donuthole.org / novels / 廃屋に花 / 2章-11

120920(Thu) 22:24:07

閲覧数 1631

6

 翌日は昼前までゆっくりとして水族館へ行くことになった。予想通り、昨日の夜から雨が降り始め、雨脚はつよくないけれどしとしととお屋敷と森を濡らし、海の表面を毛羽立たせている。結那はあれだけ寒がっていたのに風邪をひくことはなかった。
 二台のセダンが数十分をかけて水族館へつく。水族館へいこうといったのは誰だろう。菊太郎かすみれさんか、かずみか。それともいちかか大江さんなのか。薄暗い館内でもサーシャの目の輝きが見てとれた。あまりこういうところへくることはないけれど、むかしいった旅行では、動物園をいちばん楽しんでいたのも彼女だった。結那はというと彼女のほうもサーシャほどではないけれど楽しんでいるみたいで水槽に張りついている。わたしだって、魚をみることの何が楽しいのかはわからないけれど、水槽の底で胡乱げな目を明後日の方向へむける魚をみていたら結構楽しい気分になった。
 一通りまわって、イルカショーをみて(席は最前列だった。サーシャは興奮してからだを動かせ、水よけのビニールを直すのはわたしの係だった)、館内のレストランで遅い昼食をとった。あとの予定は決まっていないらしく、わたしたち三人とかずみ、菊太郎とすみれさんの組にわかれてあたりをまわることになった。その頃には雨もあがっていて、また海の遠くに晴れ間が光り、天使のはしごが降りていた。
 ふたりはどこへ遊びにいくのと菊太郎に訊いたけれど、決めていないと返された。すみれさんは苦笑いしながら、あたしたちは遊ぶのが苦手なのよと冗談めかしていう。遊ぶのが苦手というのはよくわからなかったので考えこんでいると、お屋敷でひとりですごすのはいくらだってできることがあるけど、旅行にきたらお屋敷にあるものは何もないもの。いつもしていることが何もなくなって、もういい歳なのに好きにしなさいっていわれて困惑しちゃうのよといわれた。旅行にきたら、観光地なら何かあるんでしょうけどね、ここら辺は住んでいたときからこっちのお屋敷にこもっていたからみるものを何も知らないのよ。魔女は、魔女だから、普通のひとがする遊びかたなんて知らずに生きてきたの。あたしは生まれたときからこの姿だったのよ。生まれたときからこんなにしわだらけで偏屈な魔女のおばちゃんだったのだから、と続けられる。
「わたしも魔女になったら、生まれたときから魔女なのかな?」
「そうだねぇ……魔女になったら、そうなるわね。けど、あたしがいるわ。あたしは秋乃のちいさい頃を知っているわ。秋乃が魔女になって、あたしが死んじゃったら、生まれたときから魔女だねえ」
「すみれさんが死ぬなんて嫌だよ」
「魔女は、死ぬことを恐れたりなんてしないのよ。そんなものは、生まれたときから知っている、あたりまえのことなのだから。あたしは、悪魔と交わって生まれてきたわ」
「そうだね。すみれさんはそうだよね」
 常に気を張り、常に魔女らしくなくては魔女であれない。すみれさんはそれを何でない風にするけれど(苦労しているようにみえたらもう魔女じゃない)、わたしは魔女になれるだろうか。
「心配がらないの。いつだって、自分のこころを隠しているのよ。本心をみせたら悪魔にとりいられるわ」
 そういって彼女は車に入ってしまう。わたしも車に乗り、どこか観光へとでかけてゆく。かずみも行き先を決めていないらしく、車はあたりを流し、名前も知らない駅前へはいる。海水浴場があるらしいけれど、四月では当然あいていなくて、シャッターを下ろしている店が多い。とりあえず何かみるものはないかと車を降りた駅前には小さな土産物屋や雑貨店と個人商店をあわせたような店が三軒ほどあった。どの店もひとははいっていない。
 あたりを見渡す。坂のうえにのった街で、民家と店や、二階部分が住居になった店などが雑然と積み上げられているような感じだ。民宿の看板を出しているものもあり、夏になったら賑わうのだろうけれど、やはり閑散としている。スーパーなども見えなくて、きっと、生活の中心は他にあるのだろう。
 結那とかずみは車のなかで縮こまったからだをほぐそうと伸びをしていてわたしもそれに倣うけれど、サーシャだけは何か楽しみがあるらしく水族館と同じように目を輝かせ、ここらで取れたのだろうか、ショーウィンドウにならぶ貝殻や特産なのか知らないけれどがらす細工や竹細工、軒先にならぶプラスチックのバッドやゴムボール、バドミントンのラケットや水族館でもみた海洋生物のぬいぐるみなどを見てまわっている。
 どれをとってもいったい誰が買うのだろうかという気がしてくるけれど、これだけあったらひとつくらいは誰にでも気にいるものがあるのかもしれない。
「ねえ、見てまわろうよ」
 かずみに断り、一軒の土産物屋へはいってゆく。ことさら欲しいものはないけれど、いちかと大江さんになにかお土産を買っていくのもいいかもしれないと思い乾菓子をみてまわる。けれど、こんなものを喜ぶだろうか。
「サーシャは何か欲しいものでもあるの?」
「何かあるって訳じゃないんだけど、みてると楽しいよ?」
 そんなものなのかなと思い、再び店内を見てまわる。やっぱりみるひとなんていないのだろう、明かりはついていないし、店員さんもいない。古ぼけた木の棚のひとつには髪飾りやゴム、カチューシャなどが置かれている。これもこのあたりのものでつくったのだろうか、貝で飾りの部分をつくった髪飾りはいちかが喜ぶかもしれない。大江さんは、もっと可愛らしいもののほうが好きだろうか。海だからか、貝の細工が多く、髪飾りはいいとしてもニポポみたいな置物はやっぱり誰が買うのかわからないし、壁にかけられた三角の旗みたいな布も売り物らしいけれど、やっぱりよくわからないもので、蟹をかたどったキーホルダーは可愛らしい気がするけれど、これも、部屋に置いておいたらそのうちにあることを忘れてしまいそうなものだった。
 結局、店の奥にいた店員さんを呼び貝の髪飾りとウミガメのぬいぐるみを買った。大江さんの部屋は、ベッドの周りにぬいぐるみが積みあがり城塞みたいになっている。サーシャのほうは、さっきの蟹のキーホルダーを三つ、おそろいだといって買った。彼女のほうでもそう思うらしく、あっても忘れちゃいそうだねといって笑う。けど、そういうものって好きという。
 外にでると結那が待ち構えていた。
「海、いこう!」出し抜けにそういわれる。
「泳がないよ?」
「わかってるって。ほらこれ、さっき買ったんだ」そういってバドミントンのセットを差しだされる。差しだして、かずみと一緒に笑っていて、いつの間にか仲良くなったらしい。
 海までは歩いてすぐで、周りを見てもこの街のひとなのだろうか、自転車ですぎていく同い年くらいの制服姿の男女と、老婆しかいなかった。結那は結那で楽しいのだろう、バドミントンのセットをあけると風に飛ばされそうな包装を走って車へおきにいっていた。雨はあがったけれど、晴れているのはまだ海の遠くのほうだけで、こちら側はまだ曇って風もある。結那の打ちあげるシャトルは風にあおられ、ふらふらと飛んでゆく。かずみはヒールのあるサンダルを履いているため、堤防に座っていたけれど、そのうちにサンダルを脱いでバドミントンをするといいだした。足のうらを怪我しないかと心配になるけれど、彼女のほうは気にしていないのか、旅行ということで開放的な気分になっているのか、濡れた砂が気持ちいいと笑っている。
 交代交代で二本のラケットを使い、はじめたときはそうでもなかったのに一時間もすれば楽しくなっていた。やがて陽が翳るころには風がつよくなり、雲を散らし晴れ間をのぞかせ、シャトルは飛ばされ海の向こうに消えていた。
 言葉数は少なく、けれど楽しかった。言葉の通じない遠い土地ではないけれど、開けた海岸で、ありふれているかもしれないけれどお屋敷のほうではみることのない景色で、旅行という気分になっていた。シャトルが消えてしまってからはラケットをぶらぶらさせながら堤防で閑談に興じた。外房で、夕陽は海の向こうには落ちないけれど、それでも陽が暮れるまでそうしていた。