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2章7節その3。
天体観測とか会話とか。

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 会場になる学校の屋上へ上るとすでに人は集まっていて演劇部の面々はだいたいそろい、ほかにも純ちゃんやあゆはちゃんなど何人かがいる。全員参加の行事ではないためあまり人は多くないし先生も菜摘先生と森井先生とシィギさんしかいなくて少ない。ビニールシートを敷いたうえに寝転がった顔のいくつが振り返りわたしたちをみる。積極的に近づいていこうということでここまで手をつないできたけれど注目されると恥ずかしい。よしののほうも同じみたいでこっちをみて照れくさそうにしている。望遠鏡をのぞいていたあやな先輩も気づいてこっちへ歩いてくる。屋上はいくつか懐中電灯があるほかに明かりはない。終業式の日にあわせたため月は上弦の半月で淡い光があたりを照らしている。あやな先輩の顔もぼんやりとしていて、背丈や格好からそうなのだろうなと想像していた。暗がりの中でつないだ手は見えるのかなと想像するけれど、よしののほうが先に辛抱できなくなって絡んだ指先がゆっくりと離れ、腕は体側にだらりと垂れ下がった。
「遅かったね」
「ええ、ゆっくりしていたら遅れてしまって」
「ふぅん……まあいいや、あたしたちのビニールシートはあっちね。枕とか持ってきた? っていうか持ってないね。まあいいや。まだ時間はあるし頭とか首とか痛くなっちゃうからさとってきてもいいんじゃないの」
 そういって指さす大きな青いビニールシートにはふたりが寝転がっていて、たぶん千佳ちゃんと花ちゃんだ。白い髪が月の光をあびてぼんやりと光っているように、そこだけが明るく見える。紅葉と青葉のほうは隣のビニールシートにいて、中等部の何人かと一緒だ。
「枕、もってくる?」
「階段のぼるの大変だしいいよ」
 わたしはもう慣れたしエレベータにはもともと乗らないからそこまで気にならないけどやっぱりよしののほうは大変みたいだ。
「なんか、花火大会みたいだね」
「大きいやつのほう?」
「そうだね。公園とか河原とかに集まって、場所取りとかするんだ。もっとたくさんの人がいるけど、だいたいこんな感じかな。シートは足の踏み場もないくらい並んでるけど」
「へえ……人が多いとそんなことになるんだね」
 そんなことを離しながら千佳と花ちゃんのほうへ歩いていくと突然制服を引っ張られた。
「どうしたの」
「ううん……望遠鏡みてみたいな」
 ビニールシート群のはずれ、屋上の端に三つの天体望遠鏡がある。ひとつはあやな先輩が使っていて、もうひとつを中畑さんとあゆはちゃんが使っている。残ったひとつは彼女らのつかうふたつより少し小さいもので月光を浴びて白い縁が光っている。去年もこうやって望遠鏡をのぞいたなと思い出す。よしのが望遠鏡をのぞくあいだ、空を見上げてみるとまだらになった白い星々が煙のように瞬いている。やっぱり、ここ以外の夜空を見上げたことがないから多いのか少ないのかはわからないけどきれいだなと思っている。都会のほうだと光が多くてあまり星が見えないというのは本当だろうか。か細い星明かりが地球に届き、だけど都市の光がそれをかき消してしまうっていうのは何となく無残だなと勝手な感情移入をしている。
「きれい?」
「んーなんかすごいいっぱい見える。きれいだよなんか、すこし感動だね」
 そういう口調はぼんやりしていて、彼女はわたしじゃなくてずっと向こうの星々を見ているのだろうなと感じられた。近くにいるけど遠い、とかそれっぽいことを考える。だけど、恋心を失くしたといってからの彼女は本当に遠く感じられ、どこかへ行ってしまったみたいだ。こころのなかに一等ひかる彼女を見つけられる望遠鏡があったら、わたしはよしのちゃんを見つけられるだろう。だけど、それを覗くうてなはある惑星の上にしかなくて、光る恒星は遠くて手が届くはずなんてない。もしそれが本当で、二度と触れられない距離にしかないんだったら、どうやって言葉を伝えることができるのか、何十光年の深淵に投げる言葉は返ってこない。好きの言葉は生きている間には返ってこない。最も近くの恒星は何光年何の彼方にあったのだっけと思い出す。でも、こんなのはただの言葉遊びだ。肉眼ではっきりと見える彼女は目の前にいて、触れようと思えば触れられる。中腰で望遠鏡をのぞく彼女の髪にも光はおりて、つやつやと光らせている。星もきれいだけど、よしのもきれいだなとか恥ずかしい、直接いうことなんてできないことを思うばかりで手は伸ばせなかった。
「星って、望遠鏡で見ると白くないんだね」
「そうだね。燃える温度で光の色が違うんだってね」
「そうらしいね。でも、こうやって実際に見るとすごいね。赤いのとか青いのとか、緑のもある。萌もみる?」
「ううん。わたしは去年も見てたから見てていいよ」
 少し望遠鏡のあたりを離れて柵にもたれかかる。長袖にジャケットを着ているとさすがに暑いけど太陽が沈むと風もあるしだいぶ涼しく感じられる。あやな先輩も望遠鏡を離れて隣にきた。
「今日なんかよしの変だけど何かあったの」
「うーん。ちょっと調子がよくないみたいで。でも、あやな先輩ならわかるんじゃないんですか」
「気になるからって勝手に人のあたまの中覗いたりしないよ。あたしは節度をわきまえてるの」
「それは少し安心ですね」
「そんなの知ってるでしょ」
「やっぱり、台本と関係あるんですか。ゆきのことと」
「それこそ、中野のほうがわかってるでしょ。まあ、あたしだって少しは怖いよ。ゆきさんや早紀先輩程じゃないけど一応テレパスはあるし、総代だしねそこそこの力はある。あんまりむやみに使うものじゃないよ、人のことも自分のこともわからなくなっちゃうから」
「へえ……」
「まっ、中野たちにはわからないし、わからないままでいいんだよ。こんなの持ってるほうが危ないんだから。ゆきさんには悪いけど」
 さざめくような月光が白くわたしたちを照らしている。ほかのものも一様で、フェンスの網も、風をうけて粘っこく漣をたてる雨水の貯水池も、望遠鏡を覗くよしのや中等部のふたり、ビニールシートに寝転がる人たち、校舎の中に続く小屋みたいな出っ張りも同じだった。隣りあってだらしなく立ったあやな先輩も周りのものと一緒に月光を浴びている。逆光の長い髪の縁だけがぼうっと光り、表情は暗くて見えないけど、きっと皮肉そうに笑っているのだろうかと悪い想像を巡らしている。こういうことを考えるのは悪いことだし、よしのがああなってしまったのもわたしのせいではと関係ないかもしれないのに自罰的なことを考えた。それこそ最もくだらないことだ。よしのちゃんが恋を失くしてしまうとしたら、わたしの嫌らしい一面を見たからだ。だけど、そんな面はなるべく見せずにきた。本当にわたしは嫌な子なんだなと思いながら、それでもまた好きになって欲しい、もっといい子になるからよしのにこっちを向いて欲しい。もうゆきと重ねたりなんてしないから。
「ずっと訊けずにいたんですが、どうしてあの台本を書いたんですか」
「それは秘密。学芸会がおわったら教えてあげるよ」
「そんな……気になりますよ。ゆきのこと、あんな風に書くなんて今もまだ全部は許せてないです。教えてください」
「いやだね。あたしはあたしの思ってることなんてそうそういわないよ。訊きたかったらその蔓で縛り上げて跪かせて無理矢理いわせるしかないよ」
「それは当てつけですか。そんなこと、できる訳って知ってるからいうんですか」
「当てつけなんかじゃないよ。どうしても知りたければ知ってる人に訊けばいいし、教えてくれないなら無理矢理吐かせるしかない。それもできないなら悔しさに泣くしかないよ。自分は被害者だから、自分だけには話してくれるなんて物語や幻想みたいなものなんて捨てて、屈服させるんだ」
「そんな……勝てるわけないじゃないですか。わたしはあやな先輩や早紀先輩みたいに強くないんです」
「だったら前みたいに泣くしかないよ。この世で信用できる幻想は強さしかない。自分の強さだけで周りを跪かせて好きにするんだ。それは孤独だし、周りに立つ人なんていなくなる。それでも自分の好きにしたいならそうするしかない。孤独のひとつと引き替えにほかのすべてを手に入れるんだ。そうするしか、ない。ありもしない物語にも幻想にもすがってはいけない。物語が欲しいなら、自分でつくるんだ。最強の自分の物語だけを流布させるんだ」
 わたしに話しかけていた言葉はいつの間にか自分に語りかけるように変化していた。あやな先輩はそう思って生きてきたのだろうか。怪物としてあるために、自分以外のものを切り捨てて、ただひとりで生きようとしているのだろうか。だとしたら、それはやっぱり悲しいのでは、全部と引き替えにひとりですごさなきゃいけないなんて想像すればするほど割に合わないし、もし、自分がそうなったとしたらよしのもそばにいないんだと思った。やっぱりわたしはわたしの生き方がいい、普通の生徒としてよしのと一緒にいたい。だけど、それもあやな先輩のいう物語なのだろうか。彼女の覚悟を陳腐な想像に落としこんで、それを生きたつもりになる。そうして、また、自分の正しさを確信し直すことが。
「わたし、演劇部やめちゃいますよ」
「辞めたければ辞めるしかない。でも、そうしてもあたしはまた演劇部に入部させようとするよ。そのときは持てる力のすべてを使って、中野を跪かせてでも、頭の中を覗いて好きにするかもしれない」
「はぁ……でも、もうゆきのことは振り切ったとはいえ、やっぱりあの劇は辛いです。やりたくないです。それに、あやな先輩のいうこともよくわかりません。そんなのやっぱり悲しいですし、人と一緒にいるほうがいいですよ。自分だけで生きていこうとするなんて無理です」
「何とでもいえばいいよ。あたしはあたしの孤独を抱える。そうしたいからそうするしかないし、そのためには何だって捨てられる。それに、成し遂げようとすれば捨てなくちゃいけない。孤独なしに何でもできるようになろうとするだなんておこがましいし失敗するだけだ」
「やっぱり、わかりません。わたしはわたしでよしのと一緒にいます」
「あはは。そうやってよしのと一緒にいるためには何を捨てるのかな。よしのと一緒にいるためにはほかの時間を犠牲にするしかないんだよ」
 沈黙がおりる。やっぱりわたしはあやな先輩が苦手なのかもしれない。
「おー。月って望遠鏡で見るとぼこぼこしてるんだね。それに思ったより黄色くない」
 よしのはわたしが隣にいると思って望遠鏡から顔をそらさずにいっていた。返事がないことに気がついた彼女は顔を上げてあたりを見渡している。
「ほら、よしののほうへ行ってきなよ」
「ええ……」
 歩いてくるわたしに気づきよしのは安心したような表情をする。それを見てあやな先輩のほうを振り返ると柵にもたれた逆光で、やっぱり表情はわからなかった。