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3章1節その3。
あやなの話3。

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「あやなさん、煙草吸うんですね」
「ああ。たまにはね、そういう気分のときだってあるよ」
「不良ですね」
「不良でも何でもかまうものか。総代だとしてもなんだとしてもあたしはただの人間なんだよ。改造の有無とかじゃなくて、そんなのはただの建て増しのモジュールにすぎない。脳幹のうえにつくられた小脳みたいなもので、どこまでいってもただの人間だよ」
「そうですか」
「そうだよ。あたしはおまえたちが思っているほど怪物的じゃないし、もっと俗なただの人間だよ。もっとも、鏡で見てわかるからだのほうが改造されていたらわからないけどね。中野のように自分は人でないって放言していたかもしれない。生きることは一回しかできないからそんなのはただの想像だけど、目に見えるものだったら欲しい特殊性を仮託しやすいだろう。いや、違うかな。あたしはテレパスなんてもってるけどほとんど使っていないし、そのせいかもしれないね。でも案外、あたしのほうが普通に固執しているのかもしれない」
「そうなんですか。分析的ですね」
「性分だよ。考えきったって、考えを最奥まで追い詰めたってわかりっこない、時々閃光みたいな思考が走って、そのときだけは嘘偽りない自分のこころを見通せているって思えるときもあるけれどそんなのは希だ。なんか、悩み相談みたいだな。いや、そのために呼び出したんだけど。年下なのに頼って悪いね。おまえも本番前で緊張しているだろうに」
「いえ。大丈夫です。わたしは落ち着いています」
「自分で自分のことを落ち着いているっていう奴ほど落ち着いていないものだよ。落ち着いていないから落ち着いているって声に出して認識と感覚の齟齬を埋めようとするんだ」
「はあ。そういうものでしょうか」
 よしのを呼び出したのは罪悪感からだろうか。中野と付きあわせてそれを横取りする妄想をしていたはずなのにどうでもよくなってしまい放置した、その上花と付きあうことになった彼女の運命のようなものをあたしの物語に組み込みきれなかったことを後悔しているのではないか。それとも、自分だけの物語なんてものにしがみつこうとしている自分を罰したがっているのか、中野でも花でもなく、それこそ純粋な人間である彼女に普通でありたい気持ちを仮託したがり、認めてほしがっているのではないだろうか。空転する思考を追っていっても何もないことはわかっているけれど、そうしていれば気づけることがあるって期待してしまっている。
「中野とはどうだ。仲良くやっているか」
「ええ……萌のことはわからないままですが。一緒に暮らしています」
「そうか……よしのもなんかぼんやりしているね。最近、どうしたんだ。こころここにあらずというか、ひっそりとしていて、本当にゆきみたいな感じになっているよ。いや、役をきちんと演じるための準備ができているのはいいことだけど」
「どうでしょう。最近以前のことはもう、覚えていないです」
 校庭には陸上部の姿もなく誰もいない、森の切れ間に見える花畑がしおれているのは樫野があまり手入れをしなくなったからだろう。すべて、あたしのしたことだろうか。組み込もうとした物語の因子をほったらかしにしたからよしのと花が付きあい、中野と樫野が付きあうようになったのだろうか。重く考えすぎだろうか、よしのが自分で選んだってこともあるだろうし、でもわかるはずもない。わかるはずもないといってそれ以上考えることをやめるのはテレパスの使用を封じているのは、無力さに目を向けないための言い訳ではないだろうか。もみ消した煙草を階段の隙間に放ってなかったことにする。
「本当に、来たときとは大違いだね。もっと生気のある感じだったのに、今ではすっかり、何だろう、意識がないみたいだ。ゆきみたいにね」
「わたし、変なんでしょうか」
「さあね。気になるなら病院に行けばいいし、それが嫌ならあたしの素人カウンセリングでも受けてみる? 一応、よしのが気づけないようなことまで言い当てられるよ」
 何の代償行為だと叱りつける。このままテレパスを使い続けなければ普通の人間になれると思っていたはずなのにこの様だ。同情だろうか。一体何のために自分を保ってきたのかわからなくなるだろう。あたしはあたしのためだけに能力を使うはずだったのに。それとも、言い訳をやめてもたれてしまいたいのだろうか、疲れきり、これ以上は指先も動かせないという訳でもないのに甘えたがっているのだろうか。三ヶ月に一度くる寂しさの波に負けようとしているのだろうか。甘い敗北を欲する弱さごと愛した気分にでもなって、揚々と過去に保ってきたものをがらくたに変えてしまうのだろうか。
「いいですね。それ。わたし、どうかしちゃったんでしょうね。もう、昔のことが何もかも遠いんです」
「どっちが、いいの」
「あやなさんに、わたしの考えてること教えて欲しいんです。わたし、何も考えられなくなっちゃって、今も何も思ってないはずなのに言葉が口をつくんです。空っぽの奥底で叫ぶものが身を食い破ろうとしているような気がするんです。おかしいですね。頭、痛いです……」
「そうか。じゃあ、看てやるよ。何もなかったとしても、それとも、奥底にいる怪物の姿をみとめたとしても教えてあげるよ。そうすれば、気が楽になるんだろう」
「ええ、助かります。このままじゃどうかしてしまったかもしれないですしね。助かります」
 長年通電されずさび付いた回路をよみがえらせるようにテレパスを解放させてゆく。ひとつの情報の塊になった彼女の表面を眺めるとつるりとしていてとらえどころがない。手を伸ばして丸い人格へ入りこもうとするとノイズが走り拒まれた。
「よしの、本当は自分のことみられたくないの」
「いえ、そんなことは」
「あーっ、よしののったらこんなところにいたー! もう、どこに行ったのか探してたんだよぉ」
 開いた扉を背中で押さえる花がいた。一年中吹く風に制服も髪も揺らしながらこちらへ歩いてくる。
「いま、大事なところなんだ」
「んー大事ってぇ?」
「よしののこと看てたんだ。何を考えてるのか知りたがっていたから」
「そんなの花がしてあげるのに……。ねっ、よしのの、花じゃだめかな」
「…………」
「そっか、じゃあ花が看てあげるね」
「そんな強引に」
「もー! だって花いやなの! だってだって、よしののとは花が付きあってるんだよぉ? それなのに、花と一緒のはずなのに、あやなんにとられちゃうみたいでやだ!」
「わかったよ……」
 手を引かれ連れて行かれる背中は自失しているようで、体側にたれるつながれていないほうの手がむなしかった。あたしは彼女を救ってみたかったのだろうか。インスタントに彼女の奥底で叫ぶ怪物を引きずり出して、その姿を見たかったのか、そのことに感謝されたかったのか。もっとやさしく、忘れていたものを回想させ、復古させたかったのだろうか。甘いな、と思いながらも去って行く後ろ姿のうちを見通そうとしてもさっきと同じに阻まれた。違和感があって、もしかして代理人格かジャミングでも使っているのだろうかと思った。全くの人間だからそれはないはずなのに気になり、厚いノイズの層を破ろうとしてもうまくいかない。つよく拒絶されているか、代理人格か、どちらにしても淡潮で最もつよいはずのテレパスは通じなかった。本格的に怪しいような気がして探りを入れるけれどうまくいかない。あたしの代理人格を破ってのぞきこんでいる誰かの仕業だろう。けれど未だに誰だかは知らない。怪物としての座もゆらいでいるのかもしれなくて、また、まえみたいに学園全体を把握しなくてはいけないのだろうか。それは嫌だな、あたしはひとり、普通の人間になるはずだったのに。苛立ちにあたらしい煙草に火をつけた。