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2章4節その1。
台風の日、花に話があるといわれるよしの。

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 今朝から風と雨が強く、網戸の揺れる音で目を覚ました。珍しく萌よりも早く起き出して学校の支度をしている。携帯はベッドのうえに置きっぱなしにしていたし、部屋に時計はかかっていないので時間はわからない。木製のベッドははしごを登ろうとすると軋んで、萌を起こしてしまうだろう。持ちかえった教科書をまとめるとそれだけで準備はおわってしまう。七月にはいってからはずっと暑かったけれど、雨が降っているからか今日は涼しい。鞄のファスナーをあまり音をたてないように閉めると今日は体育があったことに気がついた。
「あーあ……」
 昨日は浴場の掃除当番で体育の授業があった。二日連続である体育の授業では転んで土まみれにしてしまい、浴場の掃除のときには萌にお湯をかけられて水浸しにしてしまった。二着の体操着は洗濯して、干しておいたのだけどこの分では着られないだろう。窓際によるとハンガーにかけられた指定の体操服とハーフパンツが濡れて垂れ下がっていた。
 雨があまり吹き込まないように素早く絞って部屋にはこぶ。まだ陽はのぼっていないのか分厚い雲の端のほうが光っているだけで明るくなっていない。薄い光のなかで雲が左から右へ、天球を滑るように流れている。部屋干し用のハンガーにかけなおし、部屋の入り口のとこに渡した紐に吊るしておく。これで本当にやることをなくしてしまい窓の外をぼんやり眺めていた。最近は視力が落ちてきていて、向かいの棟の明かりがぼんやりと見える。部屋の真中のテーブルから萌の眼鏡を借りるとよく見えた。いつもかけているわけじゃなくて、本を読むときくらいしかかけているところをみたことがなく、わたしの目の悪さとあうくらいの度だった。これから先、まだ悪くなるようだったら作りにいかないといけなくなる。島のそとには、一週間に一度の買い出しについていくことができ、機会はあるけれどお金はあまり持っていないからとためらってしまう。使う機会のない財布は机の鍵つき引き出しのなかにしまわれていて、あと一万円くらいはいっているはずだ。誰もお金なんて必要としていないところだけど、習慣で大事にしまいこんでいた。口座のほうには三万円程はいっていたはずだけど、卒業まで収入がないのだから大切に使わないといけない。今度、みんなにアイスを買ってくる約束もしたのだし。
 まばらに明かりのついた部屋部屋をみながらぼんやりしたことを考えている。明かりのついている部屋のほとんどにはカーテンがかけられていて、なかで何が行われているのかはわからない。四階のカーテンの開かれている窓のひとつには女の人の姿が見えるけれど、知らない人だった。萌に訊けばわかるかもしれないけれど起こすのも忍びないから眺めるだけにしておいた。向かいの彼女のほうもわたしに気づいたらしくほんの少しだけ目があったような気がしたけれど、すぐに部屋のなかに消えてしまった。こっちの部屋は電気もついていないのによく気がついたなと思いながら椅子に座る。ラップトップの電源をいれ、天気を確認すると台風が近づいているようだった。学校のメールを確認すると今日は台風接近のため休みということになっていた。準備した教科書も無駄になり、洗濯した服も濡れて今日はいいことがないなと思った。退屈なのは、萌と一緒にいてひとりで時間を潰す方法を忘れかけているからだろうかと思い、島にくるまえよくみていたサイトなどを巡っているとどこかで雷が落ちた。その音に萌も目を覚ましたのか、ベッドのほうで音がした。
「おはよう」
「うん……よしのちゃん、今日は早いんだね」
 昨日、萌の服を選んだときからよしのちゃん、と呼ばれる機会がふえた。距離をおかれているような気がする。昨日はすこし強引だったかもしれない。外階段で抱きつかれたときからなんとなんくぎくしゃくした感じになっていて、アイスを買ってきたり服を選んでやったりしたらまた、まえみたいに戻れるかと思ったけれど逆効果みたいだった。萌はからだにタオルケットを巻きつけたままベッドを出て、制服に着替えようとしている。
「今日、学校休みだってさ。台風がきてるからって」
「そうなんだ……」
 そういうとベッドにかけられた制服を離れて、クローゼットのほうへ向かっていった。わたしもそろそろ着替えないといけないとと自分のクローゼットに近づくと萌は扉のかげにかくれる。
「み、みちゃだめだよ」
「ああ、ごめん」
 萌は自分のからだをみられることを恥ずかしがる。一緒に浴場へいったのは初日だけだったし、着替えるときはいつも後ろを向いていてといわれてしまう。白い肌のうえに生える鱗や蔓は可愛らしく綺麗だとわたしは思うけれど、彼女は違うらしい。きっと、彼女は自分のからだのことだから気になっている、わたしは自分のからだじゃないから無責任に綺麗だっていえるのだ。萌のほうをみないように自分の服を選んでいると声がかけられる。
「あ、あの。昨日はごめんね……。ワンピース、いまは着られないけど、いつか、絶対着るから」
「うん、わかったよ。待ってるから」
 着替えて椅子に戻り、時間を確認するとまだ六時すぎだった。やっぱり、早く起きすぎていて、眠たさを感じる。
「よしの、今日ははやいね」
「風の音で目が覚めちゃって」
 起きたのは五時とかそれくらいなのかもしれない。そうやって意識すると眠たさが強まるような気がした。
「こっちのほうだとまだ台風は強いままなんだね」
「よしののすんでたほうだとちがうの?」
「うちは関東の内陸だからこっちみたいに強いままはこないかな」
「へぇー……台風って北よりになると弱くなるんだね」
「そうなんだよ」
「台風がくると大変なんだよ。みんな勉強しないし先生たちもそんなにやる気ないから何日か休みになっちゃうし」
「じゃあ、明日も?」
「たぶん」
 雨が窓にあたる音が聞こえ、電気はつけられないままで部屋はひっそりとしている。学校がない平日は初めてだし、こんな状況で黙りこんでいるのも初めてでどうしていいかわからないまま会話が途切れたままでいる。不意に携帯のメール着信音が聞こえてくる。わたしも萌もデフォルトのままで、そのふたつがすこしずれて聞こえた。携帯のメールは学校のメールと共有なのでラップトップのほうから確認するとあやなさんからだった。
「今日は午後から練習するから学校こいってさ」
「うん……」
 萌はやっぱりあの劇をやりたくないみたいだけれどあやなさんは張りきっている。わたしのほうは、舞台に立つのははじめてのことで萌には悪いけれどすこし楽しみにしていた。萌たちも劇をやるのは二度目で、わからないことが多いというけれどたくさんのことを教えられた。発声練習ではあやなさんに大きな声が出ると褒められた。萌のほうはまだ声がでないみたいで、恥ずかしそうにしている。まえの舞台では萌は照明をやっていたらしく、役をもらったのは初めてだといっていた。学芸会まであと二ヶ月くらいだけどまだちゃんと通しでやったことはなく、間に合うのだろうかという気もしてくる。なにはともあれ、練習が始まる一時半までまだ七時間ほどありもう一度眠ろうかと思うと萌が何か食べる、と誘ってきた。
 まだ早朝の寄宿舎はがらんとしている。いつもなら陽が昇っている時間なので廊下には非常灯しかついていなく薄暗い。内階段のほうをくだっていくと上から階段を転がり落ちるように駆けていくふたりの女の人がわたしたちを追い越していった。
「あんなに急いでどうしたのかな」
「農業委員の関根さんと畜産委員の加藤さんだよ。畑とか小屋を見にいったんじゃないかな 」
 週に一度、買い出しにいくだけではなく、学校のなかに田んぼや畑、動物小屋がある。一度見にいったことがあるけれど広くて、学校の合間に育てるのは大変だろうなと思った。
「そういえば、向かいの右側のひとってどんな人なの」
「えっと……七森さんと絵美ちゃんかな。七森さんは藤組で、絵美ちゃんは金剛組だよ。どうしたの、そんなこと訊いて」
「萌が起きるまえ窓の外みてたら窓辺に人が立ってて、目があったんだ」
 食堂に入るとまだ人はまばらで、卓のいくつかに人が座っているだけだった。夕飯と違い、朝食は自分で用意しなくてはいけないため食べるひとが少ない。がらんとした厨房に入り、冷凍のチャーハンを温めて個人用の食器棚から昨日買ってきたコップを出す。食器棚はいくつかあり天板のところに部屋番号が書かれている。食後は自分で洗い、戻すことになっている。
「そういえばさ、こっちのカップとかって使わないの」
 萌が棚まできてみてくれる。指差すマグカップとガラスのコップは萌のものに似た飾り気のないもので、使われているところはみたことがない。
「それは、ゆきのだよ。……片付けちゃわないとね」
「あぁ、そっか。ごめん……」
「いいよ。別に」
 高田ゆき。わたしが演じることになったひとつうえの先輩でもう亡くなっている。萌とはわたしがくるまえ同室だったそうだけど、詳しいことは訊いたことがない。台本がくばられた日のことを思い出し、訊くことはできなかった。台本からどんなひとだったのか考えることもあるけれど、答え合わせをしたことはやっぱり、ない。あやなさんたちも、教えてくれない。
 電子レンジのまえでチャーハンが温まるのを待つ萌の背中をちょっとみて、冷蔵庫から麦茶を取り出す。今日は学校がないから髪は結われていない。これも校則で肩にかかる長さになると結ばないといけないそうだけど、服装検査もないからみんなは好きにしている。
 適当な机に腰をおろすと花さんがやってくる。千佳は一緒じゃなくてひとりで、制服をきていた。
「おー。めぐみん、よしののおはよー」
「おはよう。千佳は一緒じゃないの」
「ちぃはまだ寝てるよぉ。花のほうが先に起きてがっこいく準備してたんだけどー今日休みなんだってねぇ」
「そうみたいだね」
「千佳はぁよく寝るんだ。朝とかなかなか起きなくてー花が起こすんだよ」
 千佳が朝弱いっていうのはすこし意外な気がした。落ち着いた雰囲気だから勝手にそう思っているだけだろう。花さんは厨房にきえて、わたしたちも食べ終わっていた。入れ違いに食器を片すとき、花さんに耳もとであとで話があるから、とわたしにしか聞こえない声でいわれた。