donuthole.org / novels / 廃屋に花 / 2章-4

120911(Tue) 17:18:29

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 それから日が暮れるまでわたしは喋りつづけた。喋りつづけて喉が痛くなった。いつの間にか関係のない話をしていて、ふたりを好きな理由はどこかへ消えてしまい、好きだと思う理由も消えてしまい、最後にはサーシャも結那ももういいよという風に泣きながら喋るわたしを抱きしめたり撫でたりしてなだめすかしてくれた。
 夕食ののち交代でお風呂にはいり、いつもより早く眠ることになる。
「サーシャはいつもどうしているの?」
 もう涙もひいて、悲しい気持ちもなくなっていた。
「……ひーちゃんと一緒に眠るときも、客室を借りるときもあるよ」
 結那の訊くのは部屋割りのことだ。ベッドは大きいけれど、三人がならんで眠れるほどは大きくない。
「秋乃と一緒に眠りたいな」
 サーシャは案の定むすっとした顔をする。またどうしたらいいのかわからなくなってしまい、わたしはふたりを見る。
「いいよ。いつも一緒だから。今日は客室で眠るね」
 そういって、わたしと結那はわたしの部屋で、サーシャは二階の客室を使うことになった。
「ひーちゃん、おやすみ」
 框を踏みながらためらいがちにサーシャは振りむく。ふたりのときだったら、彼女が客室で眠ることをさみしいと思いはするものの、こんなに気にかけることはない。
 視線がさまよう。わたしはベッドから立ちあがり、サーシャと目線をあわせる。「おやすみ、サーシャ。またあした、ね」頬に口づける。口づけのひとつでごまかせるとは思わないし、ごまかしのためにした訳ではない。ただ、そうしたい気分だった。
「うん……おやすみ」
 笑ってくれるのがうれしい。さっきまで泣きだしそうだったのに、いまは一晩を煩うことなく、ベッドにはいったらすぐに眠れそうなような顔をしてくれていた。
 ドアが閉じられる。「ねえ、あたしにもしてよ」
「……だめだよ」明かりを落とすと、部屋は真っ暗になる。
「えー?」
「サーシャはひとりで眠るけど、結那は一緒に眠るでしょ」
「サーシャは特別?」
「ちがうよ」
 明日は朝早くお屋敷を出る。とはいっても学校へ行くのとほとんど変わらない時間だけれど、休日は遅くまで眠るわたしにとっては早起きだった。「ほら、眠ろう。寝坊しちゃうよ」
「秋乃は遠足の前日眠れないひと?」
「どうだろう。むかしの学校だとそうだったかな。でも、こっちに越してからは眠れたよ」
「あたしはまえの学校だとよく眠れたよ。でも、今日は、明日が楽しみだな」
「よかった。ねえ、急に誘っちゃったの、本当に大丈夫だった?」
「うれしいよ。本当に……」
「どうしたの?」
「ううん。思っていることを伝えるのって難しいんだね。すごくうれしいんだけど、なんていったらいいのかわからないかも」
「笑おう」
「笑うの?」
 すみれさんに教わったことだった。うれしいときは笑っていればいいっていっていた。好きな気持ちを伝えるときはどうしたらよかったのだろう。
 手を伸ばし、結那の頬を無理矢理ゆるめる。「ほら、うれしそう」
「よかった……」
「うん。わたしも、結那と旅行いけるのうれしいよ」そういって、練習した笑顔を向けてみる。「そうだ、結那はよく旅行へ行くの?」
「旅行? 夏休みには毎年、家族で行くよ」
「そっか。うちは、ときどき、いきなり行くんだ。明日行こうとかって菊太郎かすみれさんがいいだして。今回はすこしめずらしいかも。結那は、旅行、好き?」
「どうだろう? そんなに好きじゃないかな。家族が嫌いな訳じゃないけど、毎年、夏休みになったら旅行にいくって習慣があんまり好きじゃないかも。それに、弟がいるからね、あたしは、お姉ちゃんだから」
「わたしは好きだよ。いつもみない景色がみえるから」
 もう眠る直前で、わたしは布団のなかで丸まり、結那は上体を起こして携帯をひらいていた。真っ暗ななかになれた目に眩しかった。
「なにしてるの?」
「目覚ましかけてるの。あした、寝坊したくないから」
 わたしは携帯をもっていない。いままでは、サーシャがもっていないから必要なかった。
「秋乃も携帯もったらいいのに。メールとかしたいし、夜、眠るまえに電話とかしてみたいな」
「考えておくね」
 携帯は閉じられ、部屋は再び暗くなる。結那の顔はぼんやりとしか見えない。布団に潜りこむ音が聞こえ、手の甲が触れる。サーシャといつもそうするように抱きつく。結那のからだは当然だけどサーシャよりも大きくて、驚く。
「どうしたの?」
「ううん」
 サーシャとふたりで眠るときはいつもこうしていた。年上なのに、甘えるのはわたしばかりだった。
 結那のからだはサーシャよりも体温が低い。さらさらとした肌にからだをこすりつけているうちに、すぐに眠りはやってくる。