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2章3節その2

一番最初
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 最近よく眠れていなかったせいか本を読むために横になっていたはずなのに気がついたらねむっていた。顔のうえにのっていた本をとじて起きあがると寝起きだったせいか、また頭をぶつけてしまった。
「いた……」
 寝汗をかき、からだもだるくせっかくの休みなのに長い時間昼寝をしてしまったことと、見た夢のことで憂鬱になる。夢のなかで、わたしの意思を無視して蔓を絡ませていた相手はゆきなのか、よしのちゃんなのか。ため息をつきながら時間を確認すると五時すぎだった。
「だいじょぶ? すごい音したよ」
「ひあっ!」
「あはは。変な声」
「よしの……」
 よしのちゃんがわたしのことを萌と呼ぶから、わたしも呼ぶときだけはよしの、と呼んでいる。彼女は座椅子に座り雑誌を読みながら笑いと心配が綯いまぜの目でこっちをみていた。
「どうしたの。ぼんやりして」
「……ううん。ちょっと寝てたから」
「うん。そろそろ起こそうと思ってたんだ。アイス買ってきたんだよ。一緒に食べよ」
 雑誌をとじて、傍においた紙箱をとりだした。楽しそうに笑っていて、数日のぎくしゃくしたことなんて忘れているみたいだ。頭をぶつけないようにベッドから出て向かいにすわる。
「ずっと共用のやつを使ってたからグラスとマグカップも買ってきたんだ。いいでしょ」
「うん……」
 紙箱を開けながら見せてくれた。パステルの楕円の描かれたものと、六角形の透明なコップだった。紙箱のなかにはドライアイスの煙がもうもうとこもっていて、カップのアイスがふたつはいっていた。
「はい。ちょっと溶けちゃってるね。なんか、幸せそうだったから起こさなかったけど起こしたほうがよかったかな」
「えっ……」
 そういって、渡されたアイスは溶けかけていたけど、暑い部屋なのかで手のひらに冷たかった。そんなに、幸せそうな顔をしながら、眠っていたのだろうか。でも、夢を見ていたのはきっとさっきじゃなかったのだろうと自分を安心させる。
「たべないの?」
 木のスプーンですくって口に運ぶと冷たくて驚いた。
「アイスクリーム、ひさしぶりにたべたよ。ありがとう」
「あんまり好きじゃなかった」
「ううん。すごく好き。でも、あんまりたべられないから」
「えっ、そうなんだ」
「うん……冷凍庫があるからつくれるけど、買いにはいけないから。ときどき中畑さんとかがつくってくれるんだけどね」
「中畑さん?」
「孔雀組の料理部の子」
「へぇ……好きなら、また今度いったとき買ってくるよ」
「ありがと……。ねえ、どうやって買ってきたの。溶けちゃわないの」
 チョコミントとレモンのが溶けたのをこぼさないように口にはこぶ。レモンのアイスは中畑さんがつくってくれたことがあった。けど、こっちのほうが甘かった。チョコミントは、ネットで聞いたことがあるけど、初めてたべた。スースーするけどおいしい。
「暑いから買ってこようと思ってね、エレナさんに液体窒素のタンクを借りたんだ。窒息するかもしれないから部屋には持っていっちゃだめなんだってさ、そういえば、おじいちゃんみたいだねって笑われちゃったよ」
「そっか」
 宗像先生も、アイスクリームは買ってこなかったけれど、ときどきお菓子を持ってきてくれたなと思いだす。卒業したり亡くなったりしてずいぶん人も減ったけれどそのときは今と同じくらいの人数だったなと思いだす。
 わたしたちや、高等部のみんなは生きて卒業できるだろうか。ゆきは、死んだ。あやな先輩は、生きているだろうか……。
 紙のカップにはいったアイスは空になる。よしのちゃんがいなかったら、カップを舐めていたかもしれない。
「おいしかった……」
「また買ってくるよ。そういえば、なんか服の支給があるっていってたけどいってみる?」
「……うん。そういえば今日はそうだったね」
 制服のブラウスと靴下がひとつずつだめになりかけていた。夏服は、持っていないから関係がない。けれど、よしのちゃんは新しい服も必要だろうか。
 談話室におりるともう人は大分はけていて、あけられたダンボールの周りには双子とあゆはちゃんがいて双子は上半身裸で、服を着せあったりしている。きゃいきゃいと歓声をあげていて可愛らしい。
「あっ、めぐみだー」
「まだ服選びおわってなかったんだね」
「萌先輩も新しい服ですか。選びましょうか?」
「めぐみー? なんか甘い匂いするー?」
「えっ、そう?」
「アイスでしょー。いいなー紅葉もたべたい……」
「悪かったね。今度はみんなのぶんも買ってくるよ」
「わー!」「よしのありがとー!」
「あの、きみは?」
「松代あゆはです。蛍組の、農業委員です。宗像先生のお孫さんですよね。よろしくお願いします」
 そういって、黒いつややかな髪にまっすぐに立った黒い猫の耳をぴくりと動かす。あゆはちゃんは、わたしと違って自分のからだを好いている。柔らかそうな頬を緩ませて、笑いかける顔はわたしとは全然違うのだなと思わされる。袖のあたりでごわつく蔓とか、鱗とかじゃなかったら、わたしもあゆはちゃんのようになれただろうか。
「あはは。可愛いね。きみにも今度買ってくるよ。みんなで食べよう」
「はい。ありがとうございます!」
 ああ、わたしも、よしのちゃんに初めてあったとき可愛いっていわれたっけと思いだす。ひょっとして、誰にでもいっているのだろうかと勘ぐってしまう。だけど、あゆはちゃんは可愛いから可愛いっていわれても仕方がないんだと言い訳した。彼女は艶やかで豊かな髪と耳を揺らしながらころころと笑っていて、その姿はやっぱり可愛くて、悔しさがこみあげてくる。
「どうしたの、萌」
「ううん。なんでもない。服、えらぼうか」
「わたしたち、そろそろ戻ります。アイスクリーム、楽しみにしてますね」
 三つあるダンボールのうち双子とあゆはちゃんの見ていた箱には女の子らしい服が詰まっていて、あとは男の子でも着られそうなものと肌着類がはいったもの(これが一番減っている)、制服やブラウス、靴下のはいったものがある。双子とあゆはちゃんは女の子みたいな可愛らしい服を何枚か選び、廊下にきえていく後ろ姿も可愛らしかった。双子は新しいお揃いの白いサマーセーターに裾の膨らんだ臙脂色のショートパンツみたいな格好で、あゆはちゃんは可愛らしすぎるけどよく似合う水玉のチュニックとその下に裾の長いワンピースをきていた。
「ねえ、双子とあゆはちゃんの格好って可愛いの」
 わたしは、研究所と島から出たことはない。外では、みんなあんな格好なのだろうか。あれは、可愛い格好なのだろうか。わたしは可愛いと思うけれど、よしのちゃんからみてもそうなのか、自信がない。白いシャツにパーカーを羽織り、七分丈のジーンズを穿いたわたしは、可愛く見えるだろうか。
「可愛いんじゃないの?」
「そっか。……じゃ、じゃあ……わたしは、可愛いのかな……?」
 なんだか、恥ずかしくって赤くなってしまう。勢いで変なことを訊いてしまい消えたくなる。
「えー可愛いよお。でも、こういうのとか着たらもっと可愛いかもね。いつも男の子みたいな格好してるから」
 差しだされたのはあゆはちゃんが着ていたのに似た形で、細い縦縞にセーラーカラーの学生服みたいなワンピースだった。半袖で、丈は膝くらいで、裾はいいけれど腕はだせないなと思う。
「そんなの恥ずかしくて着れないよ……」
「いいじゃん、たまには。似合うと思うけどね」
 広げて、肩のところであわせられる。
「やっぱり似合うよ」
「……だめだって、腕出すの恥ずかしいよ」
「そうだね。ごめんね」
 可愛らしいダンボールを離れ、まえに補充したのと同じサイズのブラウスと靴下をひと組とりだす。よしのちゃんのほうは服をみている。みている服はゆきの趣味(わたしと同じようなのばかり選ぶので共有していた)とはちがって、もう少し露出が多くて可愛らしいものが多く、やっぱりゆきとは違うのだなと感じた。
「よしのは何かもらってくの」
「うーん。わたしはくるときに持ってきたからいいかな。それより萌の服をね」
「もう……いいってば」
「やっぱり夏服だとあんまり長袖はないね。パーカーは一枚だけだった」
 そういってわたしが選ぶような生成色をした薄手のものを差しだされ、さっきとおなじように肩のうえであわせられる。
「これだったらやっぱりさっきのほうが似合うかな。ねえ、きてみなよ」
「はずかしいってば……」
「えーだいじょぶだよ。綺麗だって」
 ワンピースをわたされたと思ったら指がのびてきて、シャツのボタンを外そうとされる。
「ちょ……やめてよ。恥ずかしいってば」
「こうでもしないと着てくれないじゃん。誰もいないんだからさ」
 話している間にもボタンがひとつ外され、ふたつ目に指がかけられる。いつの間にか談話室からはひとが消えてしんとしている。日もだんだん黄色から琥珀色になりそろそろ日がくれる。部屋の奥まで陽がさし、わたしとよしのちゃんの影が長く伸びている。また、ボタンがひとつ外される。
「だっ、誰もいないからってだめだよ……」
「抵抗しないじゃん」
 ボタンは最後のひとつになり、肌と鱗、葉があらわになる。
「やっぱり綺麗じゃん。肌も白いし、鱗も蔓も奇麗だよ」
「だっ、だめです! よしのちゃん、なんでこんなことするの?」
 手を振りほどき、ボタンを留めなおす。無言になり、遠くから聞こえる波の音だけになった。
「あはは、よしのちゃんって。うーんでも、ごめんね。萌がからだみられるの苦手なのは知ってるけど、いつも可愛いのに勿体ないよ。部屋、戻ろうか」
 持たされていたワンピースはとりあげられ、箱に戻される。
「う、ううん……わたし、着てみる。いまは、こわいけど、今度、こんどっ……着てみる!」
「楽しみにしてるよ。着たくなったら着てみてね。絶対似合うから」
 もう部屋へ戻ろうとするよしのを、ワンピースを抱えて追いかける。
「それより、よしのちゃんって何。いつもはよしの、って呼ぶのに」
「えっ、えっと……」
「もー、よしのでいいのに」
「う、うん。よしの……」
 服を脱がされかけたのと、意識して名前を呼ぶ恥ずかしさでどうにかなりそうだった。でも、これを着たら本当に可愛いっていってくれるのだろうか。はじめて、よしののことをゆきと離れて意識できた。これからは、ゆきじゃなくて、よしのって思える、宗像よしのが好きなんだと確信できた。