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1章2節その5

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 白いコンクリートの舗道の両側に淡い桜色と黄色の花が一面、道にあふれるまで咲いている。ラッパのようなかたちで黄緑の茎にささえられ、陽に向いて咲いている花たち。下からみたときもそうだったけど、深い森のなかでここだけが木も生えず花だけが咲いている。
 風がざあざあ吹き、その度茎をはなれた花が空へのぼってゆく。五月のうすい水色の空で、白い花散っていて、ここだけが異界みたいでいた。
「学校とここだけだね。淡潮島で人の手がいまもはいってるのは」
 山から吹いているのか、海へむいたわたしたちの背中に風がふきつけてくる。まだ若い緑をした木が揺れ、葉擦れの音がきこえてくる。
 花をつけた茎は重たそうに揺れていて、その様を眺めている間にもまた風が吹き、茎から花はもがれて、飛んでゆく。 綺麗だけど、さみしい光景だ。そう思っていると花のあいだから人が現れる。あやなさんと同じ制服をきていて、眠っていたのか髪に花びらがついている。まだ寝ぼけているみたいで、座ったままゆらゆらと頭を揺らしている。短髪の女の子で、どこか男っぽくみえるような子だ。花畑に座りこみ、眠たそうにしている。人でないことはわかっているけれど、人じゃないみたいだ。そのうちこちらに気づいて、なんていっているのかはわからなかったけど、口をうごかしていた。
「なんていったのかな……」
「あたしは先にいくね。校門のまえで待ってるから。いまのは樫野千佳。たぶん、船見花も近くにいるんじゃないかな。ふたりとも同じクラスになる子だよ。……多分、千佳は、怪物、っていったんだ。……それじゃあ」
 そういって、あやなさんはいってしまう。ひとりとりのこされて、千佳さんと目があう。しばらく固まったみたいに見つめあっていたけれど、そのうち視線を離され、また花のなかに消えていった。花さんというのはどこにいるのだろう。この花が花さんっていう訳じゃないと思うけど、風が吹くたび揺れる花は虚しく散り、生きているようにも感じられる。この島の子どもなら、そんなことがあってもおかしくないような気がして、突飛な妄想だけどその様を眺めて、射すくめられたまま立ち尽くしていた。
 千佳さんの消えたところからふたつの頭があらわれる。ひとつは黒髪の短髪で、もうひとつはこの花と同じ淡い桜色をした長い髪をした細身の女の人だった。ふたりとも同じ紺色の制服を着ていて、長い髪の(多分あの人が花さんなのだろう)ひとは風が吹くたび花が散るのと一緒に髪が揺れ、痩せたからだだからか、一緒に散り、飛んでいってしまいそうな雰囲気のひとだった。
 幼いけれど透徹とした顔立ちで、ほほえみながら桜色に髪を揺らしながらこちらへ近づいてくる。短髪の黒髪のほうは置いていかれたような格好になり、はなれていく背中をつかもうと手を伸ばすけれど空をきった。仕方なしという風にゆっくりと追いかけている。桜色の髪のほうも怪物なのだろうか。透き通った儚い感じはいまにも消えてしまいそうな気がする。自分のほうへ歩いてきているのも忘れていると目のまえに立っていた。近くでみると髪の白さが際立ってみえ、それにふちどられた顔も白く、彼女が怪物だったらこのうえなく美しい怪物なのだなあと他人事みたいに思った。
「あやなんの知り合いのひとですか」
「あっ、いえ……」
 なんとなく口ごもってしまう。黒髪の千佳さんが追いついてくる。「ちがうよ。今日から転校してくる人でしょう。怪物に淡潮以外の知り合いなんていないよ。私たちもそうだけど」「あぁ。そっかぁ」さっきまでの雰囲気は風にほどけるようにしてとかれ、なんかぽわぽわしたひとだなと思う。
「はじめまして。宗像よしのです」
「へぇ、本当に宗像先生のお孫さんなの? 」なんとなく敵愾心の感じられる態度で訊かれる。「私は樫野千佳。こっちは、」
「船見花だよ。よろしくね、よしのちゃん」
 花さんがぽわぽわ話すのを千佳は仕方ない、という風にみている。
「宗像謙三はわたしの祖父です。よろしくおねがいします……」ふたりの雰囲気に気圧されて、言葉尻が消えそうになった。
「どうしてここにきた。今更私たちがどうなったか見にきたのか」
「えっ、どうしてって……、ただ、転校してくることになったから。祖父が亡くなって、そのようにするようにといわれたので……」
 千佳はふんと鼻をならすと睨んでくる。尋問されているみたいだ。すこし怖いひとだと思う。同じクラスらしいし、ちゃんとやっていけるだろうか。どうして、初対面なのにこんなに嫌われているんだろう。
「もー、千佳は……。そんなんじゃだめでしょ。嫌われちゃうよ。ごめんね、よしのちゃん。いつもはもっと優しいんだけど。こんなこといわれたあとじゃ難しいと思うけど、花とふたりとなかよくしてね……?」
「こんなやつと仲良くする必要なんてないよ。それより、宗像先生が死んだってほんとなの?  死んで、あとを引き継ぐようにいわれたのか。それとも、研究所を去って、孫まで花と同じようにしたのか」
「もー!  千佳はあっちいってて。花は、よしのちゃんとおはなししたいの!」
 そういわれると千佳はしょんぼりしたようにわたしたちのところを去ってゆく。
「ごめんねごめんね。さっきもいったけど、ほんとは悪い子じゃないんだよ。でも、よしのちゃんには悪いけど、宗像先生のことが苦手なの。おじいちゃんっていったよね。なくなったばかりだっていうのに、ごめんなさい……」
「いえ、いいんです……。祖父がしてきたことを最近になって知ったのですが、そうですよね。恨みますよね」
「ううん、千佳みたいな子もいるけど、花は嫌ってないよ。大切な先生だし、たくさんのことを教えていただきました。ただ、千佳は、自分のからだのことはいいみたいなの。わたしのからだがこうなったのがすこし、嫌みたい。ごめんね」
「いえ……」祖父は、何をやってきたのだろう。梗概に多くのことは書かれていない。何を目指して何の研究をしてきたかが、ほんの少しだけ書いてあるだけだった。
「さっきもいったけど、本当は悪い子じゃないんです。ここの花は、みんな千佳が植えたんですよ」
「これを全部」
「みんなひとりでやったんです。他のひとには、花にも触らせてくれなくて」
 本当は、植物とかが好きな優しいひとなのだろうか。でも、そうやって思うのは、植物とかを大切にするひとは優しいひとって物語を勝手につくっているだけなのだろう。別に、いまのことですぐ千佳が嫌いになった訳じゃないけど。
「ううん。やっぱり、ごめんなさい。本当は全部、千佳の勝手なんです。わたしの名前だからってこんなにたくさん咲かせただけです。みんな枯れちゃうんですよ」
 花さんがそういうと風が吹き、満開の花が茎をはなれ、飛んでいった。
「すごいんですよ。わたしの髪の色の花をたくさん咲かせたいって、勉強して新種の植物をつくってね、いつも植えてるんです。山から吹く風でみんな散っちゃって、もう少しすると風向きで、いまの季節だけ海にたくさん花びらが散るんです。花筏みたいになって、それだけはすこし綺麗ですけど、やっぱり悲しいです」
 また風が吹き、花びらが風にまきあげられてゆく。その度、花さんは悲しそうな顔をする。向こうで、千佳が花のなかに倒れこんだり、散った花びらを抱えて、散らばして遊んでいる。さっきまでの態度とは全然違う、花さんを守ろうとするような態度じゃなくて、花さんと同じような、女の子のような雰囲気だった。
「今日は風がつよいですね。千佳には内緒ですよ。悲しみますから。花は嫌いですけど、千佳がわたしのために植えてくれるのは好きなんです」
 花さんはそういうと千佳のところへ戻ってゆく。ふたりは笑いあい、花を散らしていた。