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2章4節その2。
台風の日、あたまのおかしい花さん。

一番最初
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 部屋に戻り一息ついていると花さんからメールの着信があり、中には場所とひとりで来てほしいとの旨が書いてあった。文章だと口調は普通なのだなと思いながら萌がお手洗いに消えた隙に部屋を抜け出した。二棟の図書館につくとがらんとしていて人はいない。電気もついていなくて薄いカーテン越しに窓を伝う水滴が見えるだけしかない。校庭のほうは白雨の水煙にけぶりほとんど見えなかった。花さんはまだきていなかったので閲覧卓のいすに腰をおろし雑誌を開こうとすると扉が開いた。
「どうしたの急に」
「すこし、訊きたいことがあるの」
 初めてあったとき、花畑にいたときの雰囲気だった。冷たくて周りを寄せ付けようとしない雰囲気、すぐにとかれていつものぽわぽわとした雰囲気になる前の花さんだった。み間違えだと疑っていたけれどそうではなく、身構えていると隣の椅子に腰をおろし、じっとみられた。食堂にいたときと変わらない制服姿で、桜色の髪が紺色のジャンパースカートや半袖の白い丸襟ブラウスにこぼれている。
「訊きたいことって」
「ううん。花と、一緒の部屋になってくれないかな」
 今日は萌みたいに首の後ろでふたつに縛った髪が顔をかしげる仕草に揺れる。一緒の部屋になって、というもぞもぞとした口元の動きと赤い色が印象に残った。
「千佳と喧嘩でもしたの」
「違うよ。花ね、よしののが好きになっちゃったの」
 いきなりなにをいっているのだろうと微笑む顔を見つめてしまう。また微笑みながら首を揺らし、髪を揺らしているけれど目だけはこっちをじっと見ている。
「なにをいっているんだろう、ってそんなのひどいよ。花は本気なのに……」
 千佳と萌のことが頭を駆け巡る。やっぱり、千佳と喧嘩したのだろうか。萌に、花さんと同じ部屋になるといったら悲しむだろうか。いや、そんなことをするつもりはない。仲良くなって、一緒に暮らしていけているのにそんなことをする理由はない。花さんが嫌いなわけではないけど、わざわざ萌と別れる必要もないだろう。それに、もし、一緒の部屋になるとしても、千佳は許してくれるだろうか。千佳も、花さんを好いているのではないだろうか。と一瞬の内に思う。
「喧嘩なんてしてないってば。花はぁ、よしののが好きだから一緒の部屋になりたいんだよ? そこにちぃもめぐみんも関係ないじゃん。花はね、めぐみんがよしののを好きなことも、ちぃが花を好きなことも知ってるよ。だけど、花が一番好きなのはよしのの! よしののと同じ部屋になりたいの」
「花さん……もしかしてテレパス持ちなの」
「えへへ。よしののだけに教えてあげるね。みんなにはないしょだけど、花は淡潮で一番強いテレパスなんだ。知ってるのはあやなんと、菜摘ちゃんと、よしののだけ。みんな知らないで、花だけがみんなのことを知ってるの。ちぃがどれだけ花のことを好きでも知らんぷりだし……めぐみんがよしののをどう思ってよしののに接してるか、教えてあげようか?」
「いや。いいよ……」
 そんな風にひとの感情を教えてもらうのはアンフェアな気がしてはばかられる。けれど、萌はわたしのことをどう思っているのか、気にならないわけでもない。そんなことを考えるのは花さんの思う壷だ。なにも考えないように、と意識するけれど、萌がわたしのことを好き、というのが頭を駆け巡る。
「なにも考えないように、なんてできないよ。なにも考えないようにっていうのを思っちゃってるじゃん。生きている限り、なにも考えないなんてできないんだよ。考えないようにって言葉がその限界、言葉がある限りよしののは花になにも隠せないんだよ」
「…………」
「ねーえ、めぐみんのこと教えてあげよっか? 知りたいよね、一番近くのひとが自分のことをどう思ってるか、知りたくない訳ないよね。それとも、よしののがしらない、よしののがよしののにかくしてる本心を教えてあげよっか。よしののが、めぐみんを本当はどう思ってるか。これも訊きたくない訳ないよね」
「どうして、そんなことを訊くの。そんなの、いっちゃったらわたしが、花さんを嫌うって思わないの。それに、萌がわたしのこと好きになる訳ないじゃない。女同士だよ。同じ部屋だからって……」
「だってここほとんど女の子しかいないもん。思春期だから友情と恋を履き違える人もいるけど、めぐみんは本当かな。まだ戸惑ってるけど、本当に好きなんだよ。よしののは、どうかな。教えちゃおうかな、どうしようかな。めぐみんのことをきいて、どう思うか。めぐみんのこと、嫌いになるのが怖いんだよね。恋愛の好きはないし、そうなるのも怖がってる。だけど、嫌いになるのはもっと嫌。花のことを好きにはなれないかもしれないけれど、めぐみんとなら、恋愛の好きになれるかもしれない。そうしたら、いまの状態を壊さないですむかもしれない。それでいいなら……だけど、それも嘘だって本心は知ってる。臆病なんだね、よしののは。いつも強がってるんだね。もう、強がらなくていいよ。……花はね、考えていることがわかるだけじゃなくて、ひとの感情を書き換えることもできるんだ。よしののを好きにさせることなんて簡単。よしののの本心を引きずりだすことも、めぐみんの感情をかきかえるのも。だけど、それじゃつまらないもん。よしののが花のこと自分から好きになって、好きで好きで好きで花がいないと生きていけないようにしちゃいたいけど、よしののが自分からそうなってくれたほうが嬉しいもん。乙女心だよぉ」
「千佳には悪いって思わないの。千佳が、花さんのこと好きって知ってるんでしょ知ってるのに、よくそんなことができるね」
「あやなんもいってたけど、人の感情になんてどうでもいいもん。大切なのは唯一の花の感情だけ。これだけは誰にも見せてあげない、好きにできない、世界でただひとつの感情なの。だから大切。花が、よしののを好きって感情だけが世界でひとつだけの隠された愛情だよ」
「でも、他のテレパスにはわからないの」
「だから、花が一番強いんだよ。読もうとするならジャミングだってできるし、それを破れるくらいの人がいても代理人格くらいつくれるもん。そうだ! めぐみんのことが心配だっていうなら、めぐみんの感情を変えてあげてもいいよ。めぐみんが好きなよしのののことをもっと好きにさせてもいいし、ゆき先輩のことを忘れさせちゃってもいいんだよ? そうしたら。めぐみんはよしののだけみてる。よしののは花のことだけみてる。それも嫌なら、めぐみんの好きを殺しちゃってもいいよ。花のことを好いてくれるなら、めぐみんの感情も好きにしてあげる。めぐみんだけじゃなくて、他のひとでもいいよ」
 にこにこ話す花さんは気持ちが悪いと思うことをやめられないまま思った。それにどうしてここにゆき先輩が出てくるのだろう。
「うーん。知りたい? 教えてあげよっか。でも、ほんとはしってるよね。めぐみんとゆきのこと。台本、よんだもんね。めぐみん、泣いちゃったもんね」
 花さんが立ち上がり、桜色の髪のあいだで光る目に見下ろされる。すこし赤っぽい目で、いつまでもついてきそうな目だった。気がつけば浅く腰掛けて椅子に背中をつけて花さんから距離を離そうとしている。
「よしのの、好きだよ」
 そういって、押し倒される。椅子が倒れる大きな音と、埃っぽい絨毯のにおい。倒れた背中が痛かった。
「痛かったんだね。ごめんね。痛み、消してあげようか。それとも、感情をいじられるのは怖い? 怖いんだね。じゃあ、しないね。でも、いじられたってことも消してあげられるよう。どうしよっか? あれ、すこしされてみたいんだね。好奇心旺盛だね。さっきまで怖がってたのに、好奇心をまえにしたらめぐみんのこともどうでもよくなっちゃうのかな。いい子だね」
 花さんの腕のあいだで、身じろぎもできないままでいる。なにをいわれているのかわからないまま頭のなかをすぎていくことばが、すぎていったのにぐるぐると回っている。花さんが言葉をきると図書室は静かで、雷のおとと雨のおとしか聞こえてこない。花さんが瞬きするたび、首をかしげて髪が揺れるたび、その音がきこえてくるような気がした。いわれたことの全てを真剣に考えることができず、聞かされた萌の本心から目を逸らすように、花さんのことばをきかないように雨音に集中しようとした。そうしようとしているのに花さんの小さいからだが重ねられ、顔が近づく。淡い体温を彼女の制服と、わたしの服ごしに感じとり、いや、違う、これはまやかしだ。そんなことは思っていない、うそだ。そうでなかったら花さんがわたしを書き換えているんだ。萌のことは同室の仲のいい子でしかない。花さんも、クラスと部活が同じ仲のいい子なんだといいきかせることばは上滑りするばかりだ。
「あーあ。時間切れみたいだね。花はいい子だから無理やりなんてしないもん。でも、好きなのは本当。ゆっくりでもいいから、花のこと好きになってね。世界で唯一の恋心を潰そうなんてしないでね」
 そういうと花さんは立ちあがり、同時に扉がひらいて萌がやってきた。
「よしのちゃん、どうしたの」
「あ、ううん……なんでもない」
「よしののねぇ、椅子で寝てたら落っこちちゃったんだー。花、もういくからよしのののことよろしくね。じゃあまた部活でー」
 花さんは鼻歌をうたいながらさっさと図書室から出ていき、扉が閉じたあとも歌がきこえてきそうだった。
「椅子から落ちるなんてどうしたの。そんなに眠たかったの」
「……あぁ。早く目が覚めちゃったから、すこしうとうとしてたんだ」
「ちゃんと気をつけないとだめだよ……それに、いきなり消えちゃうし心配したよ」
 そういい、心配する顔に、恋心がこもっているのか勘ぐってしまう。萌は、本当にわたしのことが好きなのだろうか。花さんの嘘ではないだろうか、その証拠を探そうとしている。けれど、思い浮かぶのは外階段のことばかりで、高田ゆきのことばっかりだった。花さんのいう、わたしの本心というのも、嘘であって欲しい。外階段のことと高田ゆきのことを一緒に思い出す自分の本心を覗こうとすれば、嫉妬しかなかった。いいや、これは状況に流されているのだろうか。