donuthole.org / novels / 廃屋に花 / 1章-10

120905(Wed) 21:09:22

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 翌日、わたしは何も思っていない風な顔をして小湊さんと顔をあわせる。昨日の想像というか、妄想のことを思いだすと居心地の悪いような思いをするけれどそのことは顔にださなかった。魔法の練習の成果、だと思う。
 今日からはお弁当を教室でたべることにした。彼女と仲良くしていたらいつかは目をつけれてしまうから(もうつけられているけれど)、どこでお昼をたべようと、その日が早くなるか遅くなるかの違いでしかなかった。
 教室の隅で机を寄せあい、一緒に食事をする。彼女は大江さんのつくってくれたお弁当をほめてくれる。
「今日、学校へ来る途中に花梨の木をみたよ。三本も。秋乃のいうとおり、いろんなところに生えてるんだね」
「よく、花梨の木ってわかったね」
「教えてもらったからね。薄いピンクと紅色の花で、葉っぱの外側が黄緑いろで、真んなかが濃い緑。ちゃんと覚えてるよ」
 魔法、小湊さんはどうしたらよろこんでくれるだろう。笑いかけたら、よろこんでくれるかもしれない。けれど、それ以上に、なにかもっとよいことをしてあげたくなる。どうしようとも決めないまま手を伸ばし、彼女の手を取ろうとしたとき、大きな音がした。
 振りかえり窓際のほうをみると椅子とひとが倒れていた。倒れた子は小湊さんと仲良くしようとしていたグループのひとりだった。顔を見合わせて立ちあがる。わたしたちよりも先に、そのグループの子たちが倒れた彼女を取り囲み心配そうにしていた。
「どうしたの?」
「わかんない。けど、いきなり倒れちゃって」「貧血かも」「こいつ、朝から調子悪いっていってたよ」彼女たちが口々にいう。
「保健室、連れていくね」
 倒れた彼女が悪いという訳でもないのに、すこし苛立っていた。小湊さんとわたしのことを邪魔されたような気がしたからだ。倒れた子はすぐに目を覚ましたけど、大分ぼんやりとして足元がふらついていたので肩を貸して歩いた。保健委員だから、好きではないひとでも介抱しないといけない。そのことが腹立たしかった。
 保健室へはいるとぐったりとした彼女をみて先生が駆けよってきてくれる。寝かしつけて、貧血だろうからしばらく休んで、帰ってもらうとのことだった。横になる彼女は教室にいたときよりも安らかな顔をしていたけれどそれでもつらそうなことには変わりなくて、それなのにわたしは小湊さんとのことを邪魔されたと思ってしまっていて、とてもよくないことを思っているような気がする。
 わたしたちはつぎの授業の社会の先生へ彼女が授業を休むことを伝えにいく。そうこうしているうちに昼休みの時間は減っていき、それに、なんとなく教室にも帰りづらくなる。きっと、倒れた彼女のことを訊きにくるひとがいるから。そのひとたちが彼女のことを心配するのはわかるけど、たくさんのひとに囲まれ、口々に質問をされることを思うと怖いような気分になる。そのことを小湊さんに伝えると、昼休みがおわるまでどこかにいようといった。授業が始まってから戻れば、何も訊かれることはないからと。
 そうして、普段はだれも使わない中庭側の外階段へ出た。外階段は金属の柵ではなくコンクリートの塀で囲われていて、座っていれば誰にみられることもない。
「……花梨の木の話、途中だったね」階段に座り、小湊さんのほうから口をひらく。わたしは無言でうなずく。彼女は引き締まった面持ちをしていた。じっとこちらをみていて、すこし身構える。「秋乃のすきなものの話をきかせてもらってうれしかったよ」髪をいじっている。緊張するようなことが何かあるのだ。「あたしの好きなものも教えたい、」
「いいよ」諦念だろうか。きのうの考えを翻す言葉を口にしていた。
「……けど、教えたいけど、教えられないんだ……」
「どうして?」
「好きなものがどんなものだかわからないの」
 きっと、つらいことなのだと思う。好きなものがどんなものだかわからない、わたしには想像のできないことだけど、彼女の悲痛な表情をみていれば、想像の端緒をつかむことはできそうな気がした。
 隣りあった肩が触れる。手が重ねられ、顔が近づく。このあとどうなるかわかる。サーシャのいったとおりだ。
 流されている訳ではない。よろこぶようなことをしたげたいと思う訳でもない。そんなことを思って、口づけなんてしない。
「…………」
 唇どうしがふれる。すぐあとに離される。ため息みたいな小湊さんの息が唇と鼻先、頬をすべる。おべんとうのにおいがする。
 どうして、とは訊かない。そんなこと訊かれたくないだろうし、知りたいと思わない。何か理由があって、こんなことをしてくれるなんて嫌だ。
 サーシャのことは考えない。けれど、わたしは、わたしの行く末のことを想像してしまう。怖いことが何かあるだろうか。小湊さんのことはやっぱり、よく知らない。
「小湊さんは――」
「結那、って呼ばれたいよ」
 また、サーシャのことを考えかけ一瞬ためらう。その気持ちはすぐに飲みこんだ。わたしはいま、小湊さん、結那とふたりでいるのだ。
「……結那は、わたしは、結那のことをよく知らない。これから知っていけばいいことなのかもしれないけど、そうしたら、きっと大変だよ。けんかすることもあるだろうし」
 仲良くなって、つらい思いをすることも悲しい思いをすることもあるだろう。そうしたとき、わたしはどう振る舞うのだろう。つらいことは、ほんとうにつらいだろう。他に何も考えられないくらいに。悲しかったら、何にも手をつけられなくなり、一日中つらくなることばかりを考えてしまうだろう。もとから、わたしは想像をしすぎる質かもしれないから、ありもしない、けれど、想像のうえではありえる突拍子もないことをずっと考えることになるのだ。考え、想像にのまれ、打ち消すことのできない恐怖に恐慌をきたすのだ。
「今月末、旅行へ行くの」
 けれど、わたしは彼女の気持ちに応えたかった。別にそれは、好きなもののわからない彼女に自分を好きになってもらいたいとか、そういう訳ではない。まだ短いあいだだけど、一緒にいて、これからも一緒にいることを、これから起きる数々のことを想像している――つらいことも悲しいことも、楽しいこともあるだろう――から、彼女の手をとりたいと思っているのだ。
 彼女の手をとったら、何が起きるだろうか。きっと、今のままの関係ではいられなくなるだろう。結那のことも、サーシャのことも、わたしたちの関係は変わってしまうはずだ。それは怖いことだけど、その怖さを飛び越えて、彼女の手をとりたいと思っている。