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2章6節その2。
髪を結ぶ。

一番最初
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 学校へ行く前に窓は開けておいたけれどやっぱり部屋のなかはあつくて一刻も早くシャワーを浴びたかった。シャワーはひとつしかないのでじゃんけんで決めている。今日は花が勝ったのでわたしはやることのないまま支給のラップトップを開いて夏休みの諸注意など学内サイトを見て回っていた。その中のひとつに新聞部の記事もあり開くとおすすめの夏休みのすごしかたというページがあった。職員室の梃子いれもあったであろうことがうかがえる落ち着いた記事だけど、繁華街には近づかないようになどの元いた学校のようなことは書かれておらず、ほかにも月並みな内容のなかに淡潮らしいものが混じっていて解放される寄宿舎屋上のプールのこと、今日の星見会のことなどが書かれている。文頭にはみなさんもご存じだと思いますがと添えられていて、毎年が変わらない、去年と同じ夏休み、去年と同じ年末をすごしているのだろうな、外から隔絶された場所なんだなとまた意識させられた。そうしてだらだらとネットを見ている間に萌がシャワーから出てくる。お風呂上がりなのにもう指定の体操着と上半身にはジャージを着た格好で、やっぱりからだにコンプレックスがあるんだなと何度も同じことを思ってしまう。ぬれた髪のうえにはタオルがのせられていて、拭きのこしを念入りにぬぐっている。帰り道のふたりの会話を思い出しテーブルのドライヤーとブラシをとって萌の後ろにまわる。
「髪、拭いてあげるよ」
「えっ、いいよぉ……」
 これは半分萌が好きって気持ち、もう半分は花さんのいいなりになるのがいやって気持ちって頭のなかで唱えながらドライヤーの電源を入れて髪を乾かしてゆく。何ともゆがんだ感情で苦い気持ちにさせられながら花さんはどれくらいの距離までひとの頭のなかが読めるのだろうと思う。五部屋しか離れていないのだからこれくらいはわかるだろうと少し露悪的な気分で仲の良さを頭の中でアピールしてみる。はじめは少し抵抗していた萌もそのうちにおとなしくなって、座椅子にじっと座ってなされるがままにされている。
「こうやって人の髪をいじるのも楽しいもんだね」
 乾いた後ろ髪をさらさらと指に絡ませながら思っている。少しごわごわした黒髪は乾いていくに従い柔らかくなり気持ちがいい。
「でも、わたしは恥ずかしいよ……」
「特別な感じってする?」
「うん……少しだけ。わたしの髪も花ちゃんとかあゆはちゃんとか、広畑先輩みたいにきれいだったらいいのに」
「別に、萌の髪もいいと思うけど」
「そんなこといって、よしのの髪のほうがさらさらしてるのに」
 わたしの髪や顔立ち、背丈は高田ゆきというひとに似ているらしい。そのゆき先輩はもういない萌の同室、きっとわたしが萌の同室に選ばれたのは萌がひとりで部屋を使っているっていうのもあっただろうけれどあやなさんか、ほかの誰かが恣意的に決めたことだ。片手でドライヤーをいじりながら自分の髪に触れてみる。肩までの長さの、おかっぱみたいなで、高田ゆきと同じ髪型と高田ゆきに重ねられやすい背格好。萌がみているのはわたしか高田ゆきか、もうわかっているだろう、萌がみているのは宗像よしのだ。けれど、仲良くなれたきっかけは、仲のいい以上の関係に発展しそうなのはクラスメイトで同室、部活も同じっていう関係だけじゃなくて高田ゆきで、わたしの存在は萌のなかでどれだけの体積を占めているのか、それは花さんやあやなさんとは違うからわかりようもないのに気になってしまう。不安を抱えたままわたしを一個の宗像よしのとみてくれているって信じるしかない。
 髪がすっかり乾いて体操服の襟にドライヤーの風を入れてやるとくすぐったそうに笑う、服の内側には鱗と蔓があって人のからだではない。余計なことをしたなと思いながら萌のほうは気づいていないらしくくすぐったいよと笑いながらこっちを向いてくる。その顔はやっぱり笑っていて罪悪感がある。ドライヤーのスイッチを切ってブラシをかければ抵抗はほとんどなく、すぐにまっすぐな黒髪になる。気がついたら会話はなくて部屋には髪を梳く小さな音と蝉の鳴き声しかない。電気もついていなくて、風が吹くままに揺れるカーテン、向かいの部屋部屋は窓を開けているのと閉めているのが半分くらいで、開けているほうが少し多い。夏の午後はひっそりと静まりかえり、人の気配なんてないような感じだけれど、ベランダには洗濯物を取りこむ人がひとりふたり、その窓の内側にもたくさん人がいて、だけどわたしにはそのなかで何が行われているか、やっぱりわからない。テーブルから髪ゴムをとり、首の後ろでふたつに縛ってやるといつもの髪型になる。普通の中野萌だ。変なところはない、ってこっちを向いてくる。
「うん。いつも通りだよ。でも、ちょっとへたっぴかも」
 そういいながら、少しはねた前髪を整える。きれいな形の頭に、それを覆う髪でほんの少しだけぐしゃぐしゃに乱してしまいたくなる。
「そっか、ありがと。なんかね、特別な感じだったよ。静かで、落ち着いた感じで」
「わたしにはわからないかな」
 最後にひとに髪を結ってもらったのはいつだったろうと考える。きっと、幼稚園とか小学生の低学年が最後だろう。特別両親と仲が悪いわけでもいいわけでもないけれど、いつしか自分で結ぶようになっていた。自然にそうなっていたから疑問を挟むこともなかったけれど、こんな風に一緒に暮らす人がいたら、今でも結ってもらっていたのだろうか。
「じゃあ、よしのがあがったらやってあげるよ」
「えっ、いいよ……やっぱり恥ずかしいし……」
「わたしもそういったのにやったじゃん」
「わかったよ」
 そういって練習のときに着る体操着をもってシャワーを浴びにゆく。一畳くらいの狭い個室で、排水溝には何枚かの緑の葉があった。抜け毛みたいなものなのかなと想像しながら拾った葉を頭から水を浴びながら指先でもてあそんだ。髪だったらこんなことをするのは変態っぽいなと思い直し恥ずかしくなってはなした。葉はすぐに排水溝にながされないで、からだに貼りつきながらゆっくりと流れた。あがったら、髪をとかされるんだろうなと思うとやっぱり恥ずかしさがこみ上げてきて、この恥ずかしさの正体はこの年になってそんなことをされるからなのか、それとも萌にされるからなのか、高田ゆきにも同じことをやっていただろうかとたくましくさせる想像と嫉妬からくるものなのかと思いながら時間をかけて念入りにからだを洗った。
 萌のほうはもう準備ができているようで片手にドライヤーを持ち、もう片手にブラシを握っていた。
「そんな準備万端って風に待ってないでよ……」
「いいの。楽しみだったんだから」
「はいはい……」
 そういいながら自分のほうもまったくいやな訳ではないのでおとなしく座椅子に座り、なされるがままにした。ドライヤーの涼風が首筋をながれるのと、おどおどしたゆっくりの指先がくすぐったくて笑いだしそうだった。わたしがしたように乾いた髪をすくう指がこそばゆいのはたしかに特別な感じがして、だけどそんなこと思ってないなんてこころのなかで反論する。髪がだんだん乾いてゆくにしたがって名残惜しい気持ちがわいてきて、それでもなにもそれを口にするのはやっぱりできなくて逡巡しているうちにブラシもかけおわってしまう。流されているのか、本当に好きなのかわからないまままた気持ちは流され愛おしさがこみあげてくるこの感じが特別なのだろうかと強く意識させられる。そういえば、初めて淡潮の制服に袖を通したときにもこんな雰囲気だったなと思い出す。たがいに背中をむけて着替えるときと、そのあと萌の首筋をみながら元の服を着ているとき。いまは萌が一方的にわたしをみているけれど、同じような恥ずかしさがあった。
「おわったよ」
「うん……」
 萌と違ってそこまで長くない髪なので縛ることはなく、その分だけ早くおわってしまった。
「どうだった?」
「うーん。なんかふわふわした」
「そっか」
「ねえ、結ぶのもやって」
 肩越しに腕がのびて、机のうえの髪ゴムをとる。大して変わらない背丈なのに、抱き留められるように広げられた腕に大きさの感覚を失って萌の腕のなかにすっぽりと収まってしまいそうな気がした。もう一度ブラシをかけられ整えた後ろ髪はひとつに縛られて、普段結ばないから引っ張られるときはすこし痛かった。
「できたよ」
「似合うかな」
 そういって萌のほうを向き、テーブルの鏡のまえで横を向く。ひとつに結ばれた毛先は小さく、先っぽの少ししか見えなかった。でも、これは高田ゆきはきっとしなかった髪型だろう。同じ髪型だったら普通、こんな風に結んだりしない、萌に作ってもらったわたしの髪型、ひとりだけのものだ。
「可愛いよ」
「へへ……ありがと」
「結構時間たっちゃったね」
「お昼どうしようか」
「うーん。食べていきたいな」
 台本だけをもって食堂へ向かうと花さんがいて、作ったらしいサンドイッチをつまみながら携帯をいじっていた。