donuthole.org / novels / 学芸会のおわり / 1章-2

1章2節その1

一番最初
http://donuthole.org/novel.php?id=6


http://donuthole.org/novel.php?id=6


http://donuthole.org/novel.php?id=8

110721/微修正

閲覧数 1995

2

 埼玉の自宅から電車を乗り継ぎバスに乗ってきた港につく。バスは背後で扉を閉じて去っていった。あたりは初夏の陽がさし、波の音やうみねこの声がきこえてくるだけで人影はない。船が揺れていて軋む音がきこえる。学校のひとが来て、船を手配していてくれているらしいけれど、それらしいひとはみえない。簡易的な波止場のまわりをみて回ろうと思ったけれど荷物が重たかったのでやめた。服や日用品、数冊の本、ラップトップなどをつめた二つの鞄は重たくてここまでもってくるのも大変だった。
 近くに公園があり、東屋のようなものもあったのであそこで待つことにする。時計を確認すると乗り換えなどに手間取り予定の時間より少し遅れていた。まさか時間通りに来なかったから帰ってしまったのではと心配になる。それなら自分が悪いのだけど、また連絡をとらないといけない。学校があるという島まで船で片道一時間程だというのでいま連絡しても船はないだろう。ここで一晩を明かすことにはならないだろうけれど、少し不安になる。
 砂場とすべり台、ブランコ、ワイヤーフレームの球体みたいな遊具のある小さな公園に足を踏みいれると木が茂っていてこれからもっと暑くなり夏になっていくんだろうなという、憂鬱な気になってくる。すでに背中に汗をかいていて、まだ五月だっていうのにこんなに暑いのだと毎年のことだけど嫌になる。けど、もう少ししたら涼しくなるだろう。四月のおわりから五月のはじめにかけて、気温がとても高くなる日がある気がする。今日もそんな陽気の気がしていたけれど新しい環境へいっていきなり体調を崩すのもいやだからシャツのうえに冬用のカーディガンを着てきたのがいけなかった。これだったらシャツ一枚でもよかっただろう。シャツ一枚っていうのも心もとない格好だからいやだけど。
 そう思っているうちに五月のあわい日陰をつくる東屋にはいる。誰いないと思っていたけれど中には若い女性がひとりいて、彼女は座りながら眠っていた。地元のひとだろうかとおもうけれど、観光地でもなく夏みたいに海水浴にくるひともいないのだからそうなのだろう。とりあえず重たい荷物をおろし、手提げの鞄から電車を乗り継ぐあいだに買った水をとりだす。そうしているうちにうるさかったのか女のひとはまぶたをぴくりぴくりと動かして目をさました。まだ眠たそうな彼女と向かいあわせに座り、少し気まずいような気持ちになる。
「あの、宗像さんですか」
「えっ、はい……」
 このひとが学校のひとなのだろうか。名前を知っているってことはそうだろう。
「学校のひとですか。遅れてしまい申し訳ありません」
「いえ。今日は休みでしたので。時間はあんまり気にしてないです。もともとこんな僻地ですしね。きっと遅れてくるんじゃないんかなっておもってました。思ったより早かったです」
 女性はすこし緊張したように話している。わたしもそうだけれど、あんまりひとと話すのが得意な方ではないのかもしれない。
「紹介が遅れました。春野といいます。あっちのほうにあとふたりいて、あっ、きましたね」
 海のほうから歩いてくる人影がふたつあって、ひとりは背の高い男の人、もうひとりは小柄な女のひとのようだった。女のほうはジャンパースカートの制服をきているから生徒なのだろう。男のほうは春野さんと同じ先生なのかもしれない。
「菜摘ちゃんおはよー」
 制服の女のほうが東屋に駆け寄ってきてそういった。ぱさぱさした髪のながい女のひとで、わたしよりすこし年上にみえる。年上にみえるせいで、ジャンパースカートの制服は少し幼くみえた。
 「菜摘ちゃんっていわないの。一応、先生なんですよ」
 一応、っていうのは教員免許をもっていないからからなのか、それとも若いから一応なのだろうかと考えながら二人の会話をきいていた。制服をきた女の子と、若い先生の会話だ。わたしと話すときのように崩れた敬語ではなく砕けた口調で、たぶん長い間を一緒にすごしてきたのだろう。
「あはは。きみが今日からくるっていう宗像よしのちゃんだね。あたしは結城あやな。藤組だよ。藤組っていうのは普通の学校の三年生のことで、一年生は蘭組、二年生は菊組、それで三年生は藤なんだ。よしのは菊組だよね。一緒のクラスになれなくて残念だね! それで、こっちが春野菜摘先生、歩いてくるのがシィギ先生!」
 結城さんはなんだか元気っぽく話している。それをみている菜摘先生は微笑ましいような、ほんの少し困惑したような表情をしている。
「宗像先生の孫なんだよね。先生ってよしのの前ではどんな感じだったの!」
「えっと、おじいちゃんとはあんまりあったことなかったから……」
「そっか、あたしもあんまりあったことないんだ。昔はときどきあやなたちにあいにきてくれたんだよ。淡潮にきてからはいちどもきてくれなかったの。別に、いいんだけどね」
 彼は研究所を辞してから自宅にこもっていたときいている。わたしも、幼いころを除いたらあったことはないし、記憶にも姿は残っていない。船のエンジンの音がきこえてくる。出航の準備は整ったのかもしれない。