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2章2節その1

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2

 花が演劇部に行くのを引きとめて今日は園芸部の活動場所、斜面のほうへちょっと寄ってもらうことにした。品種改良を続けていて、ようやくできた新種が花をつけたのだ。見た目は変わらない、ラッパ型で薄い桜色、花の髪と同じ色だけど一年中咲かせられるようになった。これからの季節も、秋になっても冬になっても咲くはずだ。花の髪とおんなじ色の花を一年中見させてあげられる。
「ちぃ、どうしたのー。めずらしいね」
「みて欲しいものがあるんだ」
「へぇーなになに?」
「着いてからね。今日は機嫌がいいね」
「んー、そうかな。普通だよぉ」
「いつも、私とふたりだったらそんなにしゃべったりしないじゃん」
「じゃあ、そうなのかも。でも、喋らないのはちぃだからだよ。ちぃと一緒だと安心するのー」
 最近はずいぶん陽が伸びた。もう一月もしないで夏至になる。この時間でもまだ全然高いところにいるおかげで、園芸部の活動もしやすい。私は長靴に、花は指定のローファーに履き替えて校庭を横切る。まだ陸上部の連中もきていなくて、校庭はがらんとしている。春野先生は最近忙しいとのことで授業が早く終わったせいだ。鬱蒼とした森を抜け、花畑に出る。海へ向かう斜面一面に咲いた花はずっと手入れを続けているけれど春先から秋口までしか咲いていられない。秋になるとみんな枯れてしまう。冬の間は付属研究室の設備を借りて新種の改良をしたり、春が近づいてくると農耕委員のトラクターを借りて耕し、種を蒔く。咲いたそれも散り、秋になると枯れてしまう。
「見せたいものって?」
「そこの、柵で囲ったところの花。新しいのをつくったんだ。見た目は変わらないけど冬になっても枯れないんだよ。一年中咲いていられる」
「へぇえ、そっかぁ……すごいね」
 風が吹いて花の頭が揺れている。これからは、一年中咲いているんだ。冬に咲く花をみたら、花は喜んでくれるだろう。花畑のなかに踏み込み、何本かを手折る。花もついてきて隣に座った。ずいぶん暖かくなってきた。ジャケットを脱ぎ、セーターを脱ぎ、いまは丁度よくてももうすぐ汗をかくほど暑くなるのだ。
「花、制服汚れちゃうよ」
「いいんだよぅ」
 そういって寝転んでいた。緑の茎のなかに花の髪が流れて、地面からも咲いているみたいだ。手折った花でつくった花の冠を、顔の上に載せてやる。くすぐったそうに笑っていた。ここをつくるまで、花輪のつくり方なんて知らなかった。
 内緒にするのは大変だったけれど、初めて花を連れてきたときはおどろき、さっきみたいな顔をしてくれた。そのとき、冠のつくり方も教えてもらったのだ。はじめは覚えられず、何度も教えてもらいようやくつくれるようになった。要領を得ない私を花は花を作るにも育てるのも得意なのにこういうのは苦手なんだねと笑い、何度も教えてくれた。
「花はそろそろいくね。あやなんが早くきてってさ」
 からだをおこし、冠をのせられた。
「可愛いよっ。じゃあまたあとでねー」
 そういって走り出そうとする花の髪に花びらがついていた。
「もう……ついてるって」とってやったけど、なんとなく新しい花を髪にさしてやった。
「あはは。ありがとー」
 花畑でひとりになる。もう、初夏になる空で、薄青に雲が流れていた。夏になるまえに新種の種を増やさないといけないなと思い、土を耕し、種を蒔いた。慣れたもので、六畝分を新しくつくっても、まだ陽はくれていなかった。最初の頃は土をいじったこともないから大変だったけれど、いまは維持の合間に木を伐り倒し、花畑を広くすることもできるようになった。変わったものだなと思うけど、いちばん変わったのは花と同室になったときだった。もう、七年になる。くすぐったいような気分になり、休憩でもしようと腰をあげると森のなかからひとが出てきた。赤ん坊を抱えているからすぐにわかる。蘭組の佐久間姫子だ。ときどき、彼女は子供を抱えて花畑にくる。同じ組の高橋竜也との子で晨というらしい。子供を抱えた姿は目立つから記憶には残っているけれど声をかけたことはない。今日も声をかける気にはなれなかったので花のうえに寝転び、うみねこが飛ぶのを眺めていた。彼女は子供をだきながら歩道のうえをうろうろ歩いている。かぶったままでいるのは恥ずかしいから柵のところにかけていた花輪に気づき、子どもの頭に載せられた。そのうち春野先生がやってきて一緒に戻っていった。私たちのなかで、始めて生まれた子で、研究はもうされていないけれどモニタはされているようだった。横になっているとうたた寝をしてしまい、まだ明るいけど陽は傾いてきていた。そろそろ帰ろう。
 寄宿舎に戻ると、まえのベンチに宗像よしのと萌がすわっていた。宗像のほうは萌の背中を撫でていて、近づくと萌は泣いているみたいだった。
「おまえ、萌を泣かせたのか」
「いや……わたしじゃなくて……」
 睨みつけると宗像はおどおど答えて、元から好きでないうえに苛立ちで声が刺々しくなる。それにまたびくつく姿に苛立つ。宗像先生の孫、花のからだをかえてしまった奴の血縁なんだ。初対面から嫌うこともなかったといまでは思うけれどなかなか態度を変えられるものではない。
「じゃあ、ゆき先輩のことか。変なことでも訊きだしたりしようとしたんだろ」
 同室だからって、ゆき先輩のことを訊いたのかもしれないと思い訊いてみた。詳しいことはあまり知らない。当時から私は階長だったし、訊いてもよかったかもしれない、けれどふたりの仲のことを訊くのは憚られ、最後まで訊けず仕舞いだった。亡くなったあと、萌はゆき先輩のことになると異様に神経質で、やっぱり私は何も知らないままだ。先輩の最期は、朝起きたとき廊下が騒がしく、出ていったら担架で運ばれているところだった。全身に植物の巻きついたような跡があり、葉っぱがついていた。
「ちがうの……よ、よしのちゃんが訊いたんじゃなくて、わたしがわるいの……」
 泣きながらいわれる。事情もよく知らないし、宗像を責めることはできないけれど彼女に聞かせるのはいやだった。
「おまえはあっちいってて」
 宗像が体育館のかげに消えるのを確認してから話してみる。ゆき先輩のことかと単刀直入に訊いたら、そうだといわれた。あれから、宗像がくるまで彼女はゆき先輩のこと以外感情を閉ざしていて、その姿は花と同室になるまでの私みたいだった。宗像がゆき先輩と似ているからだろうか。彼女が転校してからの萌は感情を取り戻してきたけれど、それでも、ゆき先輩のことは忘れられないのだろう。忘れる必要もないけど。
「……あやな先輩が、学芸会のための台本を書いたの……。演劇部のことで、田村先輩とゆきの話なの……」
 結城先輩の台本が原因らしい。ふたりのことを掘り返すような内容で、それがいやだったとのこと。
「でも、宗像はゆき先輩じゃない。それで萌が明るくなったのはいいけどそろそろやめたほうがいい」
 泣いている彼女にこんなことをいうのは気が引けたけれど、その様子はいつも目に付いていたからいってしまった。宗像のほうは気づいていないかそれを表さないで黙殺しているのかは知らないけど、萌が宗像をみる目はゆき先輩に向けていたのと同じ、恋のものだった。
「そんなことしてない!」
「……してるでしょう。同じ目でみて、食事のときとかも同じように世話して。いいたくないけどしがみつくのはやめたほうがいいよ。亡くなった、ゆき先輩のためにもならない」
「ゆきとわたしこと、何も知らないくせに! 余計なこといわないでよ! わたし、よしのをゆきの代わりになんてしてない!」
 どうしようもないのだなと思い、私の役目だろうか、出すぎたことをしていないか不安になりながら話した。
 やっぱり宗像をゆき先輩の代わりにしていたらしい。だけど、最近はそれも少なくなってきた、宗像が好きだ。と話した。閉鎖された環境で、幼い頃から共にすごしたとなれば同性でも、私がいえたことではないけど、そういうこともある。宗像は嫌いだけど、ひとりの相手として認めて、好きになったらいいんじゃないのとろくに経験のない自分を棚に上げて仲を取り持つようなことをいっておいた。落ち着いたようで、もういうこともないから宗像を呼びにいく。
「もう、だいじょぶだから。部屋に連れていってあげて」
「う、うん……」
「別に、おまえのせいって訳じゃないから気にするな」
「わかった。ありがと」
「おまえは嫌いだけど萌は好きだから。……訊きたかった萌に直接訊け」
 気になるような顔をしていたからいってやった。萌のためには、それがいいだろう。宗像が萌をどう思っているのか、同性の関係に抵抗があるかは知らないけど、振られたなら振られたで諦めもつくはずだ。クラスは同じだけど、したければ部屋も変えられるだし、とやっぱり出すぎたことをいった自分を納得させながら寄宿舎に戻ろうとすると結城先輩たちが帰ってきていた。花も一緒にいたけれど、髪にさした花はなくなっていた。どうしてわざわざ萌を傷つける台本を、と読んではいないけど思ったので訊くことにした。