donuthole.org / novels / 廃屋に花 / 2章-2

120907(Fri) 20:54:09

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 お茶が運ばれてきてすぐ、結那と同じように私服に着替え、鞄を抱えたサーシャはやってくる。
「あっ、ゆいもうきてる!」
 わたしが結那と呼び始めたのをきいたからか、サーシャは結那のことをゆいと呼ぶようになっていた。
「んー。学校帰り一緒だったから」結那はなんだかにやにやした風にいう。サーシャも結那も、仲がわるい訳ではないけれど、たがいに当てこすりをいうことがよくある。思い上がりかもしれないけど、たぶん原因はわたしだった。サーシャはわたしと仲良くしようとする結那のことを疑っていて、結那はわたしとサーシャのことが気になるらしい。
「だいじょぶ? 荷物重くなかった」サーシャが口をひらくより早くわたしが口をひらく。
「だいじょぶだよ。あんまりたくさんもってこなかったから。遅くなったのは酔い止めの薬さがしてたから」
 ショルダーバッグを椅子にかけてサーシャはわたしの手をとる。手をひかれるままにしていたらベッドに座らされ、膝のうえに彼女は座る。わたしのほうからではわからないけれど、きっと得意げな顔をしているのだろう。結那は悔しげな表情を浮かべている。どうしたものかなと思いながら習慣で彼女を抱きしめる。やってしまったと思ったときには、結那はわたしたちのことなんて気にしていませんよという風に茶碗に口をつけていた。
「今日のサーシャは甘えんぼだね」
「そんな気分かも」いつもはわたしが甘えることが多いのに、結那といるときは彼女のほうから甘えてくる。
 それでも、結那のほうが年上だ。ティーポットからお茶を注ぎ、サーシャに差しだす。いつかのような光景だなと思いだす。サーシャはありがとといって腰を浮かせないままソーサーに手をのばす。わたしのほうへ重くならない程度に軽くもたれて、からだが揺れないようにしてお茶をのむ。
 わたしの部屋にテレビはない。テレビのことを話題にするような友達はいままでいなかったし、観たい番組があればリビングへ行けばいいので気にしていなかった。けれど結那はテレビっ子らしくて、ときどき昨日観た番組のことを口にしたりする。わたしがあまりテレビを観ないことを知ると、そういったことを話題にすることも少なくなったけれど。
 なので、部屋にはときどき沈黙が降りる。正確には、沈黙を意識するタイミングができる。夕方になるまえの午後で、黄色い陽が窓のほうから差しかけ、振りむくと庭のまだ背の低い草に覆われた庭を照らしていた。サーシャは飲みおえたカップをサイドボードにおいて、すっかりわたしにもたれかかっていた。窓は開けっ放しにしていて風にカーテンがそよぐ。
 椅子に座っていた結那が立ちあがり、ベッドで横になる。横になり、わたしの膝のあいたところに頭をのせてきた。口づけと膝枕はどちらがより親密なことなのだろうか。すこし困り、きっと嫌がりはしないだろうけど、もし嫌がられたら嫌だなと思いながら前髪を撫でた。今度はサーシャがわたしにしがみつき、肩にあごをのせた。なんだかとても困ったような気分で、ふたりの髪を撫でる。
 わたしは、どうしたらいいのだろう。
 サーシャに好かれるのも、結那に好かれるのもうれしいけれど、ふたりいっしょにこうしていていいのだろうか。考えているうちに、サーシャは眠ってしまっていた。起こさないように、わたしもゆっくりと横になる。
「んぅ……」
 寝息と寝言のあいだみたいな、半覚醒のぼやけた声が唇からこぼれる。
「起こしちゃったね」
「うう……寝てないよ?」
「疲れてるの?」
「きのう、あんまり眠れなかったの」
「宿題?」
「ううん。旅行、たのしみだから……」
「そっか。よかった」寝かしつけるように、指先で髪を払うように額をさそった。こうするとサーシャは目を細めて眠ってしまう。
 結那は手を伸ばしてわたしの脚に抱きつく。
「スカート、めくれちゃってるから……」
「みていい?」
「だめにきまってるでしょ……」
 明日までまだ時間はたくさんある。

 わたしは、あの日の選択を最良のものだと思っている。
 思い続けるだろうし、たとえよりよい選択をいまこのとき思いついたとしても悔やまないしその考えを伝えることをしようだなんて思わない。そうしないことが賢明であるからではない。たとえ間違っていても、正しいも間違いもなく、ただわたしは愚直にそのときのことを信じることしかできない。
 かたくなで、偏屈でありたいと思うのはいまも同じだった。