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4章1節その2。
花とよしの2。

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 歩き回っているうちに随分遠くまで来てしまっていた。烏帽子の山の麓は埠頭の反対側で、古い町か入り江のあるほうを回っていかないといけない。三十分ほどかけて花畑まで戻ってくるあいだ言葉を交わさなかったのに手をつないだままでいたのはそうしたかったからだ。
「花、枯れてしまいましたね」
「私のこと揶揄してるの」
「いいえ。もう、冬になりますから」
「夏の終わりにはもう枯れてたでしょ」
「そうでしたっけ」
「そうだよ」
 枯れた花畑は嵩をおとして合間のスプリンクラーを覗かせている。枯れた草に等間隔に立ち、銀色で空の灰色で鈍く光っている。私のことを好きでなくなってしまった千佳は手入れをしなくなり、きっと、来年になってもそのままだろう。花なんて嫌いだからそれでいいんだ。髪の先をつかんで目の前にもってゆく。同じ色の花がたくさん咲いていた。風に舞い上げられ、海に散らばる花びら、私が死んでゆくみたいで嫌だったのだろうか。死にたいと思っているのにいやがっていたのは、執着だろうか。よしのが何も考えなくなっても好きなように、惰性でまだ生きているのだろうか。この歳の頃にはよくあることだって知っている。こういう自己犠牲的な考えを幼いっていうのだろう。そのうえでおまえたちも同じくらいのころ同じことを考えていたのだろうというのはいやらしい。どうでもいいことだけど。
 校門をくぐると校庭では体育をやっていた。寒いのに半袖に短パンを着た初等部たちがたくさんいる。ここまでくるとたくさんの思考が流れ込んできてうるさい。よしののことだって、嫌いじゃないのに時々うるさいと感じてしまう。時々で、大抵は好きでいる。今は、人のいない海にいたせいか嫌で仕方がない。自分ひとりで生きていられるとでも思っているのだろうか。半閉鎖された淡潮のようなところでだってそれは無理だ。電力の供給だって、昼間は風力と太陽光で大体はまかなえているけれどいつでも風が吹き陽が出ている訳ではないのだからディーゼル発電機を併用している。そんなような感じだ、きっと。何がだ。
 寄宿舎はがらんとしている。談話室には青山と七森がいて早めの昼食をとっていたけれど特に言葉を交わすことなく通りすぎた。部屋に戻っても千佳はまじめだからこんな時間にはいない。
「何か食べる?」
「そうですね」
「お菓子しかないけどそれでいいよね」
「はい」
 クローゼットから週に一度配給される菓子袋を取り出して放る。私はコートを脱がないで机の椅子に座り、よしのは床で窓にもたれている。
「千佳の椅子座ったら」
「ここでいいです」
 もそもそとポテトチップスを食べる姿をながめる。ラップトップを開いて授業の配信をみるけれどいつも通りだ。私とよしのの椅子があいていて、萌や杏里たちが黒板をみている。私はそれを斜めうえからみている。メールを確認してもあたらしいものは着ていなかったので閉じた。秋の終わりの鈍い陽が寄宿舎のあいだを照らしている。風に巻き上げられた木の葉が何枚か飛んでいて、そのうち一枚がベランダに落ちた。昨日の晩干した洗濯物はもう乾いているだろう。
「背中上げて」
 ベランダに出て制服のブラウスと体操着、寝間着を取り込む。たたむのは面倒だから洗濯済みのかごにいれておく。窓のそばでわだかまった光は奥まで照らさず、部屋の入り口は暗い。しんとしていて、やることも特にない。何も起きない毎日がある。向かいのベランダをみていると人が出てきて洗濯物を取りこんだ。あの部屋は双子たちの部屋だっけと思い出す。彼女らもさぼりなのか、それともと思うと今日は松本が風邪をひいたから看病しているらしい。昔はそうしていたけれど、最近は千佳が風邪をひいても放っていた。そのくせ、私が体調を崩すと看病してくれる。彼女の気持ちを慮ることなんてしなくなり長い間がすぎた気がするけれどまだ半年も過ぎていなかった。退屈に時間が引き延ばされているんだ。青葉もわたしに気がついたのか両手を大きく振っていたので振りかえした。後ろ手にきしむ窓を閉める。
「よしのは退屈じゃないの」
「退屈ってよくわかりません」
「そうだよね。退屈、感じたい?」
「わかりません」
「何か、感じてよ。そうしないと私退屈だよ」
「花さんのせいですよ」
 私の考えたことなのによしのの言葉のような気がした。そろそろ、彼女に自分の思考を返すべきだろうか。あまり長く思考を奪っていると私がいなくなっても何も考えられなくなってしまうのではという危惧があった。そのときはきっと死ぬときではない。安定していて暴走することもないだろう。卒業しても彼女と一緒にいられるだろうか。きっと、無理だ。よしのは本島に戻るだろうし、私はついていけない。無理ではないだろう、菜摘やシィギの思考を操作するか、私をみても感覚を上書きして気づかないようにしてしまえばいい。けれど、そこまでしたくない。ひとりになりたいのだろう。
「そうだね。私のせいだ。よしのがまだ自我をもっていたころ、私が考えていたこと知ってる?」
「知りません」
「よしののこと好きになりたかったんだよ。好きになったり、好きになられたりしたかった。それで、萌と三角関係になったりして、恋のことで頭をいっぱいにしたかった。できなかったのは私が怪物的だったからかな。恋にかまけられる能力がなかったのか。わからないけど、恋をするには、人のこころくらいを好きにするにはつよすぎたんだ。向いていなかった。おまえが萌のことが好きで、最初私を好きにさせたときだって萌のことを考えているのは知っていた。私が眠っていると思って萌に好きだといったことも、萌への好きを取り戻そうとしたときのこころの揺らぎだって知っていたんだ。それをたやすく潰した私を恨むか。恨めないよね。よしのは私なんだから。でも、あの晩、おまえが好きを取り戻そうとしたときすごく嬉しかったんだ。これで、また私はおまえに好かれようとできる、って思ったのにやり過ぎたね。もう、元には戻れないよ。甘えているんだ。よしのが私のことをまた好きになってくれるか不安で、おまえのことを手の内において置かないとだめなんだ。でも、それだけじゃだめで、おまえがまた、私の呪縛を破ってくれないと……私よりつよい奴がここにはいないんだ。振り回そうとしてもやり返してくれるような人がいないんだ。よしのにいっても仕方ないね」
「はい」
 今日は一段と風が強く鳴いている。腕のあいだに手をいれて立ち上がらせる。じっと見ている目に疑問の表情はない。ジャケットを脱がし、ジャンパースカートの腰紐を緩めてファスナーをおろす。肩紐を外すとゆっくりと制服が足下に落ちてブラウスと靴下だけの姿になる。