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2章7節その4。
こじれる人間関係。

一番最初
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「ごめんね、一緒にいるっていったのに」
「いいよ。ちょっと恥ずかしいひとみたいになってたけど」
「ごめんって」
 屋上は暗くて静かで、時々小さな声が聞こえてくるけどそれもすぐに静まってしまう。あまり大きな声では話せない雰囲気でそれが少しありがたかった。いつものように振る舞うけれど、かわってしまったよしのになんて話しかければいいのかわからないのだ。それはよしののほうも同じで、いつものようにという風に振る舞おうとしているけれど、やっぱり違和感がある。
「ねえ、ビニールシートのほういこうか」
「うん……」
 屋上のコンクリートのうえに直にしかれたビニールシートに寝転がるとやっぱり背中や頭が痛い。枕くらいは持ってきた方がよかったかなと思うけれど、今更もどっても今度は時間がないだろう。別に、わたしたちが残っている分だったら菜摘先生も森井先生もそんなに気にはしないだろうけどこのあとは花火をするんだから屋上にいられるのはあと、一時間くらいかと思う。隣で横になるよしののほうに手を伸ばし重ねる。ふたりだけだったら、また、好きっていってしまっただろうか。もう、気持ちは通じ合っていない、そのときまで好きっていうのはやめたほうがいいのか、あんまり口にしているとどんどん意味が軽くなっちゃうんじゃないかってすこし不安もある。人がたくさんいてよかったのと、ふたりだけがよかったのの間にぷかぷか浮いている。千佳ちゃんと花ちゃん、わたしとよしの、四人が並んで横になるビニールシートの上を、じっとみていたらわからない速度で遙かの星々は運行している。あの星のひとつほどの距離が、つないだ手の間にはあるのかなとさっきの妄想の続きをするけど、そんなことはないんだ。よしのもまた好きになるっていってくれた。だから、大丈夫と安心させる。
「めぐみん、よしのののことが好きなんだねぇ」
「うん、好き……」
「ちょっと、何いってるの」
 横になった顔をこっちへ向けて小声でよしのがいった。うっかりまた好きっていっちゃったけど花ちゃんにいった好きは無効だろうか、でも、よしのの耳にも入っちゃったからだめかなと考えている。できることなら、何度でも好きっていいたい。やり場のない今の恋心をぶつけてしまいたくて、なんて暴力的なんだろうと思った。
「ううん。だって、好きなんだもん。わたしだって恥ずかしいけど」
 また、好きっていっている。好きっていい続けたら、こっちを向いてくれるって、髪をとかすのとキスをするのと同じ、願掛けみたいな気持ちなのだろう。好き、大好き、と今度は口には出さず、頭の中でなんどもいう。そのたび愛おしさがあふれてくるような気がして、気持ちが軽くなる。
 ビニールシートに広がる桜色の髪の上、じっと空のほうをみた花ちゃんの手も千佳ちゃんにつながれている。千佳ちゃんのほうは眠っているみたいで目を閉じてやすらかそうだ。
「花ちゃんも、千佳ちゃんのこと好き?」
「好きだよぉ。でも、やっぱり、めぐみんの好きみたいな好きじゃないかなぁ」
「そうなんだ……」
 その言葉も聞こえない千佳ちゃんはさっきと同じ、安らかそうな寝顔でいる。つないだ手の先は花ちゃんで、その手は離されることはないみたいな顔。お昼にきいた、千佳ちゃんが花ちゃんに好きって告白したことを思い出す。花ちゃんは同室として好き、千佳ちゃんは花ちゃんを好き。なんか辛いなと思う。
「でもぉ、気持ちなんて通じないもん。一緒にいるから思いまで一緒、なんてなかなかないし、ちぃの好きを受け止められないのは悪いなあって思うけど、好きじゃないのにつきあうほうがかわいそうだよぉ。それに、花ね、ほかに好きなひとがいるんだぁ」
「えっ、誰」
「ひみつー」
 そういう花ちゃんのつながれた手を見る。細くて白い、ふたつの指先がゆるやかに絡み合った手のひらと手のひらで、この思いは断絶している。かわいそう、っていってるのにどうして手をつないでいるのだろうか。
「えー、教えてよ」
「あんまりいいたくない人に訊いちゃだめだよ」よしのにたしなめられる。
「でも、気になるよ。ねぇ、よしのは気にならないの」
「んー。わたしはいいや。それより寄宿舎にそろそろ戻らない」
「もう戻るの」
「うん。それに、あとで花火するし」
「うーん。そういわれればそうかも。あっ、花ちゃんね、あとで花火しようよ。よしのが買ってきてくれたんだ。演劇部のみんな呼んで寄宿舎の屋上でって」
「へえぇ、楽しみだねぇ。花、花火って初めてやるかもー」
「わたしもだよ。よしのがきてからたくさん初めてのことがあるんだ」ねっ、と振り返る。「うん。せっかくだし買ってこようかなって思ってね……」
「花火って星よりもきれいなのかなぁ……空にたくさん打ちあげるのってスターマインっていうんでしょぉ、花、知ってるんだぁ」
「それもそうだけど、打ち上げのじゃなくて手に持ってやるやつなんだってね。わたしも最初打ち上げるほうだとおもったけど」
「へへー。おそろいだね」
「ねぇ、花ちゃんの好きなひとって誰なの。男のひと、女のひと?」
「萌……」
「女のひとだよぉ。そんなに気になるなら教えてあげよっかー?」
「教えて教えて」
「萌、だめだって……」
「あのねー。花ねぇ、よしののが好きなんだぁ」
「え、」
「花ね、よしのののことが好きなの。ずっと、最初にきたときから好きだったんだぁ」
「だ、だめ!」
 叫んでいた。屋上のひとたちがみんなこっちを見る。千佳も目を覚ましたみたいで、目をこすっている。だけどそんなことより、花ちゃんがよしののことを好きって何なの、だって、わたしが好きだったんだもん。何で、何でと繰り返している。その様子を千佳ちゃんと手をつないだままの花ちゃんがじっと見ている。何で、そんなこというの、だって、そんなの変じゃない。わたしのほうが好きなのに。って今度は頭のなかで叫ぶ。それから、ああ、わたしは花ちゃんみたいに可愛くない、花ちゃんによしのとられちゃうって思い、でも、わたしのほうが同室なんだよ。花ちゃんは千佳ちゃんと同室なのに、って、何で千佳ちゃんのことを好きにならないのって変なことを思っている。花ちゃんによしのがとられちゃうって思うとそれが怖くて仕方がない。わたしじゃかなわないよ。
「だめじゃないよぉ。好きって思うのとめられないし、めぐみんが訊いたんじゃぁん。訊かれなかったら、花、いわないつもりだったもん」
「で、でも。わたしのほうが好きだもん。花ちゃんはだめだよぉ……」
 とられちゃうって、そのことばっかり考えてしまって涙声になる。つないだ手をたぐり寄せてよしのに抱きつく。だって、やだ。わたし、よしのがいないとやだ。それに、よしのまた好きになってくれるっていったもん。抱きついた背中を守ってくれるみたいに手を回してくれる。だって、こうしてくれるもん。よしのも、わたしのこと好きだよね。
「だめっていわれても花わかんないもん。ひとの気持ちなんて知らないしぃ、考えられないもん。花はよしののが好きって、いまはそれだけがあるのぉ。ねぇ、よしのの、付きあおうよぉ、好きなのぉ」
「やだやだやだ……わたしも好きなのに……」
 よしのの胸に顔を押しつけて首を振る。花ちゃん、なにいってるかわからないよ。混乱したなかで涙があふれてきて、制服が濡れてゆく。
「あんまり萌を困らせないで。千佳も困ってるし……」
「でも、花、好きだもん……ねえ、よしののが決めてよ、花とめぐみん、どっちが好きー?」
 わたしは泣いているのに花ちゃんの声はあかるい。本当に、わたしのことなんて考えられないしどうでもいいみたいだ。花ちゃんに好きっていわれたら、よしのは断れない。だって、花ちゃんのほうが可愛いし、わたしみたいに鱗とか蔓が生えていたりしない、かなう訳なんてない。わたしの好きはどこにも行けない。待っている、なんてできなかった。これでおしまいなんだ。嫌だよ、そんなの。嫌、花ちゃんなんて嫌い。
「ねぇ、どっちが好きなのぉ」
「答えさせないでよ。そんなの、わかってるでしょ」
「花、よしののの言葉でききたいな。花のこと、好き?」
「うん……」
「めぐみんよりも?」
「う、うん……」
「花とつきあってくれる?」
「……うん」
「やったぁ!」
 ふたりの会話があたまのうえをすぎていく。「ごめんね、萌」そんな言葉ききたくない。「また好きになってくれるっっていったのに……」「ごめんね」「ごめんじゃないよ……よしの、なんでそんなこというの……」「ごめんね……」そういってぎゅうと抱きしめられる。そんなことされたい訳じゃない。されたくなんてない。わたしのこと嫌いだったら放りだして欲しい。どうしてそんなことするの。何で花ちゃんのこと好きになっちゃうの。やだよそんなの。意味わかんない。やだ……。苦しくって、胸がつぶれそうで、何かいわないと決壊しちゃいそうなのに言葉は出てこない。涙と嗚咽だけが抱きしめられた胸のなかにあふれる。
「花、何いってるの」
 顔をあげると膝立ちの花ちゃんの背中に千佳ちゃんが抱きついている。千佳ちゃんも、花ちゃんのこと好きだったんだよね。なのに、なんで花ちゃんはそんなこというの。いうにしてもいま、こんなところでいわなくていいのに。わたし、辛いよ。やめてよ。わたしのいないところでしてよ。こんなところ、見られたくない。
「花ね、よしのののことが好きなんだぁ。ごめんね、でも、ちぃは大事なお友達だよ。ずっと一緒にいようねぇー」
 花ちゃんひとりだけが笑顔でいる。見上げるよしのの顔は辛そうで、辛いなら何で断ってくれないの。わたしと一緒にいてくれないの、また、好きになってくれないのって何度も繰り返している。わたしの決意ってなんだったの、可愛い花ちゃんの前では何もできないの。抱きしめられた胸と腕の体温を感じる。よしのも、なんでそんなことするの。やだよ、花ちゃんだけじゃなくてよしのまで嫌いになっちゃいそうだよ。そんなの嫌だよ。
「萌、もう戻ろうか」
 手を引いて立ち上がらせられる。涙で目の前がにじんで何も見えない。そんなに優しくしないでよ……。