donuthole.org / novels / 廃屋に花 / 2章-3

120910(Mon) 22:43:14

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 長い時間がある。まだ陽が落ちるような時間じゃなくて、この時間になると丁度、西日の少しまえの光線がベッドのうえに広がる。三人の寝転ぶ姿のうえを、暖かな光がゼリーのようにくるむ。じっとしていると、制服の紺色のところが暑くなってくるくらいだ。肌がやける感じがすこしする。
 ふたりとも口をひらかず、わたしも何もいうことがなかった。サーシャはまた半覚醒の状態に戻る。結那はときどきからだをうごかし、セミロングの髪が脚をくすぐる。
 暖かな空気に麻痺してしまったようでいる。金曜日で、学校のおわったあとで、からだは重くて、皮膚の内側が空洞になって、蒸気のようになった眠気がいっぱいにはいっているみたいに重たかった。結那の腕がゆっくりと伸びることを、動かないからだでみていた。動かないのは、足元に結那がいるからだし、腕にサーシャを抱いているからでもある。手のひらが頬に触れる。陽だまりのなかで暖められ、指先がまぶたにかけられると意識もしないうちに閉じていた。手探りでわたしも彼女の頬に触れる。柔らかいけれど、すべすべとした感じで、結那はお化粧をするひとなんだと気がつく。
「そんなこと、しちゃだめだよ」目を閉じたままで、ふたりが何をとり沙汰しているのかわからない。
「どうして。あたしが秋乃にそうしたいって思うだけだよ」まぶたを開くと、外階段のときと同じ結那の顔が目のまえにあった。
「結那は嘘つき」
「嘘なんかじゃないよ。私が起きてるのも知ってて、それでもしようと思うなら、ゆいは、ひーちゃんとそうしたいんじゃなくて私にそうしているところをみせたいんでしょう」
 結那の手がわたしの指に絡められる。ああ、いけない。こんなことになってしまってはいけないのに。わたしはふたりに仲良くいて欲しかった。仲良くいて、わたしもそこにいて、そのなかでずっと煩うことなくすごしていたいのに。
「焦ってるの?」黙る結那にサーシャがまた声をかける。
「そんなこといって、思い上がらないで」
「思い上がりなんかじゃ、ない」サーシャは怒ったようにいう。なにか場を和ませられるようなジョークでもいえたらいいのだけど。きっと、お姫さまだったら、こういったとき誰も傷つけないような諧謔で場をおさめてしまうのだろう。「私は、ひーちゃんとずっと一緒にいるから。好きだけど、好きも何もないから」
 ひーちゃんと私は分けられないようなものの気がするの。わたしがサーシャを好きというのは変わりようのない、無意味な言葉。
 サーシャとながいあいだ一緒にいた。結那とは彼女にくらべるとずっと短いあいだ一緒にいた。だからといって、期間の長短をくらべて、ふたりを天秤にかけるようなことはする気になれない。きっと、もう、わたしは結那のことを大切に思い始めているのだろう。
 お姫さまの住むようなお屋敷に住んでいるけれど、お姫さまではない。気の利いたことをいうこともできない。
「わたしはふたりとも好きだよ」
 嘘みたいなことしかいえない。本当にそう思っているのに、きっとサーシャも結那も信じてくれないだろう。ふたりのことが好きなのはあまりにあたりまえのことで、説明をすることなんて考えもしなかった。
「サーシャの話す言葉が好きだよ。ゆっくりとわたしを落ち着かれてくれるところが。困った顔が好きだよ。まぶたが好きだよ。薄くて、閉じると二重のしわがすこしできるところが。肌がきれいな白色をしているところが。甘えてしまってもゆるしてくれるところも、小さなからだも、聡いところも、いつも頭を撫でてくれる手も、一緒に眠ってくれるのも、ときどき乱暴な言葉遣いをするところも好きだよ。好きといっても何も伝わる気がする気がしないくらい好きだよ。好きって、もういわれなくてもいいくらい好きだよ。
 結那の詮索しないでいてくれるところが好きだよ。学校にいるとき、手を握ってくれるとことが好きだよ。ふたり乗りをするのも、誰もかぶらないヘルメットをかぶっているところも好きだよ。花梨の木を見つけたことを話してくれたことも、さっきも、ふたり乗りをしながら話をきいてくれたね。きっと、結那は名前を教えた花を探して、見つけたら教えてくれるね。ずっと未来にも、そのときわたしがいなくても、花梨の木を見るたびにわたしを思いだしてくれるね。昼休みごとにふたりですごすのも、そのときお話しするのも好き。……わたし以外のひとじゃなくて、わたしと仲良くしようとしてくれたのも、いまではすごくうれしいよ。結那と一緒にすごす時間が大切だって思うよ」
 好きになる理由をいくつ並べたって、好きであることは全然いい表せはしない。
 理由を並べるごとに思っているはずのことから離れてしまう。信じてもらえるものは言葉のうちにひとつもないだろう。わたしの口からこぼれるものに一片の真実もなくなってしまっても、口にしつづけるしかない。何も真実が宿っていなくても、何度もいうしかない。説明しようとしつづけるしかなかった。つづけたって、思っていることはひとつも伝わらないのに。
 口にするたびに、ふたりを傷つけてしまう気がするのに、そうすることしかできなかった。

 当時のわたしは知らなかったことだけれど、そのときふたりに感じていた愛着や好意をつたえるためには、魔法が必要だった。魔法を使ったって思っていることがそのまま伝わる訳ではないけれど、ふたりに、ふたりともを好きだと思っていることを信じてもらうためには魔法が必要だった。魔法は、思っていうことを正しく伝える訳ではない。その形は変わってしまうけれど、強力な力となって、意思を侵してしまうことができる。わたしの感じていることをすべて捨て去るかわりに、信じさせることができただろう。
 いまでは、魔法は呼吸をするように使うことができる。けれど、当時に戻り、サーシャと結那に魔法をかけたいとは思わない。
 サーシャも結那も、いまでもわたしの隣にいてくれるからではない。
 当時のことを振りかえり、それを改めたいと思ってしまうことに耐えられそうにないのだ。
 中学二年生のときの、わたしたちのあいだにあったことがなければ、わたしはこれから先の未来を生きていくことはできないだろうから。