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1章2節その8

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「寄宿舎はどうですか。馴染めそうですか」
「うーん。萌さんとは仲良くやれそうですし大丈夫だと思います。あやなさんにもいろいろ教えてもらってなんとかなりそうです。そういえばあと、演劇部に誘われました」
「そうですか。結城さんが部長をやってますけど、顧問もわたしなんですよ。人がなかなか足りなくてよかったら入部してくださいね」
「あ、あの……春野先生。宗像さんの鍵がないのでいただけますでしょうか」
「ああ忘れてたわ。ごめんなさい。今日のところは中野さんと一緒に行動してもらって、明日渡しますね」
「ありがとうございます」
 なんて会話をしているところにもうひとり外国人の女の人がきて菜摘先生の隣に座った。
「この子が宗像先生のお孫さん? 私はエレナだよ。担当は情報で菊組の授業は週一コマしかないけどよろしくね」
 日本語を流暢に操るひとだな、と思った。
「あはは、日本にきてから長いんだ。そういえばあと、併設研究所のネットワーク管理もやってるからわからないことがあったら訊いてね」
「ありがとうございます。そういえば、授業のシステムも先生が作ったんですか」
「あれは私もすこし手伝ったけどほとんどはメカトロニクス部の青山がつくったんだよ。あいつはなかなかすごくてねここで青山に敵うやつはいないよ。天才って感じなんだ」
「そうなんですか」
「まっ、天賦の才能っていって片付けるのはだめだけど、宗像先生の子だしね。私みたいな生身じゃ敵わないさ。ああ、子どもっていっても直接血がつながってるほうの子どもじゃないよ」
 そんなことを話しているうちに食べおわり部屋に戻った。浴場には閉まる間際に行くらしく、それまでの時間は疲れていたので少し机で眠ったりしてすごした。
 外は真暗になり、外階段を降りてゆくと風が肌寒かった。たしかに、冬場は風邪をひいてしまいそうだと思いながら風に飛ばされないよう着替えとバスタオルを抱きなおす。萌さんは先を歩き、部屋をでたときから黙っていた。からだを見られるのが苦手なのだろうと思い至り、悪いことをしたなと思った。渡り廊下を歩くとき、ふたつの寄宿舎の窓には明かりが灯り、そのむこうには星が、見たことがないくらい光っていた。星座とか、地球から肉眼で見える宇宙のことは知らないけどあやなさんのいったとおりだなと思った。
 入浴時間終了間際の浴場には人がいなくてがらんとしていた。広い脱衣所でふたりきりだったけど、壁につけられた扇風機は冷やすものもないまま首をふっていた。
「あ、あの。こっちみちゃだめだよ」
「わかってるって。付き合わせてごめんね」
「ううんっ。だいじょぶだよ!」
 先に脱衣を終えて浴場にはいっていく、服の内側がどれほどなのかは知らなけれど、鱗だけじゃなくて植物が生えていたし、着替えるのは大変なのだろう。植物のところに痛覚はあるのだろうかとか、勝手なことを考えてしまい罪悪感を覚える。
 中にはいると誰もいないと思っていたのにあやなさんが湯に浸かっていた。
「ああ、あやな。そろそろくると思ってたよ。中野も一緒かな」
「あっ、はい」
「そうかい。そうだよね。この時間なんだから。それはそうと中野とは仲良くやってるかい。まああったばかりで訊いてもわからないだろうけど」
「ええまあ。仲良くやれそうです。待っててくれたんですか」
「一応あたしも世話をみる立場だからね。菜摘ちゃんとの交換条件だったんだ。向こうにいくための。いや、義務で待ってたわけじゃないよ。仲良くしたいのは本当だし、演劇部に引き入れたいって企てもあったかな。あはは」
 笑い声が浴場に響く。浴槽に浸かったあやなさんとからだを洗うわたしとで背中を向けたまま会話する。からからと戸のあく音が聞こえ、萌がはいってくる。ちらりと見たらからだをバスタオルで隠していたけれど、太ももや腕、首に鱗と植物が生えていた。嵩のせいか、鱗より植物のほうが多く見え、蔓や葉がからだをおおい生身のところは首から上と、太ももの半ばから下と手だけみたいだった。
「みちゃだめだからねー!」
 あやなさんの笑い声より大きな声が浴場に響く。いい、とはいっていたけれどやっぱり罪悪感を抱いてしまう。
 からだと髪を洗い、ふたりで洗い場に背を向けて雑談をした。菜摘先生と同じように、大丈夫そうか、とか、そういう話のほかに学校の七不思議とかそういう話を教えてもらった。亡くなるひとが多いからか、そういう話は七つに収まらないくらいあるとのことだった。
「それから、これは八つ目の不思議だよ。この学校には怪物がいる」
「か、怪物ってあやな先輩のことじゃないですか」
「あはは。先にいわれちゃったね」
「怪物の話はいいですけど、もう……ひとが髪を洗ってるときに怖い話しないでください……」
「中野はやっぱり怖い話が苦手なんだね。そう、あたしが学校の八つ目の不思議、淡潮島と学園に君臨する怪物だよ。夜な夜なひとを頭から食べているんだ」
「やめてくださいってば! 先輩が頭からひとを食べるわけないじゃないですか……」
「はは。そうとはいいきれないけどね。夜、あたしがなにをしているかななんてわからないだろう」
「もう……」
 めぐみさんは涙目で口元まで湯につかっている。湯のなかをみると、バスタオルを巻いてはいっていた」
「み、見ちゃだめですよぅ……無作法なのはわかってますけど恥ずかしいんです……」
「ごめんね。じろじろ見ちゃって」
「やっぱり、気になりますか……?」
「いや、こういったら悪いかもしれないけど、綺麗だよ」
「……うん」
「中野は恥ずかしがりだなあ。まあいいや、中野がそういうんだからなにも怖いところがない、不思議でもない怪物の話をしてあげよう」
 そういってあやなさんは甘苦いような表情にすこしだけ遠い目をする。怪物がいるというのは概要にすこしだけ書いてあったけれど詳しいことはわからない、生徒間で通用している概念だってあった。
「最古の怪物は研究が始まって、数年以内に生まれたらしい。その頃のあたしはまだ記憶がないから知らないし、伝えられてもいないから知らない。まだ、淡潮学園が設けられる前の話だそうだ。当時はまだ少数だった同類を、自ら、全員を殺したという奴がいた。そいつが初代怪物。殺されちゃった奴はもうなにもいえないし、その怪物はそれ以降誰ともコミュニケーションをとらずにすごしていたそうで、観察記録以外に情報はほとんど残っていない。名前とかも、記録をみればわかると思うけど、調べたことがないからあたしは知らない。その当時の寮、いまの寄宿舎とは別のものだけど、皆殺しにした直後に取り押さえられて、トランキライザーをうたれて、目を覚ましたあと私が怪物だといった。以降は沈黙。さっきもいったとおり誰とも話すことはなくなった。当時の怪物はまだ初等部程度の年齢で、同類の数が増えると淡潮学園が設立される。まあ、殺しあったりしないようにコミュニケーションをとらせようとしたのかもね。それで、その怪物が、怪物は名前じゃなくてずっと怪物って呼ばれてたから名前を伝わらなかったんだけど、あたしたちと同じくらいの歳になったころ、二代目の怪物があらわれる。今度はもう少しまともに、初代怪物だけを殺して自分が怪物だと宣言する。それ以降、半年とかそれより短いくらいで怪物志望と怪物が殺しあった。強い奴は何年も怪物の座に収まっていたらしいけど、それでも卒業まで生き残ることはなく殺された。っていうのが繰り返され、今度は先代の演劇部部長田村早紀が怪物になる。ただし、殺さなかった。怪物と、自分のほかの怪物志望を全員殺さないで再起不能にした。それで、新しい怪物になる。危ない奴は刃向かってくる前に全員潰し、初めて生き残って卒業したという話。卒業のときにあたしに怪物を譲ると卒業式で宣言した。そうしてあたしがいまの怪物。いままでは全員殺しあっていたからわからわからなかったけれど、怪物になる条件は一番強くなることじゃなく、一番自分が怪物だって知らしめることなんだそうだ。まあ、あたしはなるつもりもなくなっちゃったからよくわからないけどね。っていうのが怪物の話。怪物になるとなにがあるってわけじゃないけれど、ただ、怪物になるんだ。そういうもの」
「ふぅん……怖いところがないって割にはずいぶん血塗られてますね」
「まあ、先代は殺しあわない番長決定戦で、あたしは政治で怪物に収まっているってはなし。先代からいままでは誰も死んでいないよ。これからも、死なないようにしたいね。卒業したあとがどうなるかはわからないけど」
「あやな先輩はどうするんですか。卒業したら」
 話の前半では耳をふさいでいた萌さんは頭の脇につけていた手を離して訊く。
「あはは。どうしよっかな。あたしも誰かに譲ろうかな。まだ、決めてないよ。ああ、のぼせちゃったよ。そろそろあがるね。あたしの勝手だけど一時間くらいはいってたらふらふらさ。鼻血とかでそう」
 笑いながらあやなさんは消え、浴場に残される。談話室のときみたいだなと思う。そういえば、花畑にいたとき千佳は怪物といい、わたしに向けたのと同じ顔をしていた。彼女は、彼女の同類が、淡潮の子どもたちが嫌いなのだろう。だから、その頂点に君臨するあやなさんも、宗像謙三の孫のわたしも嫌っているんだろう。わたしのほうは恨んでいる、なのかもしれないけれど。
「……怪物は、あやな先輩はいってなかったけど、なんというかすこし違うみたいなんです。わたしたちにしかわからないんですけど、先輩があたしが怪物だっていって、そのとき自然と怪物だって認識できるようになるんです。言葉でいわれたから、っていうんじゃなくて自然にわかるというか……うーん。ごめんなさい。うまくいえないです」
「いいよ。わたしにはわからないみたいだし」
「そんなものなんですか。上がりますか? よしのちゃんには悪いけど、久しぶりにお湯に浸かったらのぼせちゃって」
 浴槽のなかで緑の蔓と葉が泳いでいた。
「そうだね。時間もそろそろだし」
 先にあがり、髪を乾かしているとエレナ先生がやってきて、もう閉めるから早く出ろとうながされた。その後はまっすぐ部屋に戻り、疲れたからだはすぐに眠りにおちていった。