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3章2節その2。
問答とか。

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 いた。ちゃんとみてる。よかった。
「そっか、でも、いいんだよ。ゆきだって、知ってるもんそんなこと。ゆき、知ってるよ。みんなみんな変わっていっちゃうんでしょ。大丈夫だよ。うん。ゆきはだいじょうぶ。だってもうすぐ何も考えられなくなっちゃうから、そうしたら、ゆきの意識はみんなの言葉に閉じ込められて、自分じゃ考えられなくなっちゃうんだもん。ゆきのことわすれたって、ゆきはわからないから、だいじょぶだよ……。最後まで、忘れるなんていわないで。ゆきを安心させてよ……」
「ああ……もういわないよ。ゆきはずっとわたしの恋人、生涯忘れることのないただひとりの子だよ。死んでしまうまで決して忘れない。ずっと、ずっと、ゆきの意識がなくなっても語りかけるよ。ゆきが臨む淵に手を伸ばして、絶対引っ張り出してやる。わたしの前にもう一度、生きたゆきを連れ戻すんだ。そうしたら、幸せに生きよう。誰もいない、ここよりもずっと誰もいないところにいって、ふたりっきりですごすんだ。そうしたら、安心だよ」
「ゆき、うれしいな。そんな風に思ってくれるなんて……ありがとう、おままごとだって知ってるよ。ゆきはどこにもいけないもん。ゆきたちは淡潮の外では生きられない、ここだけでしか生きられないもんね。ゆきからいい出したのにごめんね。すごくうれしかったよ。もうこれで怖いことなんてない、いつ、消えちゃってもかまわないもん。ずっと、早紀はゆきのことをみていてくれる。でも、あーあ。これで終わりなんてね、怖くなくても寂しいし、空ろの中心に落ちていって、そのままひとりっきり、ひとりって意識することもないんだけど、そうなっちゃうのはやだな。やっと、早紀と一緒になれたのにね。ゆきね、早紀のことずっと好きだったよ。もっと、一緒にいたかった……」
「ゆきも、いっしょに、いたかった。ゆき、消えちゃうの怖いよ。本当は。つよがりだよ、こんなの。ゆき、まだ生きてるからわかるよ。ゆきのこころしってるよ。ゆきの言葉で頭のなかいっぱいにしたいけど、できないけど、ゆきは早紀が好きって叫んでる。たくさん、たくさん、押しつぶされそうになってもゆきは早紀が好きっていってるもん。わかんないよ、こんなの。どうして、ゆき、まだ消えたくない。肉体の滅びる最期まで、早紀と一緒にいたいもん。ゆき、普通になって早紀と一緒にいたい」
「わたしも一緒にいたいよ。こんなのやだよ。おままごとなんかじゃない、絶対、ゆきのこと見つけ出す。どこにいたって、絶対。手の届かない深淵のなかでも、呼び続けるよ。好き、大好き」
「えへへ……ゆきは幸せ者だなあ。こんなに思ってくれてる人がいるなんて、ないよお。もっと早く知ってたらよかったのに。もっと長くいたい。永遠に。誰もいなくて、早紀だけが最初からいたらよかったのにね。こんなに苦しくならなかったのに」
 泣いている。
 高田ゆき、悲しかったのだろう。
 消えていくってどんな感じだろう。
 わたしは、安心だと思うのに、悲しいんだね。
「ゆき、泣かないで。いまは全然悲しくないときなんだよ。気持ちが通じ合ってるじゃない。ああでも、もどかしいな。ゆきが好きっていってくれるの、こんなに嬉しいのにわたしは好きってしかいえない。好きよりもっと好きなのに。これ以上なんていえばいいのかわかんないよ」
「ゆきも泣きたくないのにとまらないんだよ……ゆきも嬉しくて好きで仕方ないのに早紀の好きより好きっていえないの。ゆき、消えちゃいそうな感じで、うまくゆきのことつかめないの。ねえ、ゆきは早紀のこと、どんな風に好き何だっけ。どんなことしてどんなこと思って、どうやって好きになったのかな。ゆきが先に好きになってたらよかったな」
「ううん。わたしが先だよ。ずっと好きだった。出会ったときからずっと好きだよ。ゆきのことわかるよ。消えちゃわないで。そんなこといいたい訳じゃないのに。不安なんてやだよ。不安がなくなったら、ねえ。ずっと一緒にいたかったのにな。そればっかりだよ、本当。こんな理不尽やだよ。ゆきがいなくなったらわたしどうしたらいいんだろう」
 台本、続き何だっけ。
 たくさん練習したのに思い出せないな。
 勢いでいっちゃっても大丈夫かな。
 声が大きければごまかせるよね。
 好きっていえばいいんだよね。
 そればっかりだもん。この台本。
 好きばっかり。高田ゆきは田村早紀が大好き。それをぶつける。
 大きい声なら、小さなことはなかったことにしてくれる。
「ゆきは早紀のこと信じてるよ。ゆきも不安だけどゆきがいなくなっても引っ張り上げてくれるって。ゆき、もう、だめかも……ゆき、消えちゃう。ねえ、はやく助けて。ゆきの手をひいて」
「うん。ゆき、今すぐにだって、何も考えられなくなっちゃうまえでも引っ張り上げるよ。よしのちゃんのこと引っ張り上げる。また、わたしのこと好きにさせる。よしのちゃんが忘れててもわたし、ずっとよしのちゃんが好きだよ。早紀先輩よりずっと。早紀先輩がゆきのこと忘れたみたいにはならない。わたし、いまからすくうよ」
 ああ、こんな台本だったっけ。
 忘れちゃってるから思い出せないや。
 でも、わたしはよしのじゃなくてゆき、だよ。
 そんなにつよく抱きしめられたらつぶれちゃうよ。空っぽなんだもん。
 うるさい声は田村早紀だけじゃない、わたしも台詞が飛んでる。
 奥底の声だ。
 萌が好きだといっている。
 わたしが好きなのは花さんだけ。
 花さん、不貞をゆるして。
「よしのちゃん。わたしのこと思い出して。なんでそんな空っぽな目をしてるの。本当にいなくなっちゃったの。わたしやだよ。二度もいなくなっちゃうなんてやめて。よしのちゃんは普通のひとなのに何でそんな消えちゃうの。わたしのこと思い出してよ。ねえ、また、好きになるっていったでしょ!」
 いったっけ。
 昔のことはなくなっちゃったからわかんない。
「わたし、萌のこと好きなんだっけ。違うや。早紀のこと、好きなんだっけ」
 声が小さくて、これじゃ客席までとどかない。
「うん。好きっていったよ! ずっと覚えてるよ!」
「そういうなら、そうかも。わたし、萌のこと好きだったんだなあ……どこいったんだろ。なんか、苦しい。もうやだよ。からだがちぎれそうだよ。花さんが好きなのと萌が好きなののあいだで痛いよ。胸のなかに叫んでいるものがいるんだ。それって、萌のことが好きっていってるのかな。花さんのことなのかな。花さんのこと好きってちゃんと意識できるけど、萌のこと好きなのまだちゃんとわからないかも。でも、好きになれそうな気もするかも。もっと好きっていわれたら、そうなるのかな。流されてるだけかな。いま、誰がしゃべってるんだろ。花さんかな、わたしかな。わたし、どこいっちゃったんだろ」
 散逸していたわたし、ってどこ。
 そんなに苦しめないでよ。花さん助けて。
 ううん。いまは頼っちゃだめなのかな。
 いまだけは、本当は何を考えてるんだっけ、思い出さないと。
 蓋してたけど、もっと強い気持ちがあったはずなんだ。
 そうだ。
 なくなった空っぽに当てはまるものがあるんだ。
「好き! よしのちゃんのこと好きだよ!」
 こういう形だったはずだ。身を食い破る凸型の感情があったはずだ。
 きちんとはまるだろうか。
 だめだったら、どうしよう。
「もー。早紀は強引だなあ。ゆき、困ってるよぉ? 花もうどうしたらいいかわかんないよぉ」
 花さん歩いてくる。
 もうちょっと待ってて。いま、気持ちたしかめるから。
「んーん。いいよ。考えるのも花の脳がやっておくから」
「だめだよぉ……それじゃわたし、何を考えてるのかわからない」
 暗転、幕が下りる。