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2章6節その1。
かえりみちのよしのと萌と花。

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6

 終業式を終えた七月の末日、半日で終わった学校から帰る途中は(といっても普通教室棟から寄宿舎に戻るだけだからほんの近くだ)よく晴れていてこの分だと夜になっても雲はかからないなと強い日差しの中で思った。隣には萌と花さんがいて、ほかのメンバーはもう寄宿舎に戻ったかほかで時間をつぶしている。演劇部の活動はいったん各自昼食などの休憩と着替えをしてから集合とのことでほんの短い距離だけどまた校舎に戻るのはいやだなと、遠くの入道雲と蝉の鳴き声しかない濃い青の空をみながら思い、淡潮にきてから昼食をとらないことには慣れたけれどクーラーのない生活(島の発電機だけではクーラーの分まで電力はまかなえない)には未だ慣れなくて開け放った窓を見上げながら風よつよく吹けと思っている。実家よりも南よりで気温が高く、けれどろくに冷房もない(あるといったらサーバルームくらい)なかでジャンパースカートの制服は暑苦しくて半袖のブラウスやスカートの裾から入りこむ風は気持ちいいけれどやっぱり貧弱ですでに夏バテをおこして冬が来るのが待ち遠しい。萌は夏でも冬服だし暑くないのだろうか。暑くないってことはないだろうけど萌たちのほうはクーラーのない生活に慣れているというか、使ったことがほとんどないのだから暑い暑いといいながらもそこまで苦しんでいる風ではなかった。
「今日は暑いねえぇ。花、頭のなかまで溶けちゃいそうだよぉ」「でも、夜になったら涼しくなるよ。ほら、星見会だってあるしさ夏も楽しいよ。たぶん。暑いけど」「そんなこといっても暑いものは暑いよぉ」「でも花ちゃんは髪の毛白いからわたしよりは暑くならないじゃん。きれいだし、うらやましい」「うーん。花は自分の髪も好きだけどあゆはちゃんみたいなのもいいなぁ。真っ黒で、真っ黒の耳でさぁ、きれいだよねー」「あゆはちゃんの髪はきれいだよねー。そういえば花ちゃんは髪縛らないの、暑いでしょ」「えぇー。だってぇ、今日はちぃが縛ってくれなかったんだもん……」「そういえばいつも縛ってくれてるんだよね。いいなぁ」「いいでしょぉ。でも、最近ちぃはご機嫌ななめなんだ」「けんかしちゃったの?」「ううんー。めぐみんはいつも自分で縛ってるの」「それはそうだよ」「へえぇーそうなんだぁ。よしののに縛ってもらわないの」「えぇ……だって、自分でできるし、それに恥ずかしいし……」「でもでもぉ、縛ってもらうの楽しいんだよぉ。髪梳いてもらうのって気持ちいいしぃ、なんか特別な感じ!」
 ふたりの会話を聞き流しながら何でこの三人で帰ることになっているんだろうと思う。花さんは図書室でのことなんて忘れた風に振る舞っているし、萌のほうも知らないのだから普通に接している。もし、わたしが図書室でのことを萌に告白したらどうなるだろう。花さんは、そのことも考えているだろう。その通りで、めぐみんにそんなこといったらみんななかったことにして花の好きなようにしちゃうよ、と直接語りかけてきた。八方ふさがりのままただひとり何も知らない萌は笑っていて幸せそうだ。わたしはやっぱり、萌のことが好きなのだろうか。好きだとしたら、好きってなんだと思い始める。その先はぐるぐる同じところをいったりきたりするだけで結論にたどり着くことはない。そもそも、わたしが萌を好きっていうのがおかしい、だって、わたしも萌も女だし、いや、そういう人たちがいるのは知っているし女のほうが多い淡潮ではそういうこともあるかもしれないけれど、図書室では好きなんだって思ったけれどそれだって状況に流されたようなものだし、やっぱりおかしいと感じてしまう。わたしのこの苦悩はわたしの頭のなかにしかないと思っているけれど花さんには聞こえているのだろう、あやなさんにだって知られているかもしれない。ここにはわたしがわたしひとりで自由に考えられる場所はないんだと思うと背筋が伸び、同時に理不尽さに震えてしまう。
 そんなことを考えているうちに寄宿舎に着く。見上げた屋上のフェンスには生徒より年上の男の人がみえて、プールの準備をしているのかなと思った。少し白髪のまじった中肉中背のからだでたぶん国語の森井先生だなと見当をつけた。淡潮の生活にも慣れてきて、少ない学校の人たちを萌たちほどではないけど見分けられるようになってきた。何人かが昼食を食べたり本を読んだりと思い思いにすごすラウンジを横目に部屋へ戻ってゆく。日陰に入ると少し涼しいけど吹きでる汗はなかなかとまらない。あれから忘れたようにすごしているけれど、ふたりのときは気まずくて通れない外階段を三人で上ってゆく。これも全部知られているんだと思えばやっぱり恥ずかしさに顔が赤くなってしまう。淡潮の半分を見渡せ、島で一番高い建物である寄宿舎のまわりを吹く風は下を歩いているときより涼しく感じられ、風をうけて膨らむ制服のなかをすぎてゆく風は湿った空気や重たい思考を少しでも払ってくれるような気がした。
 花さんの部屋のほうが外階段に近くてまた後でねとそれぞれの個室にもどってゆく。蜂の巣みたいに部屋部屋が並ぶ寄宿舎には当然ながらたくさんの扉があり鍵があり、彼女と違いわたしにはその中で何が行われているか知らない。一度だけ花さんとあやなさんの部屋にお邪魔したことがあったけれど、間取りは同じなのに生活の雰囲気はそれぞれ違った。ベランダから見える向かいの棟の部屋部屋にもそれぞれの生活があるんだろうなとその膨大さにめまいがすることがしばしばある。「お昼どうしようか」「わたしはいつもとおなじだけど、萌もいつもたべてないよね」「だって今日は終業式だったんだもん。なんか特別な感じだし、たまには食べようかなって」「じゃあ、シャワー浴びて着替えたらいこうか」「うん」同じ年だけどわたしよりも幾分か幼く見えるのは淡潮から出たことがないからだろうかと少し想像した。けれどその彼女も同じ回数だけの終業式や終了式、卒業式を経験してきたわけで、それなのに終業式の日は特別って思うのは個体の差なんだなと感じた。花さんほどではないけどぽわぽわしたところのある萌はこういうことが多くて、そのたび少し可愛いなと和むような気分になれる。「明日から夏休みだね」「寄宿舎の夏休みって初めてだけどなんか学校から出ないとそんなに変わらなさそう」「そうでもないよ。だって、起きる時間は自由だし、夕食以外は好きなときに食べられるし」「そうだねえ……」これが淡潮でなかったら帰省する人がたくさんいて寄宿舎はがらんとしたものになるのだろうけれど、ここではみんな長期休暇の間を好きにすごすのだろう。けど、わたしは部活以外に特にやることがないなと思いどうやって時間をつぶそうと考え始めていた。アクアリウム部の杏里たちは一年中活動しているから黒く焼けているし、ほかの外で活動する部活や委員会の人は褐色の肌になっている。そういえば、わたしは習慣で塗っているけれどここには日焼け止めを塗るって習慣がない。花さんは焼けるとお風呂はいるとき痛くて大変だよぉっていっていたし今度買い物に行ったときは買ってこようかと貯金の残高のことを考え始めていた。