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3章1節その1。
あやなの話。

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3章

1

 季節はすぎ夏休みも後半学芸会の日がくる。あたしの台本はもっと強い反発を(中野から)招くと思っていたけれど従順に演じる気になってくれてたように映るのは思い上がりだろうか。テレパスの能力は幼い頃からあり使いこなすことも覚えたけれどずっと前から使わないことにしている。だから、あたしは人のこころがわからない。今では代理応答くらいにしか使っていないテレパスの応用をひとりだけ突き破ってのぞきこもうとしているひとがいるのは知っているけれどヘッダ情報がある訳ではないので誰なのかはしらない。だけど度をこした能力の乱用は思い上がりと自滅を招く、そのうち勝手に滅んでくれるだろう。肉体的に立ち向かってくる人らよりよっぽどましだ。
 九月の後半、真夜中の屋上は風が強く、だけどまだ蝉も鳴いていて蒸し暑い。柵に指を引っかけて座り込む、すうっと血の気がひくような気がして少し楽しい。先月、中野とよしのが階段をのぼっているのにすれ違った。わたしは副寮長として見回りをしていてふたりは練習をするといっていた。中野のほうは普段着ないような袖の短い服を着ていてあたしをみるとよしののかげに隠れる、姿をみてあたしの隣には誰もいない、これは自分で選んだことでわかっている、だけれど、ひとりで自覚すると同時に深い悲しみに襲われた。一体あたしは何をしたかったのかと思うときもある。早紀がいなくなってから、ずっと、ひとりの怪物になった。そうなるまえからわかっていた。あたしが早紀に選ばれたのはあたしだからだ、あたしは、あたしだけの怪物の自負がある。それでも、人と居たいときだってある、中野にはああいったけれどそこまで振り切れている訳ではない。閉ざされたなか、脳のなかでも個室のなかでも、にいるあたしはただひとり、誰にも知られることはない。それを選んだのだ、わかっている、わかっているんだ。こんなに感傷的な気分になるのは明日の学芸会をまえにしているからだろうか、あまりに優等生的な生理に嫌気がさすけれど、これが自分だ。淡潮に移されてからひとりで生きてきた、学年首席になれば個室をもらえると知り、勝ち取った。以来早紀に見初められるまでをひとりの部屋に閉じこもり、自分の内側だけを見続けてきた。過程にテレパスの使いかたも覚え淡島全体の人格を把握できるようになったけれど、それでも大切なのは自分だけ、自分が今何を考えているか、何をしたがっているかを衒うことなく知ることだけを目的にし、瞑想的にすごしてきたはずなのに、先代の怪物は地下組織的な同好会をつくり引き入れられた。いつの間にか大きくなった組織を鈴木百花が壊滅させ、残党と仲のいい数人を集めて演劇部ができた。怪物の役割をあたしに託し、彼女は卒業、晴れてまたひとり部屋に戻る。そう、あたしは早紀にあこがれ、好いていた。頼みこんで一緒の部屋になり、寝所をともにした。だけど、もう、居ない。一週間もすぎれば彼女とすごした日々は夢のように霧散し、古い生活に戻っていった。
 だから何だ、こんな感傷なんて早いところ捨ててしまえば。最後に、意思がなくなったとはいえ、ゆきの最期を看取った中野のことを妬んでもいるのだろうか。知っている、こころの奥底まで見通してきたんだ、早紀のことを知ることもないまま永遠に道の分かたれたあたしは、仮初めのこころでも手に入れることができた中野に嫉妬しているんだ。いやらしい、醜い考えだ。菜摘ちゃんによしのの写真を見せられたとき中野と一緒の部屋にいれたらいいといったのはあたしだし、台本を書いたのもあたしだ。中野を苦しめたい、そして、可能ならちっぽけな結城あやなと花ちゃんを越して、はじめのテレパスをもっていない怪物になって欲しいと思っている。なんて都合のいい。ただの非力な、コンプレックスにまみれた中野を怪物にしてあたしは何者でもないものになってしまいたい、敗北を欲している。
 今日は頭のなかが落ち着かない。思考を捉えることが上手にできない。嘘のことばかり考えてしまっていて、本当は中野にも負けたくない。淡潮どころか地球上で最強の怪物になり余すところなく地上のすべてを掌握したいと思っていた、怪物になったときの初心を忘れてしまっている。腑抜けていて、これでは本当に負けてしまうだろう。後ろからおそってくるものをよけることなんてできない。でも、これでいいのかもしれない。もう、疲れてしまっている。誰かのつくったものでない、あたしだけの怪物の物語をつくりそれを生きたいと思っていたはずだったのに弱気だ。今まで軽蔑し続けたものたちがうごめき、隙を狙っている、ような気がする。中野や千尋ではないけれど誰か好きになれそうな奴でも見つけてありふれた物語に身をやつしてしまいたい。学芸会がおわったら、学芸会のおわり、役を演じることのなくなったものたちのその後に道は敷かれていない、自分の生を生きていくしかない、索漠とした荒野を往く生物の一個になるしかないのに、俗な物語に落ちて愛着とともに自分の生を愛したいと希んでしまう。
 学芸会のおわり、演じるもののなくなった先を知りたかったはずなのに、ここらで終わりだろうか。終わって欲しい、感動的な結末はないけれど、唐突に流れ始めるエンドロールのスーパーが視界に被さり、否応なく怪物の生を終わらせてゆく。そんなところを想像するけれど、いつまでたってもそれは流れない。あたしの前には昨日と同じ淡潮の景色があり早紀のいなくなったあとの演劇部があり、練習をして、夏休みが終われば学校が毎日あり、同じスケジュールで生活する。特別のない、エンドロールが流れるにはふさわしくない生が続いてゆく。もし明日、日々のなかにない、特別な学芸会が苦渋の毎日を終わらせるイベントになってくれたら、この物語は終わり、あたしは怪物の自分の編んだ物語を棄てて生きていける。使い古しの物語や幻想を手にできる。早紀はいなくても好きになれる奴はいくらでもいるんだから、きっと楽しく生きていける。なんて幸せなのだろう。幸せすぎて幻想だって疑ってしまうだろう。幻想だからうまく信じられないかもしれない。
 いいや、そんな、自分が自分だけの生を生き、自らの物語を織ることができるなんて思い上がりだ、いつかひどい目を見るっていい聞かせたくなるけれど、それこそが本当の敗北だ。負けたことにも気づかず、へらへらと楽しい毎日を生きるのは幸福かもしれないけれど、そんなものは欲しくない。
 明日に学芸会を控えているのに、今だこころは定まらず、どうしていいのか、何を問題としているのかわからないままでいる。
 エンドロールが流れたあと、ENDの三字が感動的に物語を終わらせてもまだ生きていかないといけないのかもしれない。でも、カチンコが叩かれてカメラがとめられたら、そのときこそが学芸会のおわり、きっと、感動的な誰かの死があってでも、カメラがとまってしまえば死んだ誰かは起きだして笑っている。そんなのがいい。役を演じ終わった彼女が安心して、その後をすごせるような……、