあがってきた。「わたし、プランターの花が嫌い」「……家のまえにならんでる?」「うん」「季節が変わるくらいになるとお母さんが買ってくるんだ。家のなかのやつも、みんな」涼の視線が本棚に向かっているのがわかる、本棚の一番上の段には幼稚園のころに買ってもらった図鑑のシリーズと、最近買った園芸の本とお弁当や夕食のレシピの本がならんでいる。「ずっと花が好きなんだと思ってた」「嫌いじゃないよ。図鑑とか、眺めてると楽しいけどさ、でも、すごく好きな訳じゃないの。でもね、プランターの花は嫌いなの」「どうして」「なんだかね、見ていると悲しくなるの。別に、地面に植わってるんじゃなくて小さなプランターに植わってるのが嫌とかじゃなくて、なんかね。季節ごとに花が入れ替えられて、植えてってするのがすごく苦しいの。お母さんが嬉しそうに鉢とかポットに入った花を車から降ろしているのを見たりするのも。ぜんぜんうまくいえないんだけど、なんだかね、そういうの……ずっと、わたしはこの家に住んで、季節の花を植えて、水をあげて、花殻を摘んでってことをしているんじゃないのかなって思ったら、すごく苦しくなるの」「……そっか」涼の腕が伸びて、わたしをつつみこむ。ゆっくりと頭を撫でられる。わたしも、涼の背中に手を回して、ごわつく髪を撫でた。部屋は肌寒いけど、彼女のからだは暖かかった。

 気がついてしまえば夕暮れだった。まだ眠ったままの涼の頬を指でなぞっていると目を覚ます。半開きの目と視線を交わし、口づけをした。
 そうしていると、戸がすべる。香奈だった。
「どうしてそんなことするの」
 見られていたことに気づく。言い訳だけならたくさん思いつく。まだ中学生だけど、中一でそういうことをしてるひとだっているし、とか、そういう類いのみっともない言い訳だ。
「私たちには恋愛しかないんだ」涼が口をひらく。
「……香奈にもできるかな」
「家から出ればね」
「家から出るのは怖いよ」
「私たちには、恋をすることくらいしか、愛を注ぐくらいしかできないんだよ」
 香奈は涼の言葉に応じずただ批判がましい目だけを向ける。でも、それもすぐに終わってしまって、笑った。「香奈にも、涼さんがいたらいいのになー」
 涼は布団から起きあがる。繋いだ手がほどかれてしまった。ベッドの足元に脱ぎ捨てた服を拾い、身につけ始める。わたしは毛布を抱いて、涼の背中を眺めている。白くて細い背に白いシャツが掛けられ、袖を腕がすべってゆく。裾のしたの脚がすらりと伸びている。香奈が部屋に入ってきて、わたしの隣に座る。「涼さん、きれいだよね」わたしは妹を膝に乗せ、抱きかかえた。
「涼、帰る?」
「何も決めてなかったけど……そうだね、お茶くらい飲みたいかも」
 お茶を淹れた。こたつの一辺にあつまって香奈はわたしの膝のうえに、涼は肩が触れ合う距離にいた。日が暮れてしまっても、電気はつけられなかった。ただただ笑いながら話をした。香奈が笑うと、髪が顎を撫でる。涼が笑うと、肩がくすぐったくなった。そんなことをしているあいだに、わたしは取れかけたコサージュを付け直し、帰り際、涼はそれを慈しむように目を細めて撫でていた。
「じゃあね、香奈ちゃん」
「明日もくる?」
「……どうだろう。香奈ちゃんがあいたいっていってくれるならこようかな」
「うん。あいたい」
「じゃあ、またあした」
 戸をしめて歩き出す。いつもは玄関で別れてしまうけれど、今日は何となく一緒に居たい気分だった。
「香奈ちゃんは可愛いね」
「うん……」
「むくれてる」
「むくれてないよ。暗くてそんなのわからないでしょ」
「ほら、むくれてる。ちはるも可愛いよ。すごく」
「うん」
「涼、好きだよ」
 そっか……、と独り言をいうのがきこえた。後に続く言葉はなく、早歩きをする。垣根のまえにならんだプランターのまえに立ち、振りかえる。「私も、ちはるが好き。ちはるが、私を私にしてくれるから」脚が振りあげられ、プランターを思い切り蹴飛ばす。「結構、つま先痛くなるんだね」「そうなの?」「ちょっとじんじんする」
 どんな風に痛いのだろうと、わたしも隣の鉢を蹴飛ばす。涼ほどは飛ばなくて、道の真中まで転がって土と花がぶちまけられた。つま先はたしかに、しびれたように、心臓が打つのと一緒にじんじんと痛んだ。
 楽しくて、ふたりでならんだプランターと鉢をひとつずつ蹴飛ばした。鉢は割れて、プランターは無様に転がって、花と土は混ざって汚くなった。