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3章1節その2。
あやなの話2。

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「あやなんどうかしたのぉ」
 突然声をかけられて振り向くと、制服姿の花ちゃんがいた。
「花ちゃんこそどうしたのよ。もう、消灯はとっくにすぎてるよ」
「あやなんこそ、だよぉ。明日がついに本番なんだなあって思ったら眠れなくってぇ、えへへ、花いつも緊張なんてしないのになあ……」
「あたしも同じだよ。初めて台本なんて書いてちゃんと劇になってるかまだ不安なんだ」
 花ちゃんの隣にはよしのがいて、手はつながれている。ああ、そういえばこいつらも付きあっているんだっけと思い出す。中野もよしのを好きそうなそぶりを、自分が仕掛けたこととはいえ、していたし悲しんでいないだろうかと思うけれど、それこそどうでもいいことだ。誰が誰を好きになろうとどうでもいい。あたしはあたしのことだけをみているんだった。
「へへぇ……あやなんは怪物なのにそんなこと思うんだぁ……」
「花ちゃん、あたしのことなんて知ってるでしょ」
「花はそんなに人のことに興味ないもん。それに、そんなにテレパス的なことってできないしぃ」
「そっか」
 飛び込み台に座ったよしのの膝のうえに花ちゃんは座っていて仲がいいんだなと思う。よしののほうはあたしがいることになんて気づいていないみたいに頭を撫で、花ちゃんはそれを嬉しそうに笑っている。立ち上がって柵に背中をあずけてその光景を眺めて、こういうことがしたいのだろうか、こういう風に、甘えたり甘えさせたりできるような生活をしていたら辛いことなんて何もなくなってしまうのではないかって想像する。それを考えるのは明日、学芸会が終わってからだ、まだ現役の怪物で怪物の物語を生き続けないといけない。
「あたしはもう戻るよ。あまり眠れないでいると余計不安だからね。おやすみ」
「おやすみなさぁい」「おやすみなさい。あやなさん」

 そうして学芸会の当日がくる。会場は体育館でまだ人を入れる時間ではないのでがらんとしている。大道具が完成したとき一度設置してみて具合をみたけれど問題はなかったのに、まだ不安なのだ。体育館には音楽部やメカトロニクス部の連中がいて彼女らも不安と期待の混じった目で準備をすすめている。
「七森は何をやるの」
「私たちはテレパスの応用技術かな。意思通りに動くデバイスの開発とかをちょっと発表するだけだよ。結城は演劇でしょ」
「ああ、そうだね。一応演劇部だから」
「一応ってなんか変なだね」
「まあ、真剣にやってるよ」
 同じクラスだからか舞台袖にはいってゆくと七森が声をかけてきた。彼女の隣にはいつも一緒にいる絵美がいて、袖をつかんで後ろに隠れている。彼女らは普段授業にも出ず、寄宿舎にも戻ってこないで研究所にこもっているからこうやって会話をすることはまれだ。やっぱり、浮き足立っているのだろう。
「テレパスで動かせるデバイスってどんなの」
「んー普通の脳波を検出して操作できるようなのとだいたい同じかな。ただし完全に無線で動かせるから便利だよ。使える人はやっぱり限られちゃうけど。ん、どうした絵美」
「……ひとのいないとこ、いこ」
「そうだね……ごめんな結城、ちょっと研究所のほうに戻るよ」
「ああ。またな」
 メカトロニクス部のふたりが消えたあとも舞台にはたくさんの人がいて、一番多いのはやっぱり音楽部だ。岸田たちの四人組のところには中等部の奴らが集まっていて双子もいる。伊藤に呼ばれて舞台に戻ると大道具のほうは前と同じ、きちんとそろえられていた。中野と花ちゃん、よしのも固まっていてなにやら話をしている。向こうの袖には千佳がいて、園芸部も何か発表をするのだろうかと思ったら中野が駆けより、ただの付き添いみたいだった。不安だよーとかって会話をしている。それぞれが本番をまえにして思うところがあるようだ。仲のいい人らと一緒に、不安を癒やそうとしているのだろう。首からベースをさげ、シールドをつなげようとしている中里をみて、大道具を袖にかたすよう指示する。なんだかぼんやりしてしまってよくない。みればよしのも花ちゃんと話しているけれどぼんやりしている。自由参加の行事でたぶん見る人は少ないけれど緊張するものはするし不安だった。不安なときは不安を見つめて何でもないことだといい聞かせる。心情となるべく客観的に状況を描写しその間を埋めていく。そうすれば落ち着いていられる。言葉は不安も苦しみも喜びもなくただ乾燥しているだけだ。
 木製の鉄柵を抱えて袖の椅子に腰をおろしてバスケットコートが二面並ぶ板張りの体育館を眺める。運動部の練習のすがたは見えないけれど、階下の剣道場から叫び声が聞こえてくる。大山明穂と佐伯希の部で顧問はシィギがやっている。ふたりともからだは人ではなくて、陸上部の柳原と新保と同じくどうして常人のものではない身体能力があるのにどうして運動部にいるのかわからない。好きなのだろうか、と想像を巡らせるけれど人のことがわからないあたしに本当のことは知りようがない。いいように使われせっせと大道具を運ぶ伊藤の姿を見ていたら結城先輩も手伝ってくださいといわれた。なんだかどっと疲れたというか、一時的な不安によるものなのだけど、早紀やゆきさんのことをいいように使い中野をたきつけたあたしはどうしようもない悪人だと思い始めてぐったりとしていた。頬を叩くまでもなくいまはしっかりしないといけないときだ、衣装を着せて、照明とBGMのテストはしたけれどもう一度やりたいしやるべきことはまだたくさんある。それなのに疲れきっていて、これではいけない。伊藤に照明類のテストはさせ、遊んでいる双子には音響の確認をさせる。中野たちを集めて狭い放送室で着替える。花ちゃんに着替えさせられるよしのを中野がみている。やっぱり悶着があったのだろうなと想像するけれど立ち入るべきところではないだろう。いつものことだけど大道具の確認のときも群れるひとたちのなかにはいらず、着替えるときだってひとり、そのことを寂しく思うあたしの学芸会ののちの姿はどうなっているのか、つぶれてしまいそうで、もう、怪物なんて辞めるといい中野か花に役目を託すのかもしれない。自分を斜め上から見下ろしているような感覚で現実感はないけれどこれでいい、あたしはあたしの初めての他人なのだから感情移入をするのは必要になったときだけだと唱えて寂しさを言葉で屈服させてゆく。寂しいという言葉に寂しさの感覚は一片も含まれていないんだ。
 衣装は制服だから部屋でしているのと同じようにすぐ終わってしまう。三人組ときゃいきゃい騒ぎながら音量か何かのつまみをいじる双子をドアに背中をあずけて眺め、飽きたら部屋を出て行く。体育館の外階段に人はいなくて誰に見つかることもない。よしのにメールを飛ばして呼び出す。最初は、中野によしのをけしかけて三角関係でも演じてみるつもりだった。その頃は忘れかけていたとはいえ早紀とゆきさんがいなくなったことで開いた空間に詰めるものがなくて、そうするのもいいかもしれない、ありふれた恋愛を演じてみる、自分以外のつくった物語に身をやつすのもいいかもしれないと思うような弱気な時期だった。大体三ヶ月周期でそういった弱気がやってきて振り回される。そのたびあたしの意思はあたしの意識できるあたしだけのものでないと思わされ屈辱的な気分にさせられる。シィギのところからくすねた煙草をポケットから取り出し火をつける。彼も知っているだろうけれど一度にあまりたくさんをとっていくのは気が引けるから時々しか吸えない。だからあまり習慣にはなっていないけれどお守り的に持ち歩いている。半閉鎖された淡潮の外の文化を感じられるような、ほとんど学生だけの土地から意識を外に飛ばせるような気がするのは女々しい仮託だけれどそれでもいい、まやかしの効果でも気を落ち着けて理性を呼び起こさせられるのならそれでいいってそれこそが嘘なのに目をつむって吸いこんだ。指示したとおりひとりできて、隣に腰をおろす。