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4章2節その1。
あゆはとあやな

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 学芸会でやりたかったこと、学芸会のおわり、役を演じることのなくなったはての生活、あたしは未だ怪物でいて幻想のうちにある。劇は失敗してしまったけれどその目的は果たせただろうか。怪物でなくなり、一個の独立した生物になる、何の幻想にも守られない過酷を生き延びるものになりたかったし、淡潮がそのような場所になることを望んでいた。今日は出席率が悪く、教室にはあたしと広畑、佐々木しかいない。広畑は小山内にヘッドフォンをあげたあとしばらく音楽を聴いていないみたいだったけれど最近は菜摘ちゃんに頼んだのかあたらしいものを一日中頭のうえにのせている。終業のチャイムが鳴る。今日は藤組だけの授業だったので質問もないだろうと森井先生と和田はさっさと教室を出て行く、広畑も佐々木も同じで部活か寄宿舎に戻るのか知らないけれど出ていった。教室にひとり取り残され帰りの支度をする。自分で選んだことなのでひとりでいることには慣れている。演劇部の活動は学芸会がおわってからほとんどしていない。週に一度短いミーティングをするだけで次の活動をどうするかとかも何も決まっていない。無気力な感じで何もする気が起きないのだ。あと半年ほどで卒業する。その先がどうなっているか、淡潮に残るのか研究所に戻るのか、不安はあるけれど確かめたことはない。茫漠とした未来があるだけでどこへ進めばいいのかもわからず手をこまねいているけれど、怪物を誰に譲るかだけは決めないといけない。順当に選ぶとしたら花ちゃんだろう。周りにはいっていないけれどテレパスをもっているし、そうでなければ青山か、石黒か、だけど、できることなら中野を選んでみたかった。テレパスでない、見た目以外の何の能力ももっていないやつが怪物になったら制度は崩壊するか、そうでなければほかの奴に殺されるか。対策はできる。全員の認識を塗りかえて中野に立ち向かうことを忘れさせてしまえばいいのだ。それもいつまでもつかはわからないけれど、一年くらいなら大丈夫だろう。怪物として認識させるためのものもあたしが代わりにやればいい、そうでなければ青山と七森に頼んでそういう装置を作ってもらえばいいだろう。学芸会で発表していたようにテレパスの増幅器を使えばおそらく可能だ。だけど、未だ決めかねている。
 寄宿舎に戻ってもやることはない。コートを着て鞄を肩にかけて窓の鍵を確認する。最近は天候が悪く、秋もほとんど終わりでこの分では風のひと吹き、雨雲の到来とともに冬になるだろう。何にせよ冬休みまでには決めないといけない。もう猶予はないんだ。教室をでても高等部の階はがらんとしている。電力消費を抑えるため電気のつかない廊下は薄暗く、ほとんど真暗だ。読みさしの本が部屋に置いたままになっているから夕食まではそれを読んですごそうと決めて階段を下りてゆく。中等部の階を通り過ぎると双子と松代と鉢合わせになり一緒に帰ることになった。
「あやなー、演劇部やらないの?」
「暇だよー!」
「しばらくは発表する機会もないしやらないかな」
 特殊教室棟から音楽部の練習が聞こえてくる。弦楽班や軽音楽班の音が混じりあって調子外れな風でいる。彼女らは発表の場がなくても練習するのだろうか。それとも淡潮から人が消え、聴いてくれる人がいなくなっても練習するのだろうか。あたしにはきっと無理だろう。自分以外の人がいて、反応を見て、何をしているのか確かめられないようであったら何もつくれやしない。
「なんか、疲れちゃったんだよ。目標がないっていうか、どうしたらいいのかわからないみたいな。まあ、やりたいならやろうか」
「結城先輩もそうやって無気力みたいになることあるんですね」
「あたしはただの人だよ。怪物だっていわれたって、普通だよ。早紀みたいに強い訳じゃないんだし……」
 本当は学芸会のあと怪物を中野か花ちゃんに託すつもりだったけれどそれも失敗に終わった。機会を逃し続け、未だ怪物のままでいる。早く怪物なんてやめて、誰かと一緒にいたい。ひとり部屋はもう十分だ、誰かといないと、会話をしていないとおかしくなってしまいそうな気がすると感じる一方、そんな状態に身をおとして、疑問を抱かなくなったときが結城あやなの終わりだとわかっている。怪物の選定と同じく自分のこころすら決められないでいるんだ。一体、何をしたかったのか。強大なものになり、何者にも依存しない物語を織るつもりではなかったのか。もう、耐えられないのだろうか。
 階段を下り、下駄箱のところで双子は一階の下駄箱を、松代は二階の下駄箱を使っているから別れる。遠ざかるはしゃいだ声が階段のむこうに消えてゆく。
「松代、傘もってる」
「でるとき降ってなかったので……すみません、もってくればよかったですね」
「いいよ。そんなつもりでいったんじゃないし、ただの雑談だよ。近くだし、別に傘がなくても」
 ホール状になった昇降口の天蓋、天窓のガラスは雨に曇り落ち葉が積もっている。薄明るいなか半円の端の下駄箱に背中合わせになって上履きをしまう。下駄箱は指定されていなくて好きな場所を使うことができる。あたしたちがこの端っこの人気のない下駄箱を使うことに何か理由はあるのだろうか、たしか、誰にも見られないところで靴を履きたいって思ったのだっけ、だって、靴下に包まれた紺色の指先が人目につくのは恥ずかしい気がした、そのときは何となく感傷的な気分で今思い出すとなにを思っていたのだろうってすのこにおろされた足をみて思った。いつだって自我が手の内にある訳じゃない、もとから制御のうちにある訳なんてなくて、そう思えるのは時々か、その時々だって錯覚だってわかっている。いつだって、何をしたがっているのかわからないのだ。
「結城先輩さっきはすみませんでした」
「何が?」
「無神経なことをいって」
「気にしてないよ。あたしは怪物だから、松代たちとは違う特別なんだ、互いのことなんてわかる訳ない」
「田村先輩とも、そんなことをいい合っていたのですか、先輩がまだ怪物でなかったころも」
「あはは。そんなこと訊くなんて本当に無神経だね。いいけど……もう、覚えてないよ。かすかに、時々のことは覚えているけど、もう、ほとんど忘れちゃってるよ。早紀とどんなことを話したとか、そんなことをいったし、いわれたかもしれないね。でも、怪物になったからってたちどころに何もかも、変わっちゃう訳じゃないんだ。松代は怪物になってみたいの」
「すみません……ただの興味です。わたしは怪物にはなれないですよ。資質がないです。ただ、少し見た目がいいだけで、普通の人です」
「見た目がいいとは自分でいえるんだね」
「自分のこと、見た目だけは気に入ってるので。ときどき、裸になって鏡の前に立ってみるんです。葵とかがいないときに。そうすると耳がぴんと髪から立っていて、からだは小さいですけど色が小さくて、手足も細くて、胸の形もやっぱり自分でいうのはなんですけどきれいなんです。だから、だからっていうのはおかしいですけど、そういうときは自分はこのきれいなからだの中にきちんと収まっていて、外にあふれ出ることはないんだなって思えて、わたしはきちんとここにいるんだなってわかって、よかったなって思うんです」
「ふうん……窮屈じゃないの」