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2章8節その1。
プールとか。

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8

 花が、宗像のことを好きだといった。私の眠っている間のことで、どうしてそんなことになったのかは知らない。でも、これで私が好きっていう機会はなくなった。杏里にいわれたことももう何でもないがらくたになってしまった。また好きっていったら、今度こそ花も好き、ってかえしてくれるって勝手な想像は打ち砕かれて元通りの形になることは二度とない。空っぽな気持ちのまま毛布を抱きしめる。花はどこかに出かけて、部屋は私だけ。今なら存分に泣けるけど、もう泣きすぎて涙はなかなかあふれてこない。枕に顔を押しあて、このまま窒息して死んじゃったら、花は悲しんでくれるかなって益体もない想像ばっかりしている。よりによって、何で宗像なんだ。だって、花をそんなからだにした張本人の孫だぞ、何でそんなやつのこと好きになるんだよ。何で好きって返すんだよ。私のほうがずっとまえから、ずっとずっと好きだったのに、それをいきなり宗像にさらわれるなんて納得いかない。
「あぁ……」
 すぐに息苦しくなって、枕から顔をあげる。こんなんじゃ死ぬことなんてできない。それに、死にたくなんてないし、死ぬ勇気なんてない。花は今頃宗像と一緒にいるのだろうか。私が起きるまえにさっさと準備をして出ていった。私が起きたのは花が部屋を出て行く後ろ姿をちらりと見ただけだった。想像をたくましくして、ありもしないことばかり考えている。きっと、朝食をとりにいって、萌とかに会って話し込んでいるか部活にいったんだ。もう、朝食というより昼食というような時間になっている。いい加減起きて着替えないといけない。汗で湿った寝間着用のTシャツの襟元をぱたぱたと動かし風を入れようとする。今日は風が弱く、開いた窓もむなしくカーテンはそよがない。できることならもう一度眠って、時間を無為にしてしまいたい。こんな気分じゃ、何もできやしないんだ。でも、花畑のスプリンクラーを動かしにいかないといけない。結局、新種の種は採取したものの蒔いてはいない。惰性だけで管理をしていて、遠からず枯れるだろう。秋になり、冬になり、来年の春はまた種を蒔くのだろうか。感傷にまみれたことで、そんなことはしたくない。もう、意味なんてないんだ。
 早く夜になって眠りのなかに逃げ込みたい。眠気はどこかへ行ってしまってこの時間をすごす術を持っていない。去年の夏休みは花の手入れをしていたなと思いだし、仕方なしに起き上がる。シャワーを浴びて制服に着替えれば太陽はほとんど真上にあり、今から水をあげても沸騰してよくないかなと言い訳をしそうになる。午後から水をあげると、まいた水が土のなかで沸騰して根を傷つけるのだ。それならそれでいい、今年は少し早く枯れたんだっていえばいいんだ。私のしてきたことはいったい何だったのだろう、花のためって思っていたはずなのに、一瞬にして宗像にさらわれてしまった。なんて報われない私の恋。
「あぁ……花……」
 夏休みに入ってまだ一週間とたっていない。秋学期は十月からで、ほとんど二ヶ月間がのこっている。学校があったら、授業を受けて宿題をして、そうして時間をつぶせたのに。ため息をつきながら軍手をもって部屋を出る。談話室を通りがかると萌と中等部の面々がいて誰にも話しかけられたくない気分だったのに声をかけられた。ままならなさにまた空っぽの胸の中に石を投げ込まれたような気分になる。でも、萌だって同じなんだろう、彼女も宗像のことを好きっていっていた。そんなことを話せるのは私しかいないのか、たくさんきかされた。今日は宗像とどんなことをしたとか、どんなことがうれしかったとか、そういうとりとめのない話で千佳はどうなのと訊かれもした。共犯みたいな意識があり、恋心を深めた。みんな、無駄になってしまった感情だった。
「どうしたの」
「千佳ちゃんこれから暇?」
「まあ、暇っていえば暇だけど」
 花畑に行くはずだったのだけど行きたくなんてないんだ。ひとりにして欲しいはずなのに今の気持ちをきいてもらいたい。そうしたら、少しは楽になるだろうか、整理をつけられるだろうかと打算的なことを思っている。萌のほうも同じなのかもしれない。双子や松本、あゆはたちにきいてもらっていたのだろうと一本脚の丸テーブルについたみんなをみて思っている。こいつらも恋、とかしたことがあるのだろうか。双子は、きっとまだだろうな。松本はわからない、あゆはは言い寄られたことはあるだろうけど自分から好きになったことはあるのだろうか。だとしたら、どんな恋だったのだろう。今は彼氏も彼女もいないみたいだし、思いを告げなかったかもう敗れてしまった恋なのだろう。こんなこと、つい一ヶ月前までは思いもしなかったし軽蔑していたはずなのに情けない。一ヶ月の間は楽しかったな、と回想する。もう楽しかったって言葉しか思い出せないけれど、花のことを思うだけで幸せな気分になれたのに今は空虚で辛いばっかりだ。
「わたしたちプールに行くんだけど一緒に行かない」
 手のひらでまるまった軍手を握りしめる。
「……うん。いく」
「あれ、でも、花畑のほういくつもりだった。ごめんね」
「ううん。いいよ。今日一日くらい世話しなくったって枯れないし」
「そっか。朝ご飯もうたべた」
「まだだけどいつも食べてないからいいよ」
「今日ね、暑いから気持ちいいと思うんだー」
 そんな風に語尾の伸びた話しかたをされると花のことを思い出すからやめてくれということもできないまま一緒にもどってゆく。双子たちは二棟に戻りあゆはも二階なのでばらばらに部屋へ戻る。杏里たちと海にいったばかりだから水着はクローゼットの取り出しやすいところに入ったままだった。私以外に誰もいない部屋で、天頂付近の太陽は窓のあたりしか照らしていない。なだれ込む蝉の声がうるさくて参ってしまう。何でもないことをしていただけなのに悲しさが鋭いツバメのように訪れて気がついたら泣いていた。あれからこういうことが何度もある。気分が安定しなくて、病院(研究所の診療室のことをそう呼んでいる)にいったほうがいいだろうかと思う。薬をのんでいたらこの苦しさも寝付けない夜もなくなるだろうけど、それは嫌だった。この悲しさだって消してしまいたくない。残滓のような花への思いも一緒に消えてしまいそうな気がするからというけれど、消えてしまったほうがいいんだ。いつまでも腑抜けた状態ではいられない。それに消してしまいたくないなんて思うなんてそれこそ感傷をもてあそんでいるだけだし、重傷だ。石黒たちみたいに幼いうちに恋をして、敗れておけば免疫もついていただろうに、一途でいたからこうなんだ、みんな自分が悪いんだといい聞かせる。去年、花に選んでもらった白い水着を抱きながら泣いている。花は泳げるようになり、私が手を引いていなければ生活もおぼつかなかったはずなのにもう、ひとりで生きていけるようになってしまった。私はもう、必要じゃないのだろうか、同室でいても仕方がないんだと思い始める。本当に腑抜けで情けない。自分でとめることのできない、もう、流れ続けることになれてしまった涙をそのままにしてよろよろと着替える。チャイムが鳴り、萌がドアの向こうで待っている。涙声を悟られないように返事をしたはずなのに、彼女にはわかってしまったみたいで鍵の開いたドアが開く。玄関の暗がりにたった萌に姿をみとめられ、着替えかけのままその場にうずくまってしまう。
「はいって、こないでよ……」
「うん……ごめん」
「謝るならやめてよ」
「だって、千佳ちゃん辛そうだから」
「そんなの、萌だって一緒でしょ!」
「うん……」
 取り乱して、声を荒げていた。本当にどうしようもない。萌は全然悪くなんてないのに、どうかしている。
「わたしも辛いけど、千佳ちゃんのほうが辛そうだからさ」
「ごめん……でも変わらないよ、そんなの。比べたって仕方ないし確かめられないし、ほら、私、花みたいに萌のことがわかる訳でもないから」
 座ったまま着替えの続きをする。
「ちょっと後ろ向いてて」
 着ていた服を脱ぎ、手早く水着を着た。椅子にかけたままのパーカーを羽織りタオルを持って行けばこれで準備はおわりだ。けれど、涙は未だ止まらない。こんなことも自分の自由にできないだなんて本当にままならない。何のための能力なんだって思う。
「うん。いいよ。変なところ見せて悪かったね」
「でも、まだ泣いてるよ……」
 そういって一歩近づく彼女の指が涙のあとをぬぐってゆく。
「やめてよ、そんなに優しくしないで」
「優しくしたい気分なの。ほらさ、よしのがいなくなって、わたしどうしたらいいかわかんないんだ」
「私、宗像のかわりなんかじゃないって……」
「うん、でもさ……」
 言葉は継がれず、でもの続きはわからない。萌のほうだって何も考えていないのだろう。それでも優しくされているとむかつくけど涙はおさまってしまう。
「まだ目、少し赤いね」
「いいよ。もう行こう。部屋にはあんまりいたくないんだ」