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4章1節その1。
花とよしの

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4章

1

 花はよしののがすき。よしののには花が好きって思って欲しい。だけどそれは本心じゃない。あやなんじゃないけど、花も自分のこころをみつめている。嘘、花じゃない、私。私は花とは違ってもっとソリッドできちんとしている。あんなものは外面にあらわれるもののひとつでしかない。ばかみたいな外面を演じるのは楽しいけれど、嘘ってわかっている。嘘ばかりついていたらそれが本当になってしまう。だから、本心で接することのできる人を探していた。別に好きじゃなくていい。千佳は距離が近すぎるからだめだ。だったら、あたらしくきた、あたらしい関係を築ける人がいい。ちょうどいい人がいて、そいつの名前は宗像よしのといった。こいつのこと好きになって私の本心をさらしてみたら楽しいかもしれない。
 金木犀のにおいも通りすぎ、花畑は枯れ海は冷たくなってゆく。誰もいない浜辺に昆布的な海草とか流木とか、プラスチックの塊とかビニールとかたくさんのものが流れ着いている。今日は急に寒くなったのでまだ少し早いけどコートを着て、でもまえを留めると汗ばんでしまいそうだから開け放った裾を風が揺らしてゆく。岩場に腰をおろしてじっとしている。墓場みたいだ。海も、学校も、この島はまったく、使われなくなったものたちが臨終を迎えるのを待っているようなところで気持ちが悪い。外の学校にもあるっていう中間や期末テスト、終業式卒業式、学芸会や文化祭、それらのイベントが腹立たしい。そんなことをして楽しいものか。ふたりひと組でする寄宿舎の共同生活、学舎ですごす日々、卒業した先には何もない。研究所から移され、ほとんどが暴走するか殺しあって死んだ。残った奴らも行く当てはない。早紀はどこへ行ったのかは教えてくれなかったけれど、元の研究所に戻されたと知っている。戻った先でどうなったかは知らない。遠くのことで見通すことはできない。でも、きっと楽しい日々ではないだろう。楽しい日々なんて欲しくないけれど、ただ死ぬのを待ち続けるなんて嫌だ。強力な能力なんてない、ただの生徒を演じてきたけれどもう限界なんだ。気がおかしくなってしまいそうだ。初等部から毎年同じ日々をすごし、表面を滑っていくような楽しいことがいやらしい。そんなものは欲しくない、私はただひとりの私として、もっと楽しくないこと、現実、辛さだけ、苦痛だけがありそれ以外のことが考えられないようになりたい。千佳の悲しそうな笑いやよしのの葛藤が欲しい。そういったものを通してしか現実感を受け入れられない。彼女らを救い、いわゆる楽しい日々を過ごす方法を知っている。宗像謙三の理念を達成できるように人々の思考を塗り替えることはできる、でもそんな生の何が楽しいんだ。闘争が欲しい、他人の思考があふれた頭のなかに現実感はない。何もかもが感情や感覚を伴わない言葉だけになり、死んでいるみたいなんだ。だから、言葉のすべてを忘れられる、思考をしなくてもからだの動くようになる、本能だけの殺しあいがしたい。岩のうえに寝転ぶと頭が痛いけれど、痛いという言葉にはやっぱり、痛みはない。風と波だけがあって、周りに人がいない。完全に切ることはできないけれどテレパスの出力を弱めて思考があまり流れ込まないようにする。こうしていれば私はひとり、何も考えない自然と同化できるような気がする。数えきれないほどの膨大さで世界中の海岸を洗ってゆく波や、木の葉を飛ばし土を巻き上げる風がもし何かを考えていたとすれば退屈で気が触れてしまうだろう。いつまでも同じようにしていられるのは思考がないからだ。気がするだけ、そんなことを考える私は海やその他の自然と同じものではない。人間だ。近づいてくる声があり、よしのを呼び出していたことを思い出す。
「よしののおそぉい。ずっと待ってたんだよぉ?」
「ごめんなさい。遅くなりました」
「次はもっと早く来てよねぇ」
「授業中だったので。花さんも授業、ちゃんとでないとだめですよ」
「はぁい。時々だよ。ときどき、疲れちゃってこうやって休みたくなるのぉ」
「仕方ないですね。こっちへ来てください。やさしくしてあげますから」
「よしののがきてー?」
 よしのはもう、ほとんど自分で考えることはなくなった。私が彼女の思考を司り、人格をふたつのせた脳が彼女の口を動かす。私はよしのに甘えたがっている。退屈だ。退屈で死んでしまいそう。彼女の人格の情報を集めて複製し、好きなように味付けした偽よしののは予想に反した行動をほとんどしなくなった。これでは私がよしのになってしまう。ずっと一緒にいたかった。片時でも離れることはなく、甘えたいときは甘えられて、突き放されたいときはそうしてくれる。全部予定調和でおかしなことはない。まだ萌のことが好きみたいで、時々暴走することはあっても、すぐにリバートできる。退屈で、でもまだよしのを好きでいたいと思うのは習慣か惰性によるものだろうか。いままでずっと好きだったから次の瞬間も好き。連続のはての、何年先でも好き、好きだからあきらめたくない。彼女が私の予想を覆し、テレパスも通じないほどつよい思考をもつことを期待しているけれど怖がっている。彼女についた脚が私の手の届かないところまで運んでいってしまう、二度と触れられなくなることが怖いのだろうか。
「どうしたんですか、急に」
「ううん。なんか疲れちゃったんだぁ……最近、なにをしても現実感がなくってぇ。花、どうしたのかなぁ? ずっと退屈で、飢えた感じがしてぇ、もう、やぁだよぉ。何でこんなになっちゃったんだろぅ」
「ごめんなさい」
「どぉしてあやまるのぉ」
「祖父のせいだと思ったので」
「よしののはよしののだよぉ?」
「そう、ですね」
「よしののは、何?」
「わたしは花さんの彼女です。好きですよ」
「嬉しいなぁ……」
 隣に座る彼女の膝に頭をのせる。髪が絡まり引っ張られる。痛みはない。風に暴れる毛先が目や口に入ろうと不快感は消えてしまう。感覚が薄いんだ。自分すらも他人になって、言葉を読むだけになっている。共感がなくなり何も感じない。よしのはいま何を考えているのか、私のことを好きだといっている。嬉しいってどんな感じだっけ。波の音がきこえている。風が耳朶で絡まりうるさい。このまま何もないところへ溶けてしまいたい。
「よしのの、キスして」
「はい」
「どう感じた」
「首と腰をかなり曲げたので痛かったです」
「私が膝に寝てたらしにくい?」
「そうですね」
「ほかに何も感じなかった」
「花さんが好きです」
「私の話しかた変じゃない?」
「いつもとは少し違いますね。初めてあったときみたいです」
「こんな感じだったの」
「昔のことで、もう思い出せません」
「そっか」
 ときどき自分を装うことを忘れて素がでてしまうときもある。千佳にはよく見られるけれど、そういうところも含めて私だと思われている。気づいて欲しいと思っているのは甘えだ。近くにいてもそれくらいしかわからないなんて、と八つ当たりしたくなるときもあるけれどそんなことはしないで、待っている。本当に甘えたがりだ。そうして甘えられるときがきてもよしののように使いつぶしてしまうのだろう。飢えた思いのやり場がなくてそれを埋めきれなくなったら終わり。よしの、まだ好きなんだよ。あきらめさせないでくれ。まだ、好きでいたいんだ。もう少し、甘えたままでいさせてくれ、もう少ししたらきっと、私はつよくなれるから。なんて思うのは嘘だ。きっと、いつまでも甘え続けてしまうだろう。
「萌のこと好き?」
「わかりません。でも、時々そんな気分になります」
「そっか」
 彼女のほうから私を好きになってくれたらあんなことはしなかった。嫉妬に駆られて思考を消したとき、かすかに痛みがあった。そのときのことを取り出して眺めるとかすかに痛みがあるけれど、もうすり切れてほとんど何も喚起されなくなってしまった。私の感情を消しているのは私なのだろうか。
 起きあがって向かい合ってみる。短い髪が揺れている。何の感情も移していない目が海をみている。その先になにかあるのだろうかと思うけれどそっちは太平洋で本州があるのは島の反対側だ。彼女を変えたのは私で、淡潮で一番つよいのは私。次の怪物を決めるのはいつだろう。あやなは萌に怪物を任せたいけれど、現実的に託すとしたら私しかないと思っているみたいだ。私が怪物になったら、淡潮の頂点に立ったら何をするのだろう。去年のように卒業式で渡される怪物の座、そんなものはいらない。殺し合って決めればいい。運良く、死ねたらいい。きっと無理だろうけど。でも、死ぬときはよしのにみていてもらいたい。そんなのはきっといやがるだろうけど、少し感動的だ。私が死ぬことで彼女は再び自分の思考を取り戻せる。死にたくなんてない。
「ねえ、よしの、好きっていってよ」
「好きです」
「もっとたくさん」
「好きです、大好きです」
 こっちをみて笑っている。すべて私のしたことだけど憎たらしい。抱き寄せて首筋を噛むと痛がり、うれしがっている。歯の先と肌のあいだに唾液の糸が伝ったけれど風に切られた。
「どんな風に好きなの」
「……感情がないです」
「もう、寄宿舎戻ろうか」
「そうですね。寒いです」