donuthole.org / novels / やることなすこと / 3日目 12月24日-2

170827(Sun) 18:54:42

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 お昼すぎから由海ちゃんは台所で忙しそうにしていて、わたしはというとやることがなかった。手持ちぶさたから手伝おうか、とはいってみたものの、料理をちゃんとしたことはなかった。もう手順はできてるし、台所にふたりいたら動けないというので断られてしまい、テレビをみたりしていたけど、それにも飽きてしまう。
「ちょっとでかけてきます」
 台所に声をかけるけど、忙しいのか生返事だった。一応、行き先をメールしてから家をでる。とはいってもすぐ近くで、隣の家にいくだけだった。インターホンを押すとすぐに巴さんがでてくる。
「もう準備できたの?」
「ううん。由海ちゃんはまだ準備中で、手伝おうかっていったけど必要なかったみたいです。巴さんとお話でもしていようかなっておもってきました」
 視線がわたしの首もとから足までを一瞥する。着てきた服はもう乾いていたけど運動用の薄手のものなので今朝も由海ちゃんのものを借りていた。彼女にも見覚えのあるものがあるのだろう、視線を動かす最中に表情がくるくると変化する。
「いいけど、なかに入る?」
「せっかくなので外にいきましょうか」
 巴さんは学校へ行くときの黒いダッフルコートを着て戻ってきて、さらに腕にはもう一枚抱えていた。
「その格好じゃ外にでるには寒いでしょ」
 いわれたとおり、真冬の夕方に出歩くような厚着ではなかった。差しだされたものはキャメル色の、背の高い巴さんの私服にはあまりないような、可愛らしいラインのものだった。
「じゃあ、ありがたくお借りします」
 どこに行こう、何を話そうと決めてきた訳ではなかった。あてもなく歩き始め、あたりには住宅街しかないので必然的に駅前へと向かっていた。わたしたちの住む街は都市近郊の急行の停まる駅の周りにできたもので、さいきん再開発され駅前が整備されたとのことだった。歩きながら彼女は暮らしてきた街のことを話してくれる。駅前を一巡し、最終的にスーパーでシャンメリーを買って戻ることにした。
 冬至をすぎたばかりでまだ六時にもならないのにもう日が沈んでいる。団地をでたときにはすでに残照が空の端にのこるだけだったのであたりはもう真っ暗になる。昼頃は暖かかったのに風が吹き、体温が奪われていく。それなのにわたしたちは団地の向かいにある公園にいる。由海ちゃんにメールを送ったけど、もう少し時間がかかるとのことだった。別に、由海ちゃんの家に戻ってもよかったし、巴さんの家だってよかったはずなのになぜだか外にいる。
 巴さんは生まれたときからあの白いとうふのような団地に暮らしているという。由海ちゃんも同じで、ふたりは物心のつくまえから、記憶のおぼろげなうちに馴れていたそうだ。駅前からの帰り道、ぽつりぽつりと彼女のほうから口にしてくれる。おとといの自転車での帰り道や由海ちゃんと初めて話したときのことを思いだす。ふたりはよく似ている。話しかたの癖や振る舞い、距離感から見たくもないのにそういったものを探りあててしまう。何もかも同じではなく、由海ちゃんの声を初めてきいたときそこにはおびえのようなものがあり、それがかすかな震えをつくっていると思った。巴さんも言葉が独立したような、散逸したものを集めなおすような言葉遣いをするけど、較べて木訥な響きを帯びている。団地に戻らなかったのは彼女のそんな話しかたをもっと聞きたかったからかもしれない、似ているけどちがうふたりのことをそれぞれに好きだと思っているような気がした。そんなことを考え立っていると巴さんはベンチに腰掛けている。ぼうっとしたわたしをどう思ったのか、ハンカチを広げて敷く。
「巴さん……?」
 立ちあがり、どこかへ歩きだしてしまう。為す術なく敷いてくれたハンカチのうえに座る。寒風の吹くなかで、身を刺す冷気が服越しに、座った脚の裏から伝わってくる。戻ってきた彼女の手には紅茶とコーヒーの缶があった。どうしてだかわたしは彼女に紅茶を飲んで欲しくてコーヒーに手をのばした。
「ありがとう……」
「…………」
 コーヒーに口をつけ、何か話さないといけないと思う。帰り道巴さんが自分の話をしてくれたからではない、コーヒーをもらったからでもない。わたし自身にいわなくてはいけないことがある。ばらばらの気持ちを集め、定まらないものを定め、ぼんやりした欲求を形にしたい。由海ちゃんの服のにおいをかいでいたときのようではない、無意識のうちにしてしまうことではなく私の意思として彼女たちに働きかけたい。
 由海ちゃんのことを好きと思わなかったことはない、いちばん最初から好ましいと思っていたし日毎に思いなおす。巴さんのことも苦手にすることはあるけれど、嫌いに思ったことはなく、顔をあわせるたびに更新される気持ちがある。ふたりともを好ましいと思っているけれど、明確な好きではない。曖昧な気持ちのやりすごしかたを忘れた、意識してしまわなければ何も、感興を引きおこすものではなかった、そのように生きていたはずだったのに言い訳のできないところに追いやられた。彼女のまえにいると曖昧を曖昧のままにすることができなくなってしまう。意識するとくるしくて逃れたくなる。逃れたいから欲求を形にして、暴力的でもいいから表したくなる。
「わたし、由海ちゃんのいうように太ったんですよ」
「そうはみえないけど」
「すこし体重が増えました。運動はしているのですが」
「由海のお菓子はそんなにおいしい?」
「おいしい、です」
「浅野さんって節制、とかできるひとみたいなのにそんなにおいしいの」
「わたし、そんなのじゃないです……でも、ダイエットは生まれて初めてしました」
「浅野ってお姫さまみたいなひとだって思ってた」
「わたし、そんなのじゃないです」
「傲慢で、自分で何もしなくてもひとがしてくれるって思ってるような……体重、戻したいの?」
「……わかりません。でも、あまり太りたくはありません」
「私、浅野よりひとつ年上なんだ」
「留年されたんですか」
「ううん、浪人したの。由海と一緒がよかったから」
「……どうかしているんじゃないですか」
「そうかな?」
「そうです。巴はだいぶおかしいです」
「そっか……」
 着信がはいる。準備はできたそうだ。