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2章9節その5。
花火とか花とか。

一番最初
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「寝ちゃうの」
「んぅー。まだ起きてる……」
「寝そうじゃん」
 萌の手から花火をとってバケツに入れる。袋に入った花火はまだたくさんあって、こんなペースじゃ夏の終わりまでかかってしまうだろう。かさばる打ち上げ花火を今度は見せてあげたい。きっと、たくさん驚いて目を輝かせてくれる、いつ来るかわからないときを期待して楽しいような気分に浸っている。
「寝てないよぉ……へへ、よしのちゃん」
「なに」
「好き、よしのちゃんが好き……」
「うん……」
 わたしも、って返しても許してくれるだろうか。わたしも、萌のことが好き、かもしれない。くらいだったらいいだろうか。なくしていた気持ちがゆっくりと回想され、ただの出来事だった記憶に色がついてゆく。萌のことが好きだった。一緒にいるのが嬉しかった。何でもない話を眠る直前まで二段ベッドの上と下でや、食堂の卓で向きあってしていたこと、生活の記憶のささいな隙間に感じていたことがあふれてくる。花さんのことを好きにな少しまえ、髪をとかしてくれていたときそれがおわるのを惜しん結ってといったことが愛おしさとともに戻ってくる。戻ってくるというよりも、再び意味を与えられていく。
「よしのちゃんは……?」
「うん……わたしも……」
「わたしも……」
「好き、だよ」
 不安に震えながら言葉を吐き出した。静かな夜で物音はしない。花さんの声も聞こえてこない。今、わたしは自由だ。明日になったら消されてしまうかもしれないけれど、萌のことを好きでいられた。
「えへへ……よかったぁ」
「うん。ごめんね。ようやくまた好きになれそうだよ」
「へへ……ねえ、どうして好きじゃなくなっちゃったっていったの。わたしのせい?」
 いまなら本当のことをいえる。本当のことをいったら、許してくれるだろうか。きっと、大丈夫だ。明日になったら露呈してしまうかもしれない。だけど、それでもわたしはまた萌のことを好きになれるって確信できるから、不安なんてない。わたしは、何度でも萌のことを好きになれる。
「うん。話せば長くなるんだけどね、花さんはテレパスなんだ。淡潮で一番強いテレパスで、人の頭のなかを覗いて書き換えることのできる、花さんはどうしてか知らないけどわたしのことが好きで、わたしは萌のことが好きで……えっと、それで花さんは自分のほうを向くようにわたしの好きを消したんだ。萌のことが好きだったこと全部。記憶がただの記憶になって、好きにまつわることが全部消えちゃうようにされちゃったんだ。それで、わたしどうしていいのかわからなくなっちゃってね、萌のことぜんぶなくしちゃって花さんのことが好きになって、うーん。うまくいえないな。変な感じだったんだ。記憶を塗り替えられてね、花さんのことが好きになって。本当にごめんね。でも、今はだんだん萌のことが好きって思い出せてきた。思い出せたというか、また好きになれたんだ。大丈夫だよ。約束、守れそう」
「えっと、花ちゃんがみんなそうしたの……」
「うん。そうなんだ。だけど、これは忘れちゃってね。明日になったら、花さんが起きたら、このこといったことばれたらまた消されちゃうから」
「やだ……。また、わたしのこと好きじゃなくなっちゃうんでしょ……」
「ううん。また好きになるよ。今度は約束守れるから。また、花火もしよう。今度は大きいのもさ」
「うん……たのしみ……」
 そういうと眠ってしまったみたいだ。頭を肩にあずけて寝息を立てている。寝ぼけていたんだから、きっと朝になったら覚えていないだろう。床に寝かせて花火の後片付けをする。小さいバケツのうえに何本も花火の残骸がささり、水は黒くよどんでいる。シャワーの排水溝に捨てたら詰まってしまうだろうかと考えていると隣のベランダから物音がして起こしてしまっただろうか、それとも早起きなのだろうかと考えた。
「えぇー。よしののひどいなあぁ……花、信じてたのに。よしののはそんなこといわないって」
 振り返るとベランダの柵に花さんが立っていた。よいしょ、と小さなかけ声でベランダにおりる。物音に目を覚ましたみたいに萌がゆっくりと目をこすっている。
「いっちゃだめっていったのにー……これはもう自業自得だよねぇ、花のいうこときかないんだもん」
「花さん……寝てたんじゃないの」
 ふわりと内蔵の浮いたような感じがして立ちすくんだ。ベランダに裸足で立つ花さんの髪の色と同じパジャマが風に揺れている。萌をまたぎ、手をのばしてゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。前と同じ冷えた表情でじっとみられている。寒気がして、その場にへたり込む。その後ろで萌はからだを起こして、こっちをみていた。
「寝てないよぉ……よしののが起きてるあいだはずっと起きてるもん。花、よしのののこと好きだから、何考えているかずっとみてるよ。でも、こんな時間まで起きてると花は眠たくなっちゃうよ……花、何度も寝そうになっちゃったよぉ。でも、おきててよかったぁ」
「やめて……もう、萌のことを好きでいさせてよ」
「へへぇ。そうやっておびえる顔可愛いねぇ。花、そういう顔大好きだよ。でも、好きでもだめなことはあるんだぁ……花の秘密は秘密。みんなには知られちゃだめなの……ごめんねぇ?」
 しゃがみこみ、顔が目の前にあらわれる。逆光のなかかすかに笑っている。桜色の髪は月光に白く透きとおり、光をはじいている。
「どうしよっかなぁ……もう、二度とめぐみんのこと好きになれないようにするのがいいかなぁ、それとも、意識とばしちゃおっかなぁ……ねえ、どっちがいいと思う?」
「どっちもやだよ……好きにさせてちょうだい。わたし、花さんより萌のことが好きなんだよ……」
「ひどぉい。それじゃあ花の好きはどうしたらいいの? せっかく、世界でたったひとつの恋なのに……つぶしちゃだめだよ、っていったのにぃ」
 冷たい手が頬に触れ抱き寄せられる。顔が近づきキスをして、冷えた唇だな、ああ、こんなこと何度もしたな。でも、萌のまえでこんなことしたくないよ。こんなとこみられたくない、萌のまえだけは嫌なのにって思うのにもうどうにもならない、これで終わりなんだって何もできないでいた。さっきまでまた思いが消されても好きになれるって思っていたのに今は絶望感しかなくて、恐怖しかない。頼むから、萌のまえでだけはこんなことしたくない。やめてくれって思うしか、わたしにできることはない。
「めぐみんのこと好きなんだねぇ……これじゃ、花のほう向いてくれないかなぁ……じゃあ、こんどは全部消しちゃうね。これでよしののは花のいうとおり、自分から好きになって欲しかったんだけどなあ……でも、花といるときもめぐみんのことばっかり考えてるもんね。仕方ないもんねぇ……」
 抱きしめられる力は強くなり、ああ、これでもう全部終わりなんだ。嫌だな、何もできないまま終わりなんて、今度こそ萌のことちゃんと好きになれるのにって思いながら目を閉じた。
「だ……だめっ。花ちゃんだめー!」
「もぉ。うるさいなあぁ……せっかくいいところだったのにぃ。うーん、よしののはどうしよっかな。めぐみんがよしのののこと好きなんてそんなくだらない気持ちは消しちゃうのがいいかな。人の気持ちなんて消えちゃうもの。早紀先輩だってそうだったもんねぇ……ゆきがいなくなっちゃったら消えちゃうような気持ち。そうしてめぐみんは余り物の恋にありつけましたぁ……、ってね。えへへ。気持ちなんてみんな変わっていっちゃうもん。変わらないって思ったって変わっていくもんねぇ。変わっていく気持ちをつなぎ止めていくなら何度も形の少し違う気持ちを作り直すしかないしぃ、そのうちにその形も変わっていっちゃって、どうしてこんなことにって思うんだよねぇ……きっと、めぐみんもそうだよ。花みたいに自分の気持ちをちゃんととらえてもっておけないんだもん。だったらぁ、消しちゃうのが一番! 花は優しいからぁ、めぐみんの好きはちゃんととっといてあげるよぉ……好きな気持ちを好きなまま固定してあげる。だけど、よしののの気持ちはあげない。花のこと好きになるもんね。ねっよしののぉ?」
 花さんの目が萌を射すくめると意識がなくなったようにその場に倒れた。
「へへ。次はよしののの番だよぉ。これで、よしののはみんな花のもの。嬉しいなぁ……」