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2章5節その2。
海水浴へゆく。

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 エレベーターの生きている二棟は四回まであがるのも簡単で2-407、ふたりの名前が書かれた部屋についた。広畑さん、面倒がって名札にも広畑って書いているんだと思いながら外で待っていようと立っていたら、入らないの、と促されて中に入った。私たちの部屋とはちがって(雑然としているのは花のスペースだけだけど)すっきり片付いた部屋で、だけど部活で使うのか網や小さい水槽、その他道具類が端のほうにまとめておかれていた。間取りは同じなのにずいぶん違うものだなあと思いながらあまりじろじろみるのは行儀が悪いと視線を戻す。カーテンはあけられていて、一棟のほうが見える。1-402をさがすと左側のひとつ、タオルとかの洗濯物がかけられたところがそうだ。いつの間にかカーテンが閉じられていて、花はいま着替えているのか、それとももう学校へいって、カーテンはそのままにされているのだろうかと考えた。クローゼットからタオルを取りだす杏里からも目をはなし、窓の下の日陰になった水槽をみている。なかには数匹の魚が泳いでいて、ぎょろりとした目に赤と白のまだらをしている。みたことはないけど、あれがランチュウっていうのだろうかと少し近づくと、目のところだけじゃなくてからだにもぼこぼこ瘤がありすこし不気味な魚だとおもった。
「海の魚だけじゃなくて、買ってきたのの飼育とか殖したりもしてるんだ。可愛いだろ」
 緑色の藻がたくさんついた水槽に泳ぐ奇形の魚は可愛いとは思えなくて、けど、直截に可愛くないというのは気が引けたので曖昧に返事をした。そうしている間にふたりは準備がおわったらしく部屋を出ていこうとしている。広畑さんの手には網と釣り竿、ちいさい水槽がふえていた。これが、杏里と広畑さんの部屋、私と花とはちがって、仲良くできている人たちの、私たちとはちがう仲のひとの部屋なんだなと思っていた。
「千佳は泳がないの。今日暑いし、ずっと陸にいたら疲れると思うよ」
「じゃあ、水着とってこようかな。先いっててくれますか」
「あっ、杏里も千佳の部屋みてみたいな。千佳と花ってどんな生活してるのか気になります」
「ああ、うん……」
 花がまだいたらどうしよう、私と同じようにさぼっていたらどうしようと思いながら外階段をのぼる。私と花の生活、ふたりとは全く違う生活のことを思う。あのまま気持ちを打ち明けなかったらこうなることはなかっただろう。今までと同じで、でももしかしたらそれを打ち明けられないことに不満を覚えていたかもしれない。まだ、その不満を抱いたままのほうがよかったか、花の気持ちを訊けたほうがよかったのかはわからないし、ふたつを同時に確かめることはできないのだから永遠にわからない。沈んだ気持ちでいつの間にかため息をついていたみたいで、杏里にどうしたのと訊かれた。
 ノブをまわすと鍵は開いていて、まだ学校へ行っていないみたいだ。もしかしたら、今日は休みなのかもしれない。顔を合わせるまえから気まずい思いをしてふたりを招き入れる。そもそも授業は午後からなんだから四時間目に学校へ行くこともないだろう。花の姿は見つからなくて、見回すとベッドで制服を着て眠っていた。
「これが千佳の部屋なんですねー」
 広畑さんは玄関のところで待っているみたいで、杏里はなかに入り込んでいた。
「花、どうしたのかな」
「洗濯で疲れちゃったんじゃないかな」
 クローゼットから去年ぶりに水着を取りだし、洗濯したばかりのタオルを適当な鞄がないので学校のものにつめていると目を覚ましたみたいだ。なんて声をかければいいのかわからないまま背中を向けた。
「あれぇ杏里、どうしたのぉ」
「千佳と泳ぎにいくんですよ。花もどうですか」
「花はいいや。焼けちゃうとお風呂はいるとき大変だしぃ」
 教科書を出した鞄に水着とタオルをつめて、軽いそれを肩にのせる。結局、なんて話しかけたらいいのかわからないままさっきのことなんてなかったみたいに調子悪いの、とか、今日は学校休むのとかふわふわとしたことを訊いた。杏里たちがいなかったら、なにも話しかけられなかったかもしれない。普段通りに、辛さなんて気取られないように話しかけていた。
 靴は二棟にあるからと渡り廊下でわかれて食堂から昼食用のパンと凍らせたお茶を三人分もって校庭にでると体育をやっているクラスがあった。蛍組の授業みたいで、松代たちの姿がみえた。見つからないようにこっそりと門をでて鬱蒼とした森を抜ける。花畑は昨日と同じままで、今日も明日も明後日も手入れをしなかったら枯れてくれるだろうか。枯れたら、人に知れてしまう。佐久間とか菜摘先生にはすぐにわかってしまうだろう、それは嫌だ、秘匿された小部屋のなか、寄宿舎の個室のなかの人間関係になにが起きているのかが知れてしまうのは、やましいことなんてないはずなのに嫌だと感じてしまう。新種の畝はもう背を伸ばし、花を咲かせようとしている。あれが花をつけ、種をまいたらもう私が手入れをすることはほとんどなくなってしまう。あれは放っておいても、気温が下がっても勝手に増え続ける。シィギさんには島の生態系を壊さないように慎重に植えろといわれている。あれを植えてしまったら、最後まで面倒を見なくてはいけなくなるだろう。やめるなら、今のうちだ。
「千佳がこれを全部育ててるなんて驚きだね。畑ほどじゃないけど、ひとりで全部やってるんだろう」
「ええ、まあ……」
 花畑のことは、広く知られている。学園の敷地から一歩も出ないひとだって、あることくらいは知っているんだから枯らす訳にはいかない。
「でも、もう新種ができたので、そっちが育てば私のやることはほとんどなくなります。手入れをしなくても勝手に増えていくので。まだ、数を増やした訳じゃないのでもしかしたら土が痩せてそのうち全部枯れちゃうかもしれないですけど、そうなっても今のよりは手入れは楽になりますし」
「千佳はすごいねえ、これ全部花のためなんでしょ。ふたりだけのお花畑なんてすごいですね」
「なに、わたしたちだって水槽室があるじゃないか」
「あれはふたりのものじゃないですか」
 むかし一度みせてもらったアクアリウム部の部室は壁一面に水槽がならび淡潮周辺のものからそれ以外の種もたくさんの魚がいた。薄暗い部屋で、たくさんのポンプかなにかの音が低くうなっている部屋だった。ふたりは、互いに育てたものを、つくった水槽をみせるために活動しているのだろうか。そうしたら、杏里も広畑さんも喜ぶのだろう。私の育てた花は、花を喜ばせただろうか。喜んでいたように思えるけれど、自信がなくなってきた。
「千佳、今日は暗いですね。なにかあったんですか」
「ううん。何もありやしないよ。淡潮でなにかおきるなんて怪物の周りでしかないんだから」
 船着き場まで出ても、誰もいない。みんな学校へいるだけで、外に出る人なんてそうそういない環境なんだからそれもそうだ。杏里たちはどこで泳ぐか決めているみたいで迷うことなく海岸を歩いていく。学校をつくるときに工事したらしい護岸の周りを歩きながら、本当に周りを見てもなにもない、島の影も、本島もみえない海をながめる。波は高くなく落ち着いている。穏やかで、何もおきない島で育って、これからも何もおきないのだろう。卒業のあとどうなるかなんてまだわからないけれど、今はからだも安定していて死ぬこともない。卒業生は少なく、その進路は知らない。元いた研究所に戻ったとか噂はいろいろ訊くけれど、菜摘先生とかに訊いたことはないから本当のことは知らない。田村先輩に訊いておけば未来のことを少しイメージできただろうかと思うけれど、イメージしたところで普通の生活ができるかはわからないのだから仕方がない。でも、私みたいにからだのほうに改造が及んでいないのだったら、見た目は同じ、脳のなかが少し違うだけで悟られることはないはずだ。もしかしたら、卒業生のなかには島の外で、知りもしない普通の生活をしている人がいるのだろうと考えた。
 護岸が途切れた入り江は舗装もされていなくて、斜面を小走りで駆けおりる。ふたりは慣れているみたいで姿勢を崩すことなく落ち着いておりていた。赤松とかはまなすとかほかに名前の知らない植物と岩に囲まれた小さい浜にはもう誰かがきているみたいで、石でおもしをしたビニールシートのうえに荷物が置かれているのがみえた。