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2章10節その1。
お昼頃に起きる萌。

一番最初
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10

 花火のあと気がつけば眠っていたみたいでよしのと一緒に床に転がっていた。夜遅くまで起きていたせいか気がつけば陽は結構高いところまで昇っていて蝉の声もうるさく、八月の中日、あたりまえだけど夏みたいだと思った。花火の捨てられたバケツもそのまま、蚊取り線香は燃え尽きていて渦巻きの灰が落ちている。まだ寝ぼけたまま蚊に刺されたあとをかかないようにさすりながらからだが動けるようになるのを待つ。せっかく夏休みでも生活習慣をくずさないようにしてたのに失敗したな、網戸も開けっぱなしだなんてって思いながら指先から腕、ゆっくりとからだを起こしてまだ眠たい目をこする。フローリングの床に直接寝てしまったせいできしんで、背中とか頭とかが痛い。寝汗も結構かいていたみたいで、背中の形に床の色がかわっている。とりあえず網戸を閉めてあたらしい蚊取り線香に火をつける。
 昨日は何をしてたんだっけ。急にすごく一緒にいたくなって眠りたくなくて、練習をしようって誘ったんだった。それで、プールにはいって、一緒にシャワーを浴びて、花火をした。なんだか、思い出すと恥ずかしいほど暴走していたとだんだん思い出してきた。好きっていってくれたこと、また花火しようって誘ってくれたことを思い出してたまにはこんなことしても悪くないなと思った。花ちゃんとのことを問い詰めて、セックス、したことあるっていわれてすごく苦しかった。だけど、また好きになってくれた。嬉しすぎて、ほかのことなんてみんななかったことになりそうなほど気持ちが飛翔して、たしかそれは眠りかけの最後にきいたことで、好き、よしのちゃんが好き、って自分からいったのだった。問いかけを返してくれるだけじゃない、機能としての言葉じゃなくて、好きって言葉だから好きって思える特別なこと。だなんて思うのはひとつの感情を特別視しすぎているのかもしれない。でも、本棚のカバーの掛けられた背表紙をみてこれらにあこがれていたときがあったなって思い出す。いまはあこがれじゃなくて、手のひらのなかにあるものだ。
「よしのちゃん、朝だよ。もうお昼だよ」
 千佳ちゃんとの関係はこれで終わりなのだろうか。一週間とちょっとの恋人同士の関係はわたしのほうでは果たされた。でも、花ちゃんはよしののことまだ好きなんだろうなって思って息をついた。千佳のことは嫌いじゃないし好きだけど、よしのに思っているものとは違う。よしのちゃんもう起きなよ、ベッドで寝なよ、って肩をゆすりながらまぶたを少しずつ動かす顔をみて愛おしいな、毎日こうやって起こしてあげられたらいいな。きっともうすぐそうできる毎日がくるんだって思っているのに皮膚感覚に近い感情は思考の言葉についてこなくて空転しているような気がした。
「あれ……。早く起きないとちゅーしちゃうよ」
 そんな言葉をいっても感情は更新されない。たぶん昨日と同じ好きで、寝顔をみながら揺り起こすときに新しく作り直される好きとは違う。よしののことどう思ってたんだっけ、一時期は好きって頭のなかで口にするだけ、声に出してみると恥ずかしいくらいだった、っていうのはもうすぎたことでもう少し落ち着いたものになっていたけれどでもやっぱり違う、何か違和感がある。どんな好きだっけって頭のなかを潜ってみると一等光る、天体観測の星々みたいなきらめきが小箱のなかにしまわれているのを見つけたけれど、これは違う。いま思う好きじゃないって気がつく。本当に、どうしたのだろう。思考と感情がちぐはぐで気持ちが悪い。
「ん……朝だね。おはよう」
「朝だねじゃないよ。もうお昼だし、床で寝ちゃだめだよ」
 よしのが目を覚ましてしまった。自分のことを棚に上げた、くだらないことをいって会話を遅らせその間に気持ちを確かめるけど一体全体どうなっているのか、自分でもわからない。眠っている一晩の内になにもかもが変わってしまったみたいでたちの悪い、頭がおかしくなってしまう風邪にでもかかってみたのかもしれないとおもい彼女とわたしのひたいに手を当てるとわたしのほうが相対的にすこし体温が高いけれど平熱の範囲内、というか、普段通りのぬるい感じでそもそも額に手を当てたってよっぽど熱を出していないとわからないのだから意味がない。腕とか脚とかを体育の準備運動のようにぷらぷらさせ、蔓が動くか袖口の一本に意識を通してみたけれどだるいとかそういうことはなくていつも通りで、本当にあたまの一部分だけ、記憶を貯めるのは海馬だけど感情とかを司っているのはどこだっけ、前頭葉? って考えるけどそもそもそんなことは平時から知っていないので関係ない。でも、感情と思考の糸が絡まっているのか切れてしまっているのか、取り出してみることはできるのに動かない。
「あれ、床で寝てたね。おかしいね」
「うん。ほんとおかしい……」
 不安定になっているのか気がついたら涙が伝っていて、ああ本当にだめみたいだ。病院いかないと、でも、怖い病気だったらやだな。もしかしてゆきと同じような症状の前兆かもしれないって思うと目の前は真暗、深いなかに落ちていくような絶望的な気持ちになってきた。わたしにゆきのような能力はないけれど、何かの間違いで今更発現してしかも自分では気づけないなんてことになっていたらどうしようもない。きっとそんなことはないってわかってるけど思考は悪いほうへ悪いほうへとすすんでゆく。
「萌泣いてるね」
「うん。なんか、起きたときから変なの。冷たいプールに浸かってたからかな、風邪ひいちゃったかな。それとも、よしのちゃんにいじわるしたから罰があたったのかな。なんかね、ほんと変なんだ。病院いこうかな。風邪だったら、お薬のんだら治るよね。うん。だいじょぶ。すぐよくなるから。ああでも怖いな。どうしちゃったんだろう。わたし、自分のこともわからなくなっちゃったんだ。涙とまらないし、あはは、なんかおかしいね。いつもなら笑ってられるような気がするんだけど、わからないんだよ本当。悲しいとは関係ないはずなのに。ああもう、早くとまらないかな。心配かけちゃうね。ごめんね」
 くだらないことがするする口から飛びでて安心して欲しいはずなのに余計心配をかけてしまっているような気がする。横になったままのよしのが眼球だけうごかしてこっちをみている。伝う涙を拭いてみてもあとからあとからあふれてきてどうしようもない。今日はだめな日だ。こんなこと初めてでどうしていいのかわからない。やさしいこといってくれたらとまるかなって何か言葉をかけてくれるのを期待している。
「病院、いってきたらいいよ」
 からだを起こして寝汗にしめった服をつまんで不快そうにしている。だめだった。よしのはわたしのことなんてみていない。期待してしまった、きっと元気づけてくれることをいってくれるって勝手に思って裏切られた気になっている。口をひらいたらひどいことをいってしまいそうだ。でも、このことに関しては思考の言葉と感情の揺らめきが一致している。よしののことだけがおかしい。好きになったり嫉妬したりして、IOに耐えられなくなって感情が壊れちゃったのかな、そんなコンピュータじゃあるまいし、そんなことが起きるんだったらいま以前に同じことが起きていたはずだ。
「わたし、花さんのとこいってくるね。それじゃあ」