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2章9節その2。
夜中に学芸会の練習2。

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 練習するのは屋上のシーン、田村早紀と高田ゆきの会話の場面だ。日付については書かれていないけれど本当のことだったら冬の日で、ゆきの思考がだんだん薄れ消えていく最後の日となっている。わずかに残った思考で、早紀に好きだというゆき。何も知らなければたぶん感動的な場面で、だけど、ここに来てから恋愛のことばっかりのわたしにとっては嫌な場面だった。
「ゆき、もうだめなのかなあ……」
「これで終わりなの。まだ、ゆきはゆきだよね。そんな、消えないでよ。まだ、一緒にいて。わたしゆきがいなくなったらどうすればいいの、ゆきがいなくなったら、何を守っていけばいいの、何になればいいの」
「ゆきがいなくなったって大丈夫だよ。ねっ、安心して。早紀はゆきがいなくなっても怪物のまま、淡潮に居続けるんだよ、」
 柵にもたれて薄明かりのなか台本の文字を追う。遠くの海や暗く沈んだ山、畑の斜面に並ぶ風力発電の風車をみている。すっかりなくなってしまった恋心を回想し、わたしだけがむなしい気分でいたけれど、そんなのはやっぱりわたしだけ、回る風車も海も山も、寄宿舎だって夏休みのまえと変わらない、じっと同じ光景でいる。夏休みがおわってもそうだ。それから先もずっと同じ。
「ゆきが、ゆきの言葉が、思考がなくなっても早紀はゆきのことを好きなまま、ずっと忘れない。忘れないでね。そうしたら、ゆきはむなしくないから。ゆきの頭の中が空っぽのリピータやアンプになっちゃっても大丈夫。早紀がゆきのことを思っていてくれるだけで、ゆきね、全然こわくないんだから」
 なんて幼い恋愛だろうと自分のことを棚に上げて思ってしまう。わたしだって、同じことを思っていた。萌のことが好きで、萌も好いていてくれている。それだけで完全でほかには何もいらないって思っていたはずなのに、花さんのことを好きになってしまったわたしは唯一の恋でないほかの恋を知り、自由になってしまった。唯一のものなんてなくなって、わたしにはわたししかない。そのわたしも今は花さんに好きにされてしまうことを知っているけれど、それでも萌のことだけを好きだったときとは変わってしまった。自分の脚で歩いて行けるところがある、ずっと遠いところへひとりでゆき、あたらしい恋や、恋でないものをつかめるって、実際にしたことはないけど知ってしまっている。
「でも、わたしは不安だよ。ずっと、いつまでもゆきのことだけを好きにいられる自信がないんだ。これから先、ずっとながい時間が目の前に横たわり続いているって見えもしないのに見えるような気がして、きっとその時間は膨大で想像もつかないことが起きるかもしれない。そんなとき、ゆきのことなんて忘れちゃうかもしれないって怖いんだ。今はゆきのことだけが好きで、そのことをずっと忘れない、焼き付いていて忘れるはずもないって思ってるのにおかしいよね。わたし、自分のことが信じられないんだ」
「そっか、でも、いいんだよ。ゆきだって、知ってるもんそんなこと。ゆき、知ってるよ。みんなみんな変わっていっちゃうんでしょ。大丈夫だよ。うん。ゆきはだいじょうぶ。だってもうすぐ何も考えられなくなっちゃうから、そうしたら、ゆきの意識はみんなの言葉に閉じ込められて、自分じゃ考えられなくなっちゃうんだもん。ゆきのことわすれたって、ゆきはわからないから、だいじょぶだよ……。最後まで、忘れるなんていわないで。ゆきを安心させてよ……」
 高田ゆきはなにを思ってそういったのかといえば目前にある自分が消えてしまうこととその恐怖に対抗しようとすること、それから、いなくなってしまったあとの田村早紀のこともきっと考えていただろう。風前の灯火の意識の中で、不安に押しつぶされそうにもなっていたのだろうか。不安に対抗するひとつの安心に選んだ田村早紀のこころを抱いて死にゆく彼女の忘れないで、恋を維持してくれといったときの言葉はやっぱりどこまでいっても想像にしかなれなくて似ているだけで選ばれたわたしよりも花さんのほうがよっぽど適任だったと思う。
「ああ……もういわないよ。ゆきはずっとわたしの恋人、生涯忘れることのないただひとりの子だよ。死んでしまうまで決して忘れない。ずっと、ずっと、ゆきの意識がなくなっても語りかけるよ。ゆきが臨む淵に手を伸ばして、絶対引っ張り出してやる。わたしの前にもう一度、生きたゆきを連れ戻すんだ。そうしたら、幸せに生きよう。誰もいない、ここよりもずっと誰もいないところにいって、ふたりっきりですごすんだ。そうしたら、安心だよ」
「ゆき、うれしいな。そんな風に思ってくれるなんて……ありがとう、おままごとだって知ってるよ。ゆきはどこにもいけないもん。ゆきたちは淡潮の外では生きられない、ここだけでしか生きられないもんね。ゆきからいい出したのにごめんね。すごくうれしかったよ。もうこれで怖いことなんてない、いつ、消えちゃってもかまわないもん。ずっと、早紀はゆきのことをみていてくれる。でも、あーあ。これで終わりなんてね、怖くなくても寂しいし、空ろの中心に落ちていって、そのままひとりっきり、ひとりって意識することもないんだけど、そうなっちゃうのはやだな。やっと、早紀と一緒になれたのにね。ゆきね、早紀のことずっと好きだったよ。もっと、一緒にいたかった……萌?」
「ううん……。わかったよ、またね。またがなくても、ゆきのこと助けるよ。わたしだってずっと好きだったんだ。ここまでくるのに長い間かかっちゃったね。もっと早くいってれば、もっと長く一緒にいられたのにね……あーあ。田村先輩とゆきがこんなだったなんてやだな。別に、もうおわっちゃったことだし物語だけどやっぱりなんか気が沈んじゃうね。わたしのほうがずっと一緒にいたし、先に好きだったのにね。先に、とか関係ないけどやっぱり思っちゃうよ。それに、とられちゃったあともずっと好きでいられたらいいのに。わたし、そんなに強くなかったよ。ゆきのこと、もう昔のことになっちゃったし」
「うん……」
「ねえ、今日の格好どう。似合ってる?」
「さっきもいったでしょ」
「もう一回きかせてよ」
「似合ってるって。かわいいよ」
「適当な答えかたしないでよ」
「そんなこというんだったら千佳に見せてきたらいいよ。わたしより言葉を尽くして褒めてくれるでしょ」
「よしのちゃん意地悪だね」
「そうだよ。もう、どうしたらいいかなんてわからないんだよ。まだ困惑してるんだ。花さんと付きあってることにだって、どこから来たのかわからない恋心があって、すごくおっきい感情なのにうまくつかめないんだ」
「だからって八つ当たりしないでよ」
「みんな萌のせいだよ。萌がわたしのこと好きにさせるからこんなに困惑するんだ」
「本当に意地悪だね」
「ごめんって。でも、また好きになるっていったのに守れなくてごめん」
「謝るなら好きになってよ、今すぐ」
 自分を傷つけるように萌に近づいて抱きしめると腕のなかで小さく震える。薄い生地を通して静脈みたいな蔓が這っているのがわかり、指で押すと硬い。髪のなかに指を突っ込んで顔を引き寄せて唇を重ねてからだを引きはがす。袖口からのびた蔓が指から手首へと絡んでくる感覚に背筋が粟立つのを人ごとのように感じていた。
「花ちゃんともこんなことしてるの」
「うん……してる。この先だって、したことある」
「どんな風に」
「花さんの部屋でふたりだけのときとか。でも、まだ二度しかしたことないよ。おわったあと、花さんはふたりっきりになれたらいいのにねっていうんだ。ここじゃ、どこにもいけないって」
「そんなこと訊いてるんじゃないよ」
「……べつに、普通にだよ。普通に、そういうことするだけ。特に変わったこととかないし、ねえ、そんなににらまないでよ。こんなこと訊いてどうするの。だって、わたしもいいたくないし、萌もそうでしょ」
「訊きたくないけど訊きたいの。そういうこと訊いて傷つけられたい気分なんだよ」
「だって、今はもう千佳がいるでしょ」
「千佳じゃだめだよ。よしのちゃんの代わりにしかなれないし、千佳だって花ちゃんの代わりとしかみてないもん。わたしたち、代わりのもの同士なんだよ。だから、本当の恋人同士のこと教えて」
「もう、よしてよ」
 伸びた蔓は腕に絡みからだに絡み、少しずつ身動きがとれなくなってくる。引きちぎろうとしたら簡単だろうけどすることができないでいた。痛覚はないというけれど、また萌を傷つけることが怖くて仕方がない。花さんには萌を好きだったことも全部消してくれと頼んだこともあったけれどだめだといわれてしまった。そうやって罪悪感にとらわれているところが可愛いだとか、その罪悪感をこえて好きになってくれることを待ってるとかってはぐらかされてしまった。それならいっそ、自分から萌にみんな花さんにされたことなんだって告白してしまいたい。そうしたら、萌が許してくれるだろうって、そんな都合のいいことは思っていないけれど少しは罪悪感が和らぐだろうって打算もある。だけどそんなことは許されていない。よしののの苦しみもなにもかも花のものなんだよって笑いながらなかったことにされてしまうんだ。
「やだよ。わたし、いつまでもよしのちゃんが好き。早紀先輩みたいに忘れたりなんてしない。ずっとずっと好きなんだ。千佳と一緒にいても変わらないし満たされない」
「そんなの、それこそ幻想か物語だよ。ずっと好き、なんてあり得ない。いつか忘れる。そんなに続く執着なんてあり得ない」
「いいよ。よしのちゃんがなんていったって、わたしずっと好きだもん。好きでいつづけるもん。ずっと好き、何度だっていい続けるよ」
 そうやって宣言するとにこにこ笑っていてなんだか少し怖いなと思ってしまう。そのずっとはいつまでなんだろう、わたしが卒業して、淡潮にのこるか本島に戻るかは知らないけれどそのあともなのだろうか。それともやっぱり好きは幻想、閉ざされた淡潮の環境だけであるもので卒業と同時に忘れてしまうようなものなのだろうか。
「もう戻ろうか。これじゃ練習できないでしょ」
「まだ戻りたくない」
「そんなこといっても、もう寝る時間だし、ね」
 言い訳のようにいったけれどこれくらいの時間ならまだ起きてる日だってある。まだ眠たくもない。むしろ目がさえていて、ベッドに入っても考え事をしてしまってちっとも眠れないまま時間を無為にしそうな気がする。早くこの場から逃走したい。おかしな感じだけど萌にあわせる顔がないし、なにをいったらいいのかわからない。柵にもたれながら放った言葉がとっくに空気に溶けて無言になったころ彼女は走り出し、プールに飛び込んだ。