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2章6節その3。
昼食をとる。

一番最初
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「あれぇ、今からごはん?」
「ええ。もうすぐ時間なんですけど、食べていきたいなって」
「そっかぁ。じゃあ一緒に食べようよぉ」
「じゃあ、何か用意してくるので待っててね」
 冷凍庫から冷凍された総菜パンをとりだして解凍する。一緒に食べようといったのだから花さんも同じ場所で待っている。お皿の上はもう空っぽになっていたけれどぽわぽわとしたいつもの笑顔でいて、ああ、あの冷えた表情の花さんはどこに潜んでいて、いつまた姿を現すのだろうと思った。そう思うと笑っている花さんの内側の怪物的な表情が見えてくるようで恐ろしさにすこし脚がとまった。いつまた、図書館でのようなことが起きるのか。答えは保留したままで、いつかは答えを出さなくてはいけない、怖くて考えないようにしているけれど、花さんはわたしのことも萌のことも好きにすることができるらしい。わたしたちは彼女の手のひらのうえで、さっきの特別な愛おしさだって無効にできる、生殺与奪の権のすべてを握り、首元に手をかけられたまま何もできない矮小なわたしたちをもてあそぶことのできる一個の花さんはあやなさんよりも怪物的に思えた。「ひどぉい、怪物なんて」「どっちがですか」「ほんとに花はよしののに好きになってほしいのになぁ」「あんなこといわれたあとでどうしろっていうんですか」「えーでも、さっきだってめぐみんとの仲を取り持ってあげたのに……」「いつですか」「髪をととのえてもらうのは特別な感じがするってぇ、それからよしののがそうするように仕向けてあげたんだけどなぁ」「あれも、花さんのやったこと何ですか」「そうだよぉ、そうしたことも忘れさせてあげたんだー」「もう、しないでください」「そんなこというんだったら、本当に好きにしちゃうよぉ? 怖くないから、さっきよりずっと特別な気持ちで、もっと気持ちよくさせてあげられるんだけどなぁ……」「いいです。遠慮しておきます」そうはいっても、記憶をいじられた痕跡も残されず萌のことをいま好きだと思っているわずかな縁を消されてしまったらなら、できることなんてない。本当に、花さんの手のひらの上にしかいることはできないんだ。「そうなのー。だから、いい子にしててねぇ?」
 わたしたち以外いない食堂の窓際の卓でパンをつまみ、わたしと萌のことをにこにことみている。
「遅れるってメール出しといたよ。あっ、よしのの、髪型かえたんだねぇ……」
「うん……さっき、萌に結んでもらったんだ」
 そんなこと、全部知っているだろうと叫びだしたい衝動に駆られる。だけど、そんなことをしてもなかったことにされてしまうのだ。わたしの頭のなかに自由はなく、すべては花さんの頭の中と同じ。誰の思考も、世界も瞬時に消されてしまうことを知っているのは、もしかしたらわたしだけかもしれない。けれど、どうしてわたしだけに教えたのかはわからない。
「へえぇえ……可愛いよぉ。花もちぃにしてもらえばよかったぁ……」
「千佳はどこいったの」
「もうお花畑いっちゃったよぉ。明日から夏休みだからって張り切ってるんだねぇ。去年は一緒にいてくれたのになあ」
「やっぱり、千佳の様子変なんじゃないの。いつもは授業おわってもしばらく教室のこってるのに最近はすぐ帰っちゃうし」
「うーん。でも花にはわからないなぁ……でもでも部屋でも変でぇ、すぐ寝ちゃうし花が起きる前に出ていっちゃうしぃ……」
 そういう花さんは、千佳に何があったのかすべて知っているはずだ。なのに、いおうとしない。彼女はこういうことを自身の能力を隠すなかで何度もしてきたのだろう。同情はしないけれど、結構大変なのだろう。いいたいことも、知りたくないこともあったんだろう。そんなのすべて消してしまえばいいのにそうしないのはもしかしたら優しい人なのかもしれないと敵(?)なのに思ってしまった。
「何か、あったりしなかったの。けんかじゃないけど変な風になったとか」
「うぅーん。そういえばねぇ、ちぃに好きっていわれたぁー」
「えっ、好きって」
 萌がいすを揺らすようにして身を乗りだす。こういう話好きなのだろうか。
「うん……あんずちゃんと先輩みたいな好きっていわれちゃったんだぁ……花、どうしていいかわからなくってね、ずっと一緒にいたいけど恋人同士の好きじゃないってね、いったんだ」
 ああ、そのとき花さんは千佳に好かれていることも知っていたんだ。そして、千佳のほうは図書室のことを知らなかった。残酷で、きっと昔からあった千佳の好きを花さんはつっぱねてわたしに好きだといった。自分だけが世界でひとつの孤立した脳で、それ以外はみんな花さんの思うまま。どうせなら千佳の好きも消してやればいいのにと思うのは自分の好きじゃないからだとわかっているけれど、ひどいことをしているんだなと感じる。花さんがいう好きは、もしかしたらわたしとは違う好きなのかもしれない。そんな世界でただひとりのことを好きになるなんておかしなことかもしれなくて、いや、でもと頭のなかが混乱してくる。花さんのことがわからない。千佳を無視してすでに萌に好かれているわたしに好きという、それ自体はありふれていることかもしれないけれど、わたしにはわからない。パンも食べおわってからになった皿をみつめ、混乱した頭を落ち着けようとするけれどこれも花さんにはしられている、だったらなんでそんなことをするのかと訊いてみるけれど答えは返ってこなかった。
「そろそろいこっかぁ。あやなん、劇成功させたいみたいだしねぇ」
「そうだね……」