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2章9節その4。
シャワーとか花火とか。

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「よしのちゃん震えてるよ」
「萌だって同じじゃん……」
 濡れた服を洗濯かごにいれておおざっぱにからだを拭いた。タオルはまだ太陽の熱が残っているように暖かく感じられそれほど冷え切っていたんだなと気づかされた。
「わたし、洗濯いってくるから先浴びてていいよ」
「えー。一緒にはいろうよ」
「いいってば。立って半畳寝て一畳っていうじゃん。ふたりは無理だよ」
「立錐の余地もないってほどじゃないよ。わたしのせいでよしのちゃんに風邪ひかせちゃうのはやだなー」
「はあ……」
 変なところで強情で、こうなったらきっと何をいってもきかないだろう。仕方ないと嬉しいの間で狭いシャワールームに入ってゆく。薄暗い電気のなかからだがふれあう距離だった。シャワーの湯は熱くて、体育座りをしぶきを浴びている。ぼんやりしたオレンジの天井灯に照らされる鱗と蔓に覆われたすがたは観葉植物かオブジェみたいだなと思った。熱帯じみた葉が水滴をはじいて時々流されてゆく。
「やっぱり狭くない」
「うーん。狭いね。よしのちゃん座ってて寒くないの」
「寒いけどふたりは無理でしょ。元々ひとり用なんだからさ」
「あはは。ごめんね」
 そういってシャワーヘッドを近づけられる。熱いお湯が顔にかかってくすぐったいけど気持ちいい。塩素にきしんだ髪があらわれてゆく。萌のほうも座り向かい合わせになって、気がつけばシャワーヘッドは床に置かれて暴れている。
「つかれたねー」
「誰のせいだよ」
「えへへー。わたしのせい」
 蒸気でいっぱいになった狭い部屋のなかだらしなく背中を壁につけて萌のほうをあまりみないように上を向いていた。
「せっかく服選んでくれたのにだめにしちゃってごめんね」
「んー。洗えば大丈夫だよ。きっと」
 足の指先が触れ慌ててひいた。変な姿勢になっていて、やっぱりふたりではいるのは無理だった。萌の蔓が髪のように床に流れ、排水溝に引きずられてゆく。
「寒いね」
「シャワー浴びなよ」
「えー……」
 素早い動きで抱きつかれた。疲れきっていて抵抗する気もおきずされるがままになってしまう。こうやってずぶずぶ甘えられたらいいのにと思いながら顔は天井に向けたまま、弱い明かりだけど直視していると目が痛いなと思っていた。腕とか、生身のところは暖かいし柔らかいれど鱗の部分は冷たいし硬い祖父はなんで萌のからだをこんな風にしたのだろうと思いながら花さんのことを考えている。彼女のからだは全部生身で、触れた感じは全然違う。抵抗しないのをいいことにべたべたとからだを寄せてきて、気がつけば背中に回り込まれてべったりと抱きしめられていた。シャワーヘッドを拾ってお湯をかけるとあったかーいってくすくす笑っている。こんな風にさわいで隣の部屋に聞こえていないか気になる。鉄筋コンクリートの建物で、普段隣の物音が気になるってことはないけれど、きかれていたら大分恥ずかしい。
「上がったら花火しようか。前できなかったし」
「いいね。楽しみ」
「じゃあ、わたしはもう出るね」
「えー。もうちょっとこうしてたい」
「くすぐったいし恥ずかしいんだけど」
「もうちょっとだけ」
 蔓がゆっくりと胴に絡められる。体温はなく硬くて、葉っぱが脇腹に触れるのがくすぐったくて笑い出しそうだった。
「まえ、恥ずかしいっていってたけどいいの」
「よしのちゃんにならいいよ」
「それ、千佳にもいってるの」
「わたしたちは清純だからよしのたちみたいなことしないもん」
「別に、不純ではないでしょ」
「それに、するならよしのちゃんがいいな」
「やめてよ。恥ずかしい」
「今日楽しかったー。最近全然かまってくれないんだもん。本当に嫌われてるんじゃないかずっと不安だったんだよ」
「うん……ごめんね」
「また髪梳かしてあげよっか」
「まだ、そんな気にはなれないよ。また今度ね」
「へへ。待ってるね」
 また、なんてくるのか。無責任な、何の根拠もないのに萌は笑ってぎゅうと腕に力がこめられる。花さんは眠っているのだろう。起きていたら介入してくるはずだ。なら、今日は萌と一緒にいられる。でも明日はきっと違う。いつまでも未練を抱かないようにしないといけない。けれど、また好きになるって頭のなかでつぶやいている。いつかきっと、忘れてしまわなければ萌を好きになれる日がくるはずだ。もう空っぽの気持ちはなくなってしまって開いたところには花さんと萌のことがぐちゃぐちゃに詰まっているけれど、いつかきっと。
「うん。もう上がるよ。花火の準備してるから、萌は温まってていいよ」
「んー。一緒に上がるー」
 お湯をとめて立ち上がる。少し立ちくらみがして萌の脚をまたいだままからだを拭いたけれどこの格好は結構恥ずかしいし間抜けだ。彼女がからだを拭いているあいだ着替えをしてクローゼットから花火の袋を取り出す。ふたりでやるには多くて、たくさん残ってしまうだろう。バケツに水をくむと彼女のほうももう着替えおわっていた。
「どこでやるの」
「ベランダでいいんじゃない。また屋上いくの面倒だし」
「そうだね」
 網戸を開けて框にならんで座る。蚊取り線香とろうそくに火をつけるけれどろうそくのほうは風にすぐ吹き消されてしまう。花火の袋で風防をつくり、燃え移らないか不安だけどきっと大丈夫だろう。
「たくさんあるね」
「まあ、ふたりでやるには多すぎるかもね」
「じゃあ、また今度やろうよ」
「うん」
 萌は花火を握ってどうしたらいいのという風に見てくる。適当なのを一本選んで先を火になめさせると勢いよく火花が噴出する。火薬の燃える音が遠い蝉の音に混じってベランダにあふれる。光がわたしたちの顔を照らして、萌のほうをみるとじっと見入るように黒い大きな目が穂先に向けられていた。緑色だった光は黄色からオレンジへたくさんの流星がこぼれるように変わっていった。燃え尽きてバケツに入れるとじゅっと小さな音がしてベランダは元の暗闇になる。一言もしゃべらずじっとしていた萌は我に返ったようにまたこっちをみていた。
「やってみたら」
「ねえっ、どれがきれいかな」
「どうだろ。これとかわたしは好きだけど」
 灰色の細い花火を取り出して渡す。地味っぽい見た目で、火花もオレンジの一色で地味だけどわたしは好きだった。
「どうやってやるの」
「先っぽに火をつけるんだ」
「ちょっと怖い……」
「だいじょぶだって。安全なようにつくられてるんだし」
「うん……」
 おずおずとろうそくに花火を近づけて先をあぶると火花がでて明るくなる。たいした音量ではないけれど萌はびっくりしたように腕をびくつかせて腰が引けたように握っている。
「ねえ、手まで燃えちゃわないかな」
「灰色のがついてる根元までしか燃えないよ」
「そっか……なんか地味だね」
「でも私はそれが一番好きだよ」
「うん。きれい……」
 オレンジの火花は燃えるに従って形を変えていく。ゆっくりと控えめな火花を出していたものが中頃に達すると勢いよく燃え、最後には消えてしまう。
「おわったら火事にならないようにバケツに入れるんだよ」
「うん。ほかにどんなのがあるの」
「うーん。いろいろ買ってきたけどベランダでできるのはそんなにないかな」
 袋をあさりながらいくつか見せてくる。「これは」太い紙製のもので何発も曳光弾のように火の玉がでてくるものだった。「それはここでやると危ないかな」「こっちは」「ロケット花火っていってひとに向けて打つやつ」「へえー……危なさそう……」「このちっちゃいのは」「へび花火と煙玉だね。へびのほうはできるけど昼間やるやつだし、煙玉は部屋に煙が入っちゃうよ」「ふうん……これは」「打ち上げ花火とドラゴンだね。前いってた大きい花火のちっちゃいやつと、火花がたくさんうえに出るやつ。どっちもここじゃできないかな。音も大きいし」「じゃあまた今度だねー」「まあ、線香花火とかあるし」「あー。それはきいたことあるかも。地味だけど好きな人が多くて、最後にやるんでしょ。それで、しみじみした気分になる」「よく知ってるね……」その知識はきっとネットで読んだものでやったことはない。隔絶された淡潮島からでたことがなくて、元いたところと常識のちがう場所で知っていると思うことを知らず、わたしの知らないことを教えてくれる。独自の文化があって、わたしはその中に組み込まれてしまったのだろうか。それとも、まだその途中だろうか。
「まあ、今日は手持ちのやつをやろうか」
「そうだねー。またできるんだし」
 あまり目立たないように交代で火をつけてゆく。向かいの棟のひとにみられないか心配だったけれどベランダに出てくる人はいなかった。単に暗くて見落としていただけなのかもしれないけれど。彼女にもたくさんのことを教えてもらったけれど、こうやって萌の知らないものを見せてあげられる、アイスをあげたときおいしいっていってくれたときのこと、花火にこんなにも驚いてくれることが嬉しかった。狭い戸口にならんで座りじっとしているとだんだん眠たくなってくる。萌のほうも同じで、気がつけば握った花火は燃え尽きて、頭が肩に乗せられていた。