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4章3節その1。
よしのとか花とか花火とか

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3

 わたしは結局彼女の苦悩を救うことができたのだろうか。目を覚ましたとき、風の強い秋と冬の間の日で寒く薄暗い部屋の中、彼女のベッドにいた。おびえていたことを思い出して時計を見る、まだ学校の終わっていない時間で千佳や萌に行為を悟られないことに安堵した。花さんのもとに下るときは、いつ千佳がもどってくるかおびえていた。萌のまえでキスされたときだって嫌だった。愛着がない訳ではない、彼女のことが、幻想かもしれないけれど好きで、求められるものを与えられたらと思ったこともある。けれど耐えられなかった、何もかもが中途半端で、時々わずかに意識を取り戻すとき、後ろめたさがあった。萌に対するものなのか、花さんに抱くものかはわからないけどこのままではいけない。彼我の境界のない、わたしのないところに閉じこめられたままではだめだ。花さんが何をいって欲しいかつながっているのだから知っていた。でも、耐えきれなかった。
 眠るお腹や胸、首筋に指が触れ、少しずつ意識の回復していくなか裸で彼女の布団のなかにいるわたしを、萌は許してくれるだろうか、きっと、見捨てられてしまうだろうって、わかっている。何度も繰り返し同じことを考えている。許して欲しいんだ、花さんも同じことを思っているって、許して欲しいって、伝わってきた。狭量なのだろうか、許して欲しいばっかりで自分から彼女に触れたことはあっただろうか。夢のなかみたいでもう覚えてなんかいない。何もかもが遠くなってしまった気がしている。花さんのこと、忘れてしまったのだろうか。嫌だったことも、好きだったことも遠くのこと、手の届かない場所へ、未来へすすみ昔のことになってしまうのだろうか。心から好きだった訳じゃないけど嫌だなと思った。もうすぐ文化祭だ、それをきっかけに仲良くなれないだろうか。同じクラスだし、準備をするときとか、結構一緒にいると思うんだけど……。花さんのことを一体どうしたいのだろう。前みたいな関係に戻りたい訳じゃない、けど、別れたままでいるのは嫌で、お友達でいましょうっていって元通りになる訳もない。益体のないことばかり考えているのだろうか、落としどころは見つからず、同じところを巡っているだけだ。
 淡潮の冬はどうなるのだろう。雪が降るのだろうか、関東よりも暖かいしきっと降らないだろう。雪の降る、特別な日だったらいつもと違うことが許されるだろうか。日々のなか、夏休みはとうに終わって、冬休みまでお正月をはさんでまだ二ヶ月以上ある。朝起きて、どんな会話をしたら、していたのかわからないまま着替えて学校へ行く、授業を受けて帰ってくる、眠るまでの時間をどう過ごせばいいのかわからないまま屋上や人目のつかない場所へ逃げ回る。彼女も同じで無言の内に交代で部屋を使うようになっていた。大切な同室で、また好きになるって約束した。好き、だけど、どんな風に思いを告げたら、今更、そんなことをいっても許される訳じゃないだろう。花さんはわたしが好きっていったことも忘れさせてしまったのだろうか、まだ、好きでいてくれているだろうか、わたしも同じだよってわらってくれる、そういう現実離れした幸せのことを妄想ばかりしている。
 コートを着ていてももう冬でからだは冷えてしまう。屋上には誰もいなくて、水を抜かれたプールは空っぽでいる。学芸会の前の日、練習をしようって誘われて服を着たまま泳いだ、一緒にシャワーを浴びて、花火をした。楽しかったし、つかむことのできない気持ちを取り戻せた。今度も同じようにいかないだろうか、無理だろう。残った花火はクローゼットにしまわれたまま湿気っている。そういったものに自分を重ねているのだろう。階段から足音が聞こえてくる。今、誰にも会いたくないのに嫌だな、ほとんど喋ったことない人だったら気まずいし、知っている人でもこんな気分のときは嫌だ。
「よしの、いたんだね」
「花さんならわたしがいることくらい知ってたでしょ」
「まあね……嫌でも聞こえてくるから」
「じゃあ、こないでよ。わたしがどんな風に感じてるかわかってるでしょう。今は花さんのこと甘やかせる余裕なんてないよ」
「会いたかったから、っていうんじゃだめかな」
「なにそれ。そんなお話みたいな……辛くなるだけだよ……扱いかねているんだ、自分の気持ちを、どこにむけたらいいのか」
 花さんは、ふたりだけになるとこうやって素の話しかたを時々するようになった。こころを許したままでいるのだろうか。怒りはなくても、昔のような態度をとられたらどうしていいのかわからないよ。
「私だって同じだよ。よしのにどんな風に接したらいいか、千佳も萌も同じだよ。私のしたことなのにどうしたらいいのかわからないんだ」
「みんな帳消しにできるでしょ」
「したくないよ。そんなこと」
「本当に、なんで来たの……」
「んー。相談かな」
「千佳としてよ。千佳にも同じようにしてさ、テレパスのこと、話さないように制限つけることだって、話したことを忘れさせるのだってできるでしょ」
「それじゃだめなんだよ。テレパスを使ったって解決できない、普通の関係じゃないと」
「じゃあみんなに話しちゃえばいいんだよ。テレパス持ちだって」
「怖いんだ。自分のことを知られるのが、秘密のないことが」
「わたしにはいいの」
「よしのは特別だから」
「嫌な特別だね」
「そんなことを話したいんじゃないんだ。きいてもらってもいいかな」
「はあ……いいよ、もう……好きにして」
 もう消灯時間はすぎている。廊下の明かりは消えてまだいくつかついている窓と街灯の光しかない。暗く沈んだなか、地面に直接腰をおろして柵にもたれている。花さんの顔も薄暗く見える。桜色の髪だけが明るい色をしている。
「双子と少し話をしてね、テレパスのことはいわなかったけど記憶のことが信じられないみたいなことをいったんだ。ほら、よしのに思考を返した日、談話室で。千佳とあやなとあゆはと一緒にね。私たちが落ち込んでるっていわれたんだ。見透かされているみたいに。いや、双子はテレパスはもってないけど、感覚が鋭いからね、仕草や表情から何を考えてるのか推測できるんだよ。それで、うっかりね、言葉だけになった記憶がわからないっていったんだ。あやなもそうなんだよ。彼女もテレパス持ちで言葉に囲まれている。私よりは弱いから使いたくないときは切れて、最近はずっと使っていないらしいけど、それでも同じような悩みがあるんだ。何の話しだっけ、話がとっちらかってるね。それで、双子は一度起きたことを忘れない、忘れないし記憶をそのときの感覚つきで思い出せるっていう話だ。私たちとはまったく別、あやなだけじゃなくてよしのたちとも同じ、記憶の言葉から引き出した二次的な感覚や感情じゃなくてそのとき起きたこと感じたことをそのまま思い出せる。それはそれで辛いけど、でも、現実に足をつけている。そういうことができるんだ。ああ、なんだっけな。本当に何がいいたかったんだっけ。ごめんね……」
 そういう彼女のことを冷めた目でみている。もう恋人同士でないのだからこういったときに慰める必要から解放されたとかそういうことじゃなくて、ただ単に遠い話でぴんとこないとか、花さんのそういった内面のことに興味がないとかそういうことだろうか。彼女には考えていることがしれているのに随分なことを思ってしまう。やめられるものじゃなくて申し訳なさを覚える。仲良くしたかった、それがどういう関係なのかはわからないけど、自分は冷たい人間なのだろうか。
「ねえ、萌は部屋で寝てるの」
「……そうだね。眠ってるよ。ごめんね、興味のない話をして」
「いや……いいよ。聞いてるだけだったら聞き流せるから。わたしからいえることなんて、花さんの内面に関することなんてわたしの埒外だよ。いえることなんてない」
「もう恋人同士じゃなくなったから? って訳じゃないんだね。そうだね……私たちは別の人間だもんね。よしのは私が何を考えているのかなんて知らないし、どうこうできるものでもない。私はよしのたちを好きにできる立場にいる。対等でない、こんな状態じゃ話なんてできないよね」
「そこまでは思ってないよ」
「そうだね……でも双子たちみたいに忘れることのない、過去のことを自分の内にしまっておける。そういうことができたら違ったんだろうね」
「花さん、花火したことないんだったよね」
「そうだね。みんな呼んでするの。私たち、千佳と萌も呼んで」
「うん。また、仲良くなりたいって思うよ。何も考えない、夢みたいに幸せな関係になりたいんだ。言葉だけで、唇からはがれて放られる言葉だけのゆるいうちにいてさ」
「夢みたいだね」
「うん……夢だよ」
「斜陽のなかにいる、これから滅んでゆく。卒業したあとがどうなるかなんてわからない。残された時間は一年と半分もない。そういったなかでできることは限られている。そのなかで何もかも忘れた、幸せのなかにいたいって、私も思うよ」
「今からみんな起こしてさ、千佳は不機嫌になるかな……花火しようか」
「そうだね……千佳起こしてくるね」