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2章7節その2。
様子がおかしい2。

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 彼女が泣きやみわずかに陽に赤さが混じる頃、ようやく部屋に戻る。呆然とした彼女はゆっくりとついてくるだけで今は意思のすべてを放棄してしまっているように見えた。シャワーを浴びるのを待ちながら、これからどうしていけばいいのか困惑している。彼女も困惑のさなかにいるはずなのに自分の感情は自分のものだから大きく、理不尽に怒鳴りつけてしまいそうな気がして頭を振った。こんな気持ち悪いこと思いたくない。やり場のない気持ちを無理矢理解消させようとしているだけなんだそんなことをしてはいけないといい聞かせる。シャワーから戻ってきても様子は変わらず、髪からは気のない風にしずくがこぼれていた。
 よしのの背中をおして座椅子に座らせる。首にかけられたタオルをとって拭いてゆくと陽はだいぶ傾いていて、部屋の奥のわたしたちのほうまで赤く照らされている。大丈夫、何があったのと訊きたいのを抑えて無言でタオルをいじり続ける。あらかた乾いたのでドライヤーのスイッチを入れて水気を飛ばしてゆく。昼の再現みたいで、だけど全然違う。うるさいとささくれだつ感情がドライヤーを投げ捨てようとするけれど、それでも落ち着けとなんども唱える。泣き出していて、こんなのみられてはいけないと声が漏れないように震える唇を噛んだ。髪はとうに乾いたのに涙が止まるまでやめられない。ポケットのなかに入ったまま所在をなくした髪ゴムの処置は未定で、よしのはもう一度わたしを好いてくれるか、けどそれは勝手じゃないか、いいや、勝手だったらなんだと応える。涙は止まらないけれど、不審がって後ろを振り返らないうちにブラシをとろうとテーブルに手を伸ばすけど力尽きてしまう。背中から抱きしめる愛おしさの行き着く先はない。どこにも行けないまま勝手なほうへ進み、よしのがまた好きになってくれるのを待ち続けるしかないんだ。抱きしめようとするからだは座椅子の背もたれに阻まれ、つよく押しつけられた胸が痛かった。
「こっちみちゃだめだよ……」
「ああ……」
 こんなに近くじゃ嗚咽だって聞こえてしまう。まだ少し湿り気のある後ろ髪に鼻先を埋めるわたしの情けなさを許すわたしも、よしのもいない。いつまでもこうしていられないことはわかっているけれど手綱をとかれた感情は暴れて押さえこめない。涙よとまれと唱えたって無理だ。彼女がきてからまだ半年もたっていない、ゆきのイミテーションであったはずなのにそれを忘れるほど宗像よしのを好きになってしまった。ゆきの偽物だったら、こんなに苦しむことなんてなかったのに、ゆきの代わりでいてくれたらこんな思いはしなかった、裏切られたと感じるだけだったのに好きになってしまったからと理不尽なことを思う。この涙をみたら、そのうちに彼女は思い出してくれないかと意地の悪いことを思い始め、自分はいやなやつだとみたくもない感情を見せつけられることに飽いている。つよい悲しみは持続しにくく、疼きのような辛さがあるばっかりで扱いあぐねている。再びわたしを制御の元において、よしのをすくい上げないといけない、これはわたしの勝手だ。
「ごめんね、もう、だいじょぶだよ」
 とまらない涙を流れるがままにしてさらさらとした髪にブラシをかけてゆく。整った後ろ髪をまとめて縛るのだ。これから毎日こうしよう。そうしているうちによしのはわたしのことをまた好きになってくれるんだといい聞かせる。無駄なんかじゃないんだ。これが実を結ぶまでやり続ければ、いつか叶う願いなんだと鼓舞する。それまで、好きの寸余に打ちこまれたとげを抜き去り、外階段の続きを再びおこなうのだ。
「でき、たよ……」
 思い出したかのように鏡をみて、こちらを振り返る顔を覚えるのだ。この笑う顔をしっかりと。
「萌、泣いてる」
「うん……泣いてるよ……」
「ごめんね、わたしのせいだよ」
「いいんだよ。だいじょぶだから……」
 座椅子の背もたれを隔てて向き合う。腕が伸び、頬に触れる指はなぞるように上り、目尻に浮かぶ涙をぬぐった。乾いた指がくすぐったいのにつよく感じられ、甘えるように堰をきる涙を拭き続けてもらった。外にいたときと同じ優しい顔で心配されてしまう。もう悲しみはなくなってしまい、機械的にあふれるだけでとめられないだけだ。やがて手は顔をはなれ首の後ろにまわされる。座椅子が倒れ、座ったまま抱きあったのは一瞬、キスをされた。
「わたし、これくらいしかできないんだ。萌にするキスを、いまはまだ、同室の子が悲しんでいるからって以上にはできないけどこれからもう一度つくっていくから。だから、待ってて欲しい」
「うん……まつ。まってる、ずっと待ってる」
 とがった形の愛おしさの到来に動かされ、何度も何度も繰り返した。薄暗い部屋のなか、わたしの祈りのようなのと無気力なよしのの唇が何度もふれ、いつかこの意味を再び現せるなるまで髪を結ぶのと一緒にし続けようと決意した。外はすっかり暗くなり、部屋はわずかな月明かりが窓際の家具やカーテンの形を示すだけになっている。
「星見会、いく?」
「うん……すぐシャワー浴びるから、待ってて」
「ひとりで入れる? 目を離したら壊れちゃいそうだよ」
「そんなこと、ない。それよりよしののほうが心配だよ」
「そっか。心配かけてごめんね。ここから動かないから、大丈夫だよ」
「うん……」
 タオルと着替えの準備をする背中に声をかけられる。
「花火もしようね。そうしたら、きっと、だんだんまた好きになれるから。淡潮にイベントがたくさんあってよかったよ。萌との思い出、またつくれるから」
「うん」
「星見、遅れちゃうね」
「ごめんね」
「いいよ。少し落ち着いたから。また、好きになるんだよ。きっと」