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2章5節その2。
ばかな千佳2。

一番最初
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花とは同室で、洗濯当番も一緒、かごはランドリー室にもどされず、部屋に持ちかえられた。みんな学校へいくかそれぞれの当番をしている時間で、寄宿舎にはだれもいない。静かで、ふたりっきりの辛さを味わう。惨めで消えてなくなりたい。好きだけど顔もみたくないのに一緒にいなくちゃいけない。その気持ちを知ってか知らずか、汗かいたからシャワー浴びるねとシャワー室に消えてくれた。私は、これからも図々しく花と同室でいるのだろうか。それとも、だれか他の人と一緒の部屋になるのだろうか。それはいやだ。諦めたくないと思い、だけど、どうすればいいのかもわからないまま部屋を出た。当然だけど、いま失恋したばかりの私のことなんて知らないチャイムが聞こえてきて、もう三時間目が終わったんだなって客観的に思った。制服をきてこなかったから寄宿舎から出ることもできずに外階段の踊り場でぼんやりと柵にもたれている。向かいの棟はこっちと同じくがらんとして、人のいる気配はない。カーテンを閉じた部屋や閉じられていない部屋、布団の干された部屋、その他洗濯物のさがった部屋、どこから持ってきたのか植物の鉢のある部屋が見える。もう午後で、暑くて、あたりの森から蝉の鳴く声が聞こえてくる。もたれた黒い柵は熱を吸って暑くてかなわない。底が木でできたサンダルは階段をおりるたび甲高い音をたてて自分の居場所を主張しているみたいで嫌だ。渡り廊下から寄宿舎のなかに戻り、ぼんやりと窓の外を見ている。個室以外のすべての窓が開け放たれて、海や山のほうから吹く風が建物のなかを通り過ぎてゆくけれどここには私ひとりしかいなくて、いつもはたくさんの人がいるのにと思わされる。
ほとんど真上の太陽が渡り廊下に濃い影をおとしている。ここから校舎は見えないけれど、寄宿舎も研究所も体育館も一様に小さな影を真下におとし、それ以外は真白、建物の色も色の濃い葉も光をはじいて白く端が空間に溶けていきそうな感じだった。私のほうも洗濯のまえに麦茶を一杯飲んだきりで、出せる水分は出しつくしてもう汗もでないって思うのに首のところや背中に伝っている。花はもうシャワーをあがっただろうか。それとも、まだ浴びているだろうか。彼女は夜にシャワーを浴びて、夏になると制服が汚れるからと朝にも浴びている。そんなの、すぐにかわらなくなっちゃうような気がするのだけど、私と違う花はそう思うみたいだ。私と花は違っていて、私のほうは花に恋をしていたのに、彼女はしていない。私と彼女は違うんだから、同じことを思っているなんてあり得ない。当然だってわかっているのにどこか理不尽だと感じてしまうのは幼くて、本当は別々の人間だってわかっていない、重ねあわせているからだ。ああ……なんだか泣きそうになってくる。そういう好きじゃない、っていわれたときは悲しいだけで涙は出なかったのに、いまは悲しいよりも泣きたいという気のほうが強くなってきている。これから、どうしたらいいんだろう。気まずくて、部屋には戻れそうもない。早く、学校に行ってくれたらいいのに。そうしたら、戻ってくるまでひとりで部屋を使えるのに。開け放った窓のひとつに腕をのっけて座り込む。軽はずみに告白してしまったのはやっぱり花も私と同じ気持ちでいてくれると期待してしまって違う気持ちでいることなんて微塵も想像していなかった、あれだけ長い時間を一緒に過ごしてきたんだ、気持ちが離れているなんて想像もしない。なんて身勝手な私だろう。萌のほうはもう高田先輩のことわすれて仲良くやっているだろうか。親しみを感じていたはずなのに、それは嫌だと思ってしまう。だって、私のほうはちっともうまくいっていないんだ。これから、どうやって生活していけばいいんだろう。部屋をかえたって、クラスも同じなのだから顔を合わせないなんて無理だ。森にさえぎられて花畑は端っこの少ししか見えない。花にしたいと思っていたこと、喜んでくれると思っていたことはみんな無駄だったのだろうか。みんなみんな叶わないものをひとりで夢想して、身勝手でいたのだろうか。だとしたら、それはいつからなのかとわかるはずのないことばっかりを想像してしまう。
考えたって、わかるはずない。結城先輩たちとは違い人の心なんて知らないし、推してはかることも、できやしない。考えていることのすべては検証できなくて想像のなかで想像の花を傷つけたり、私を傷つけて感傷を癒す身勝手なものにしかなれない。人がいないからって、いつまでも我が物顔で廊下に座り込んでいてはいけないと立ち上がり、だけどいくところなんてありやしない。みんなは、面倒なときは私服のまま学校へ行っているけれど、階長の私にはできない。そんなことをしたら菜摘先生だって、萌だって、杏里も伊藤も驚くだろう。そういう風に驚かせたら、何かあったんだって思われてしまう。ほかのところにいったことはないからわからないけど淡潮は窮屈だ。談話室は、花が学校へ行くなら通るだろうし、学校へいくのも、部屋に戻るのもできないまま、ぽっかりあいた渡り廊下で時間をつぶしている。
「あれ、千佳じゃん」
ついに何もかも面倒になり寝っ転がっていると杏里と広畑さんがあるいてきた。逆さまの視界のなかでふたりは手提げ袋をもって廊下の向こうがわ、二棟の入り口に立っていた。
「そんなところで寝てると踏んづけられちゃいますよ」
「いいよもう……私なんて踏んづけられちゃえば……」
「階長としては見過ごせないなあ。一応、寄宿舎の保全もまかされてるんだから廊下に不審物があったら気になるよ」
「そんなの、私も階長なんだから知ってます」
「そうだねえ。そんなところで寝てどうしたの。寝不足?」
「違いますよ……それだったら、部屋で寝てます。というか、学校いかないんですか。もう、授業始まってますよ。早く制服に着替えてください」
「千佳も同じですよ。学校、いかないんですか」
「私は、今日はいいや。杏里こそもう午後だよ、お昼に戻ってきた訳じゃないんでしょ。制服きてないし」
「杏里たちは今日はお休み。これから泳ぎにいくんだ。千佳はいつも学校いってるのにいいの?」
「今日は洗濯当番だったの。それにいろいろあったし今日はいきたくない。ときどきいないと思ったらこうやって遊びまわってたんだね」
 こういう風なことを訊かれるから嫌だったんだ。私だって、学校に行きたくないときだってあるのにそういう風に訊かれるのがいやだからきちんといってたんだよ。からだを起こして立ち上がる。結構長いあいだ横になっていたみたいで少し立ちくらみがした。
「ときどきだけですよ。ほんとに調子の悪いときだってあるし、そっちのほうが多いです」
「そっか……」
 廊下にいても、人の目はあるんだなと思い、これじゃどこにも行くところなんてない。久しぶりに寄宿舎の図書室に行ってみようか。あそこなら、誰もいないだろうし、人の気配があったら隠れられるだろうし。
「あっ、千尋。タオル、忘れちゃいました」
「杏里は仕方ないなあ」
 本当に海へ行くらしい。広畑さんのふくらんだ手提げには水着とかタオルとかが入っていて、杏里の袋がそれよりしぼんで見えるのはタオルを忘れていたからみたいだ。
「学校、ちゃんといってくださいよ。階長でしょう」
「もーうるさいことはいいっこなしだよ。千佳だってさぼりなんだからさあ」
「私は、洗濯当番でしたし今日は少し調子が悪いので横になってただけです」
「そんな、廊下で寝ることなんてないだろ。そうだ、一緒に海いかない」
「だから、さぼりは……」
 そんなこといったって、どこにも行く場所はないんだ。学校へいったら花と顔を合わせることになるとおもえば、あとで訊かれてもそっちのほうがいいだろう。花は訊いてこないだろうけど、萌に話したらうらやましがられるだろうかと気持ちが傾いてくる。
「千佳はそんなこといって……学校なんてときどきさぼるくらいが丁度いいんだよ。ねっ、千尋」
「仕方ないな……」
 何が仕方ないだと思いながら、ふたりについていく。私も水着とかを準備しないといけないはずだけど、まだ花がいるだろうと思うとあとでにしよう、ふたりには先に行ってもらって、そのあとついていけばいいやと思い、海へ行くのもこうやって学校をさぼるのもあんまりやったことはないし楽しそうとすっかりふたりのペースに飲み込まれていた。