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4章1節その3。
不道徳な花とよしの3。

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「やっぱり、よしのは自分で考えてたほうがおもしろいね。昔は抵抗する素振りくらいしたのに」
「そうでしたっけ」
 棒タイを引っ張ってほどくと丸襟のブラウスの襟元があらわになる。第一ボタンは留めていなかった。
「不良だね」
「こうやって、密かな違反や秘密をもっていないと不安なんです」
「それは私のこころだね」
「そうです」
「元から留めてなかったっけ」
「たぶん、習慣で留めていないだけです」
「そこまで手は入れてないもんね。やっぱり、返してあげるよ。まだ怖いから、ゆっくりとね。抵抗くらいして見せてよ。私に触られるの嫌でしょ。萌のこと好きなんだから」
 タイを放ってボタンをひとつずつ外す。かすかな音ともに内側があらわになる。アイロンのかけられていない白いキャミソール姿で肌は見えない。最後のひとつに指をかけると手首に触れられた。
「それは自分から?」
「ええ……たぶん」
「私のこと、好き?」
「好きです」
「よかった」
 弱々しい窓からの光に陰になった顔をから目を離さず最後のボタンを外す。
「あの……制服、しわになってしまいます」
「そうだね。萌に疑われちゃうね」
「はい」
「萌のまえでキスするのは嫌?」
「すこし、嫌です。嫌というか、みられたくないって思います」
「脚、上げて」
 下着姿の彼女を一瞥し、しわを伸ばして椅子に制服をかけた。座って、窓辺に立つよしのを眺める。外はあんなに風が強いのに窓を閉めた室内で髪は揺れない。太腿を白いなと思いながら欲情するのを待つ。
「寒い……」
「そろそろ暖房ついて欲しいね」
「あと二週間くらいですよ」
 埃をかぶったベッド脇のセントラルヒーティングのラジエータに目を向ける。ボイラーの調子が悪いからかあまり暖かくはならない。ほかに暖房はないから冬のあいだは室内でも厚着をしてすごす。脚を組んで裸同然のよしのを見て、嗜虐的な自分というのをイメージしてみるけどあまりうまくはいかなかった。
「服、脱がして」
 一言も喋ることなくコートを脱がされ、ジャケットのボタンを外された。中腰になった彼女の右側から照る陽光が顔にあわい影をつくっている。かきあげて、耳にかけた。あらわになった耳たぶを噛むと、痛がりながら好きと思ってくれる彼女はまだいるだろうか。まだ、思考のほとんどは私が握っているのだから思うだろう。ジャケットを脱がされ、重みでコートと一緒に椅子から落ちた。腰紐に触れられると少しくすぐったい。何も思っていない風に緩められ、肩に触れられる。手のひらの熱を薄いブラウスを通して感じた。うつむく顔のつむじをみて、唇を寄せる。冷気を吸ったみたいにひんやりしていた。座ったままで、ジャンパースカートは脱がされない。タイをほどかれ、ボタンを外される。
「この制服、子供っぽいよね。中等部はいいけど、私たちの歳になると別に誰が見てる訳じゃないのに恥ずかしい」
「そうですか。よく、似合ってますよ」
「そんなに子供っぽい?」
「花さんは子供っぽく笑ってるときが一番可愛いです。いまみたいな風じゃなくて」
「それは、そういう風に感じられていたときがいいってこと」
「わからないです。でも、みんなが笑ってすごしてるほうがいいじゃないですか」
「私の思考だね。でも、本当は闘争が欲しいよ。何も考えたくないし演じたくない。殺しあってるときなら本能で、死なないためのことだけを言葉による思考を飛ばしてできる」
「花さんが死んでしまいます。それに、そんなの本当は欲しくないですよね。あやなさんじゃないですけど、幸せな、繰り返されるありふれた物語のほうが好きなんですよね」
 ブラウスを脱がされると風が入ってくるような気がして寒い。お腹のあたりが冷たくて手をあてた。よしののお腹にも手をあてて温度を確かめる。どちらも内蔵の発する熱を持っていてほの温かだし、柔らかくふわふわとしている。
「できましたよ。続きは、自分でしてください」
「靴下も」
「はい」
 組んだ脚に指をかけられ、ゆっくりと脱がされてゆく。爪が立てられていて赤くなった。踵のところで引っかり、あとはつま先を引っ張られた。
「不道徳な感じですね」
「そうだね。ついでに足、なめてよ」
「はい」
「なんか従順だからいいや」
 もう片方は自分で脱いで立ち上がる。足下に服が落ちて同じ姿になる。
「よしのが抵抗してくれたらおもしろかったのに。足をなめるのも、思考も」
「みんな、花さんのせいですよ」
 手を引いて二段ベッドの上の段に上る。木製のはしごはふたり分の体重にきしんだ。
「あの、音、恥ずかしいです」
「萌は学校だよ」
「そうですけど……」
「じゃあ、千佳のベッドでする?」
「だめですよ」
「ばれちゃうもんね。へへ。私たちの秘密だよ。でも、だれも、知らないんだ。こんなことしてること、想像はできたって、個室のなかは、私たちの脳の中は誰も知らない。匿されて、知られることはない。私の能力をしらない。私も、千佳や萌が何を考えているか知っているけれど、本当は私よりもつよいテレパスで代理人格かもしれない。疑うことはできても本当のことはわからない。寄宿舎のなかで起きていることをよしのは知らないね。私は全部知っているよ。知ったつもりかもしれないけど、みんな知っている。みんなは知らない。壁や床に仕切られた隣で何がおこなわれているか、すっかり匿されているんだ。表面的なつながりだけで、深くは知らない。知りたければ恋人になるしかない。恋人なら詮索しても許されるから。きっと。ここじゃ誰がいて、いなくなったって変わらない。属人性も、怪物以外の英雄もいない。集合する部屋があるだけで、五階以外ならそこ誰が住んでいてもいい。個室とその他施設の集まり。人間性のない巨大なふたつの建物。コンクリートでできていて、きっと、私たちの誰もが死んでもあり続ける強固な寄宿舎。だれも個々の物語を知りやしない。細部が違うだけの繰り返され否応なしに適用される物語の数々を、私以外は知りやしない。私たちの物語は私たちだけの秘密だよ。よしの、好きだよ。好きって思って、おまえに私を仮託しているんだ」
 横になる彼女の唇に、首筋に、耳を噛んで、安心してゆくことを知ってゆく。おまえは私だ。だけど、これからは私でなくなってゆく。想像の埒外へ逃げてゆくんだ。早く、返してやるから萌を好きになれ。私を絶望させてくれ、敗北が欲しい。萌にとられてしまったって思って苦しみたいんだ。
「花さん、痛いです」
 つよく噛んだ首に血がにじんでいる。
「あはは。萌にばれちゃうね」
「いやです、そんなの……」
「じゃあ、抵抗しないとね。嫌だったら、はねのけないと、もっとするよ。目立つところに」
 腕がのびて首に絡められた。抱き寄せられ、頭を撫でられる。いやらしい、辞めてくれ。そんなことはされたくない。みじめみたいじゃないか。
「よしのはゆきに似ているね。萌がゆきを殺したときどんな感じだったかききたい?」
「わたしは、よしのです。高田ゆきじゃないです」
「どうしてそんなこというの。萌に、ゆきじゃなくてよしのだって思って、認めて欲しいの。でも、もう認められてるよね。学芸会のとき、よしのちゃんって呼んでたもんね……萌、ばかだからゆきのことたくさん好きになって、愛して、ずっといたらまたこころを取り戻すと思っていたんだよ。そうなっても、早紀にさらわれちゃうのにね。それでもいいって、ばかみたいな自己犠牲の物語を適用して自分を慰めていたんだよ。それで、おまえみたいにゆきは抵抗したんだ。まだこころが残ってたんだね、早紀のことが好きで、萌にされるのをいやがってたんだ。今みたいにさ。それも抵抗だろう。私に優しくして、私に私の不具を見せようとしているんだろう」
「そんなことないですよ。花さん、好きです」
「好き、ばっかりだよ。それ以外にないの」
「……萌が、好きです」
「そうだよ。思い出すんだよ。あはは。私もよしのみたいに萌に似てたらどうなったのかな。おまえは気がついたのかな」
「気がつきますよ、きっと。わたし、わたしを信じます」
「そんなの、幻想だよ」