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2章5節その1。
洗濯当番とばかな千佳。

一番最初
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5

 今日は洗濯当番なので午前中の授業はない。台風一過の晴れは雲ひとつなく、日差しは強いけれど風が強くて涼しい。ランドリー用のエレベータは壊れていないから洗濯したタオルやシーツはそれに載せられやすやすと屋上まで運ばれる。先に屋上へ向かった花を追うように外階段を登ると洗濯かごはすでに運ばれていていた。
「ちぃおそいよー」
 花はプールサイドのベンチに座り携帯をいじっている。洗濯物を干す紐には数枚のシーツがかけられ、まだ湿っていて重たく風になびいている。遅かったから飽きてしまったのだろう、待ちくたびれた感情を言葉だけでなくばたつかせる脚で表す彼女は私に気づくと駆け寄ってきた。
 何事にも飽きっぽい花がただひとつ飽きないものは私だけだ。初等部のころ同室になり、ずっと一緒にすごしてきた女の子、船見花だ。時々千里眼的に物事をいい当てるだけで安定した状態だけれど、ぽわぽわしていて危なっかしいところがある。いまも、私のところへ歩いてくるのにプールの底へ落ちそうになっていた。夏休みになれば水が入るけれど、いまは水色の中身を見せている空っぽのプールに去年はよく入りにきた。それぞれが好きにすごしている寄宿舎の生徒のなかでプールなどの娯楽は優先順位が低い。あまり人のこなくて、ほとんどふたりだけのプールで水泳の練習をした。花は泳げなかったけれど、ひと夏のあいだに泳げるようになった。練習のあいだ何度も溺れそうになり、そのたび助けた、私がいないとなにも出来ない可愛い花だ。
「危ないってば」
「ごめんごめん」
 共用のタオルやシーツは自分で洗ったり、面倒なときはこうやって洗濯当番に任せることもできる。全員分ではないけれどそれなりに量のある洗濯物を干し終えるとすこし疲れてしまう。空っぽのプールの淵、飛び込むときに乗る出っ張った白いあれを背もたれにしながら風にたなびく白い布をみている。二十メートルの正方形のプールの周り一面がそうで、すこし変な光景だ。もうすっかり夏で、洗剤のにおいと湿った空気が漂っている。花のほうは白いのに腰をおろして眠たそうにしている。結っていない髪がそのまま洗濯物と同じように風に翻弄されている。腕をむき出しにした私服姿で、春頃よりもすこし日に焼けていた。
「焼けたね」
「もう夏だもんね。台風で一回お休みになったけどぉ、まだあと一回当番あるもんね。やだなあぁ」
「いつも痛そうだもんね」
「大変だよぉ。今日もお風呂はいれないかなー。ちぃはあんまり焼けないよねぇ」
「まあ、体質だし仕方ないよ」
 特別色が濃い訳でも、白い訳でもないけどあまり日に焼けないし、赤くもならないからこういうときは困らない。だけど、花のほうはすぐに赤くなってしまい、夏のはじめはあまりお風呂に入りたくないとこぼしている。
「腕、出すのやめたらいいのに」
「だって、可愛くないもん」
 背中合わせに座り、空っぽのプールでばた足をしていた花のからだがこっちを向き、両脚のあいだにからだがおさめられる。
「ちぃはちっちゃいねー」
「普通よりはすこし大きいよ。花の背が高いだけ」
「へへ、花の脚のなかにおさまっちゃうんだねー」
 人の話なんてきかずにひとりではしゃいでいる。花は、ときどき人を寄せ付けないような雰囲気があるし、人懐っこいときでも、私なんていない風に振る舞うときがある。ときどき、だけれど、私の存在は花のなにとも触れ合うことなく、ひとりで勝手に一緒にいようとおもっているのではないかと疑ってしまう。共用のサンダルを履いた足が鼻緒からするりと抜け、焼けたコンクリートに落ちる。
「あっつぅ」
「まったく、危なっかしいんだから」
 そういって、手のひらに足をのせてやる。背は私より大きいはずなのに体のどこも華奢で、流石に手のひらより小さいということはないけれどすこしはみ出るくらいだった。ひんやりとしていて気持ちいい。
「心配しすぎだよぅ。わざとだって、わざと。ちぃにね、花は私がいないとだめなんだなあっておもって欲しいんだ」
「それ、いっちゃったらただの性悪じゃん」
 普段は、本当に私がいないとなにもできないくせにこうやってときどき見透かしたようなことをいう。その度、私の浅ましい思いなんてみんな知られているのでは、花にとって私がいないとだめなはずなのに、本当に必要としているのは私のほうなのだと気づかされて絶望的になる。私が縛りたかったはずなのに、縛られている。気分がわるくて、でも見守られている、許されている感じがして甘えてしまいたくなってしまう気持ちも同時に湧いてきて意地のわるいのは自分なんだって思わされる。
「そうだよぉ。花はねぇ、性格わるいんだー」
「花が性格悪いなんて、そんなことないよ」
「ねぇそこ、座ってて熱くないの」
「もう慣れた」
 花の足をのせていないもう片方の脚に腕を絡めても、すべすべ、ひんやりとしている。むき出しにされたふとももに頭をのせながら、立ち上がったら我慢して座っているのがばれてしまうなと汗ばんだお尻や脚をうしろめたく思う。寄宿舎のまわりは森に囲まれていてセミの声がうるさい。汗ばんだ頭皮に、一仕事終えて熱を持ったからだに、風とときどき洗濯物のつくる日陰が気持ちいいけれどこのままじゃ日射病になってしまいそうだ。立ち上がることもできないままぼんやりとし、はじめは冷たかった花の肌もぬるまっていた。
「そろそろ下おりよっかぁ」
「……そうだね」
 学園裏の農場のほうには焼却炉をうごかす煙がみえる。学園には交代制の、さまざまな当番があって、こうやって授業を休めることも多い。閉鎖された環境で、独自の体系をつくる秘匿された島。島からは出たことがなく、その外になにがあるのかは知らない。まわりは見渡しても海しかなくて、陸の影なんかは見えない。みんな夢まぼろしみたいなものだとおもっていたのに急に島へやってきた宗像よしののことを思い出す。花を、人でないからだにしてしまった宗像謙三の孫で、それ以上に花にずいぶん気に入っているみたいなのが気に入らない。花に好かれるのは私だけでいいんだ。彼女がきてからそう思う機会がふえた。嫉妬でしかないけれど、嫉妬なんてするなら私は花が好きなのだろう。これは何年も前から知っていた。彼女がひととばっかり話しているとむっとなってしまうのだ。だけど、好きってなんだ。友達の好きとは違う、けれど友達の好きとちがうからならどんな好きなのかというのは未だわからないままだった。
 とぼとぼと歩く私を花は外階段の踊り場でまっていた。
「もー花はふらふらして危なっかしいんだから」
「はいはい」
 空っぽになったかごを片手で持ち、もう片方の手は、私の手につながれた。暑くって、汗ばんだ手のひらがふれるのは恥ずかしい。こういうときに浮かぶ感情を好きっていうんだって、それくらいは知っている。自分では知ることがなかったけれど、萌に教えてもらった。同じようなことをしている人たちは、他にも、たくさんいる。だけど、それは、私と花の関係のようなものではないのだろう。これから先、そうなることはあるのだろうか。私が嫌っているのを知っているのか知らないのか、萌にはよく宗像のことを相談される。ベンチで泣いていたときのあとは三日連続だった。そのなかで教えてもらったのだ。いままではふわふわした他と同じはずの感情だったはずなのに、好きって名前がついた途端意識してしまう。
 手をつながれながら階段をおりるのはすこし歩きづらい。半歩遅れてついていきながら、そのときの萌はどんなことをおもっているのだろうと想像した。
「ねぇ、花」
「どうしたの。歩きづらかった」
「あの、好き」
「花のことを? 花もちぃのこと好きだよ」
「ううん。そういう好きじゃなくて……」
「あんずちゃんと先輩みたいな」
「うん……」
 木でできたサンダルが金属の踏み板を叩く甲高い音がひびいているだけだ。萌がここで宗像に抱きついたって話をきいていたことと、花のことを好きだと意識しすぎていたせいで、気づけばするりと言葉が口をついていた。すこし怖くて、口にだしたときから震えてしまっているけれど驚くほど冷静だった。
「花の好きはそういう好きじゃないかな。ずっと一緒にはいたいけど、恋人同士の好きじゃないんだ」
「そっか」
 表面には冷静な、つぶやくような声が出た。内側は痛くて苦しくて、空気の重さで内側にくしゃりと潰れてしまいそうだ。それなのにつながれた手は離してもらえなくて、泣くこともできないままついていくだけ、涙も流れそうになるけれど、悲しいのに一滴も流れない。片手で顔を覆い、前髪を握りつぶした。きっと、いま、すごく情けない顔をしている。好きという言葉はじめてもったのは数週間前なのに、ふわふわとしたまま蓄え続けてきた感情が行き場をなくしたままどこにもいけないまま逆巻いた。