donuthole.org / novels / 学芸会のおわり / 1章-6

1章2節その6

一番最初
http://donuthole.org/novel.php?id=6


http://donuthole.org/novel.php?id=10


http://donuthole.org/novel.php?id=12

閲覧数 1928

 花畑にきたときと同じように木々の覆いがなくなり視界がひらけると学校がある。淡潮学園と表札がかかっていて、高い塀と鉄扉の校門に隠されている。コンクリートの壁は日陰のところが黒ずみ、天辺のところだけが雨に削れ白くなっている。東京拘置所みたいだなとすこし思う。花さんと千佳は外にでていたけど、なかの人は自由にで入りできないのだろうか。
 扉のところにあやなさんが待っていていた。
「お待たせしました」
「どうだった、千佳は。花ちゃんもいた?」
「千佳には、嫌われてしまったみたいです。花さんには一緒に仲良くしてくださいっていわれました」
 遠くからみたときはわからなかったけれど、門はすこしあいていて人が通れるようになっていた。自由に出入りはできるみたいだ。だからといっても、島には学校以外に人は住んでいないそうだし、コンビニとか、いくところもないだろう。
「あはは。千佳はそうかもね。でも、きっと仲良くなれるよ。クラスも、寮もおなじなんだし仲良くする機会はいっぱいあるって。ああそうだ、千佳は違うけど花ちゃんは同じ部活なんだ。演劇部。あたしが部長だよ。九月に学芸会があってね、そこで演るんだけど人がたりないんだよ。よかったら入部しない」
 そういってあやなさんは門をくぐる。続いて学校のなかにはいると淡潮学園の校舎群がひろがっていた。もとは白かっただろうコンクリートかモルタル造のもので、いまは風雨に黒ずんでいる。三階建てのものが二棟、体育館がひとつ、五階建てのものが二棟ある、普通の学校みたいだ。
「やっとついたね。坂道ばっかりで大変だったでしょう」
「いえ……」
「部活のことは考えておいてくれると嬉しいな。学校しかなくて他にやることもないんだし。それに、部活か委員会は全員加入だしね。あたしたちみたいな子でも協調性を育めるようにとかって、宗像先生の提案なんだってさ。研究の目的とはぜんぜんちがうのにね。まあ、卒業したらどうなるかは知らないけどもし島の外にいくことがあったら困るかもしれないって思ったのかもね。ただ生活して育てるだけじゃなくて、学校なんてものをつくったんだってことははそう思ったんでしょう。いまとなっては、やっぱりわからないけど」
 校庭は広く、でもあまり整備されていないのか使われていないのか、茶色の土に雑草が生えている。校庭の真中、トラックとサッカーゴールのあいだに立つと周りにさえぎるものはなく、遠くまでよく見える。二つの山の低いほう、学校の校庭からは塀にさえぎられて海は見えないけれど、もうひとつの烏帽子型の高い山と広い空がみえる。
「今日はあっついね。毎年、これぐらいの頃は急に暑くなるねえ。ここ、空がよく見えるでしょ。夏休みになると星見の会があるんだ。さっきと同じ、協調性のためかは知らないけどたくさんイベントがあるんだよ。学芸会の他に文化祭もあるし。修学旅行はないけどね。勉強も本腰入れてやらないといけない訳じゃないし、ここを卒業しても大学へいける訳でもないんだからこういうのばっかりだよ」
 あやなさんはなんとなく機嫌よさそうにしゃべりながら広い校庭を歩いてゆく。校舎のほうではなくもうひとつの二棟つながった縦長の建物に向かってゆく。あそこが寄宿舎なのだろう。森に囲まれ、夏になるとセミがうるさそうだなと思った。
「はい、ここが寄宿舎だよ」
 校舎と同じ、白い建物にはいる。なかは電灯がついていなくて薄暗い。校舎の後ろ側、敷地のなかでも高台にある寄宿舎の開けはなたれた窓からは海がみえ、波の音もきこえてくる。靴脱ぎの奥はラウンジになっていて、低い机と椅子がランダムに並べられていてホテルみたいにみえるほかに、古めかしいシャンデリアとなぜかミラーボールがふたつ吊るされていて、窓際の椅子のひとつに私服姿の女の人が座り本を読んでいた。
「こっちの棟の一階は食堂と談話室がある。寄宿舎の図書館はむこうの棟。食事は班で、一週間交代でつくるんだ。おいしいときはおいしいし、そうでもないときはそうでもない。何かっていうと食べるのに無頓着なひとが多いからあんまりかな」
「あのひとは?」
「ああ、中野萌だ。よしのと同じ部屋になる子だよ。それと、よしのと同じクラスで演劇部の部員。あと、たぶん料理の班も同じになるかな」
 萌さんは話し声に気づいたのか顔をあげてわたしたちをみる。
「よう中野。前話した同室になる子だよ。長い間ひとりだったもんなあ」
 あやなさんは彼女のほうへ歩いてゆく。あれが一緒の部屋になるひと。と思い、同時に中野萌、とこころのなかで名前を呼ぶ。
 ページにしおりをはさみ、うつむいていて顔に垂れた髪をはらう。あやなさんよりわたしのことをじっとみていた。少し乾燥した黒髪で肩の少ししたまでの長さのものを首の後ろでふたつに縛っている。わたしをみているふたつの目は、光の加減か大きく真黒にみえ、薄く小さな唇をすこし動かしながら白いけどそばかすの散る顔をむけられた。
「中野ははずかしがりだなあ。もう少し大きな声を出せるようにならないとね」
「……突然だったので声がでにくかったのです」
 小さな声でいって、またわたしの顔をじっとみている。吸い寄せられるようにして、靴脱ぎのマットの上で立っていた脚を動かしはじめる。あやなさんは円形の机のまわりに四つおかれた椅子の、萌さんの正面に座る。わたしは入り口側のものに座り、想像よりも柔らかなクッションに腰まで沈んだ。
「あはは。舞台の上では大きな声だるようにならないとね。まっ、まだ時間はあるから大丈夫だけど」
 机におかれた本と結露した麦茶のコップはあしもとに水たまりをつくっている。本にはカバーがかけられていて、題名はわからない。カバーは薄い茶色のフェルト地で草花の刺繍が左端にされているもので、端のところに小さなほつれがある。可愛らしく手製だろうかと疑う。萌さんはそれを気にするように本をコップから遠ざける。そのとき伸ばした手の甲には翡翠色の鱗が生えていて、反対の手をみると袖口から植物の蔓と葉っぱがこぼれていた。わたしの視線に恥ずかしがるように手はテーブルの下に隠される。
「あの、中野萌です……今日から同室になるみたいです。よろしくお願い、します……」
 小さな声で、恥ずかしそうにいわれた。小柄で、引っ込み思案っぽくて可愛らしいひとみたいだなと思うけれど、叩いたら蚊みたいに潰れてしまいそうだ。それよりもさっき袖口から見えた鱗と蔓、頭をさげたとき白い襟付きシャツの襟元からのぞいた鱗も気になった。これが、研究の成果だろか。
「こちらこそ。宗像よしのです」
 千佳のことを思いだし、宗像の姓を名乗るとき、ほんの少しだけ口ごもってしまった。案の定、萌さんは宗像姓にぴくりと反応し、大きな目をまた大きくするように見開く。顔をこんなに正面から見られるのはなかなかなくて、恥ずかしくなってしまう。会話がとぎれ、談話室に沈黙がおりる。
「もう……そんな黙りこくっちゃって。お見合いじゃないんだよ」
「ち、違います!  知らないひとだから……」
 白い顔は動揺をうつしやすく、頬や縛られた髪におさえられる耳がほんのりと赤くなっていた。本当に引っ込み思案であがり症のひとだ。
「まあまあ。中野は寮にいるひとを呼んできて。いきなりみんなは大変だから菊組のひとと、あとは好きに呼んできていいよ。演劇部のも、見つかればでいいから呼んできてくれるといいな」
 本をつかみ、小走りで萌さんは走っていく。千佳みたいに嫌われてしまっただろうか。本当に演劇部に入部させられそうな勢いだ。人が少ないと部員を確保するのも大変みたいだ。
「見てわかるけど恥ずかしがりなんだ。嫌ってる訳じゃないよ。お茶、だすね」
 あやなさんもいなくなり、談話室にのこされる。風にカーテンが揺れている。日向では汗ばむくらいだったけれど風の吹く室内はカーディガンを着ていると丁度よく感じる。花さんがいっていたとおり、海の入り江のところに花びらがたまっているのか白くなっているところがある。よく見ようと立ちあがり窓辺によると海と山が一望できた。夕方前の黄色っぽい光に、海はないでいる。かもめだかうみねこだかが飛んでいて、人の姿はみえない。
「眺めだけはいいでしょ。他には何もないんだけどね」
 お盆をかかえてあやなさんが戻ってきた。隣に立ち、麦茶を手渡される。下のところにオレンジの細いものと太いものの、にほん線のなんとなくレトロな感じのものだった。
「これは共用のだからそのうち自分のを買ってくるといいよ。来週とか買い出しにいくから菜摘ちゃんについていって。よしのならたぶん自由に外にでられるしね。だめなら口添えしてあげるよ」
「やっぱり、みんな出られないんですか」
「そうだね……今日は転校生がくるからって菜摘ちゃんに頼みこんででられたけどなかなか無理かな。中野みたいにからだを直接改造してるとでられないし、わたしみたいに目に見えないところでもなかなかむずかしいかな」
「そうなんですか……」
「そうなんだよ。みんな、研究所にで生まれたかそれより前の記憶はないか研究所で生まれて、島にうつされて、ほかのところは知らないんだ。よしのにはいろいろ訊きたいな」
「うん……わたしでよければ」
「憐れまなくていいよ。見てみたいなとは思うけど、知らないんだから。きちんと憧れることなんてできない。まあいいや。とりあえずみんながくるまでいろいろ説明するよ」
 窓際をはなれ、席に戻る。向かい合わせに座り、説明をうけた。小中高とあり、クラス名は数字じゃなくて、高等部は植物の名前、中等部は鉱物、初等部は鳥の名前という風にわけられていること。先生が少ないからクラスごとじゃなくて学部ごとに受ける授業もあること。寄宿舎の外にでるときは初等部から共通の制服を着ることになっているけれど、高校生にジャンパースカートの制服はちょっと幼くて恥ずかしいこと。夕飯の準備をする食事当番は一週間交代になっていること、消灯時間のこと、部屋はふたりひと組が原則だったけれど萌さんにはしばらく同室のひとがいなかったこと、成績が優秀だとひとり部屋がもらえて、あやなさんはひとり部屋に住んでいること、寮長だけでなく、階ごとの班長がいること、男子生徒は二棟の二階に集められていること。など、いろいろだった。
「ここは、年齢は関係ないんだ。誰だって、優れていれば登りつめられる。よしのの階は菊組の千佳だし、二棟には小学生の階長だっている。宗像先生のおかげでね、身体改造に適応できる人は良くできているんだ」
「あやなさんも?」
「あたしは、出来損ないだよ。先代の首席の指名なんだ。次はあたしが、この、淡潮を治めるようにって」
「へぇ……その先代さんはいまもここにいるんですか」
「いいや、もう卒業して、どこかへいってしまったよ。どこにいるのかは知らされていない。元の研究所に戻ったか、それともあたしの知らないどこかへいったか。少なくともまっとうなところへは出られなかっただろうね。肉体の改造が多くて、みたらすぐにわかるような感じだったから。あたしは、淡潮の記憶しかないからわからないけどね。外でも、異形のからだでもでていけるところはあるのかな」
「……ないでしょうね。なかなか」
「そうだよね。どこへいったのだか。あたしたちは限られた環境でしか生きていけない生物だ。いけるところなんてそうそうないだろう。何のための研究だったのか。いいや、周知されて受け入れられるまではそんなものなのだろうね」
 祖父の研究梗概には、新たな環境に適用するための、次世代のヒトをつくるとあった。次世代のヒトで、自分たちよりもアーキテクチャから優れているものなんてそうそう認められないだろう。
「まあ、今度の劇はその先輩とか、学校の話なんだ。台本は、あたしが書きます」
 そういってすこしはにかんだ。
「ああ、きたみたいだね。みんなまとめてみたいだ」
 足音が奥のほうからきこえてきた。