donuthole.org / novels / 廃屋に花 / 2章-5

120913(Thu) 00:11:13

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 朝、陽がのぼったすこしあとに目を覚ます。薄いカーテンに色づくまえの光が透けている。隣にいるのは結那でベッドから落ちていることも、落ちかけていることもなかった。
 目を覚まさないかと期待するのと、起こしてしまったらわるいと思うののあいだでゆっくりと指を握ったけれど起きる気配はない。部屋に時計は置かないから時間はわからない。喉がかわいていて、大江さんかかずみさんなら起きているかもしれないと、こんな時間に起きたことはほとんどないけれど期待しながら音をたてないように部屋をでる。
 夜は布団の重さに潰されそうになりながら眠るのが好きなので薄着で眠る。まだ朝靄がでる庭を二階から眺めていると寒くて、早足でキッチンへ降りた。
 キッチンにはかずみも大江さんももいて、サーシャもいた。朝の弱いサーシャなのに、今日は珍しく起きているみたいだ。起きているといっても、椅子に座って目を閉じ、からだを右へ左へ揺らしている。
 わたしのほうをみたふたりに唇のまえで指をたててゆっくりとサーシャの隣の椅子に座る。彼女の両手はマグカップをもっていて、なかのミルクティがゆらゆら揺れている。こぼしてしまいそうなそれを取りあげるとまだ大分眠たげにまぶたをひらく。
「おはよ……」
「おはよう、サーシャ」
 椅子をななめにして、サーシャはわたしに抱きつく。ミルクティがこぼれて、指を伝った。
「どうしたの?」
「ん……いっしょに眠りたかった……」
「そっか……ごめんね」
 想像以上にわるいことをしてしまった。きっと、三人でも狭くはなってしまうけれど、サーシャはベッドから落ちて風邪をひいてしまうかもしれないけれど、一緒に眠ればよかった。わたしは、彼女にわるいことをしてしまった。きっと、一緒に眠って風邪をひいてしまっても彼女は悲しむだろうけれど、いまさみしいという彼女のことをほったらかしにしてしまったのだ。
 何分かそのままの姿勢でいて、サーシャはまた頭をこっくりこっくりと揺らしはじめたのでからだをはなす。指を拭こうと布巾をとろうとすると、手をとられ、指を舐めるのでくすぐったく笑ってしまいそうになる。
 椅子をくっつけ、ふたりでひとつのマグカップを持ち、ミルクティを半分ずつ飲む。かずみたちはせわしなくキッチンを動きまわる。朝食はあとでといい、部屋に戻る。出発までまだ何時間かあるし、わたしもサーシャも眠たかった。もう朝だから、ベッドから落ちても風邪はひかないだろう。
 キッチンは暖房がついているけれど廊下は冷えていて、戻るころには足元から忍び寄る冷気に手足がすっかり冷えていた。サーシャを真ん中にしてベッドにはいると、やっぱり狭かった。狭いけれど身を寄せていると温かくて、手をつないでまぶたを閉じるとまたすぐに眠ってしまう。

「だって昨日も一昨日もずっと楽しみであんまり眠れなかったんだよ」
 眠ってしまって、寝坊した。わたしとサーシャがベッドにはいっても目を覚まさないほど結那は熟睡していたし、わたしもサーシャも寝不足で目覚ましには誰も気づかず、結局かずみに起こされるまでだれも目を覚まさなかった。
 出発する予定の時間ぎりぎりになっていて、慌ただしく朝の支度をする。サーシャは部屋のクローゼットに着替えを入れているけれど、結那は一階にバッグを置いたままなのでとりにいかないといけない。彼女は勢いよく部屋を飛びだし、わたしは扉の向こうに消えた背中と口を開けたままの伝声管をみていた。予定通りに出発するなら朝食を食べる時間はなさそうだった。
「どれがいいかな」
 旅行に行くのも、街からでるのも久しぶりでどんな格好をしたらいいのか、パジャマを脱いでから考えてしまう。時間通りに出発しなくちゃいけない訳ではないけれど、寝坊してしまったという焦りからか順番があべこべになってしまう。
「これっ」
 サーシャは自分の引きだしからブラウスとカーディガンをとりだす。お正月明けにおそろいで買った服だった。「まだ一度しか一緒に着てないよ?」
 そういえばそうだったと自分の引きだしからからブラウスをとりだして腕を通していると、サーシャがじっとこっちをみていた。
 膝をおろして、目線のあう高さになる。彼女のブラウスをとり、腕を持ちあげる。「へへ。ありがと」
 向かいあい、互いにボタンを留めあう。前髪が触れ、額が触れ、唇が触れあう。
「時間、ないのにね」サーシャがいう。
「いいの。いまから急ご」
 最後のボタンを留め、タイツを穿き、スカートを穿き、カーディガンに腕を通させあう。またボタンを留め、鏡のまえにまっすぐならんで立つ。控えめなフリルのついた白いブラウスに、紺のカーディガン、同じ色のスカートは赤い糸で唐草模様みたいな植物の刺繍と白いレースがつき、白のタイツを穿き、家をでるときには金の一本ストラップの赤いエナメルの靴を履く。
 サーシャは小柄で、背は二十センチほどもちがう。かがんで背中から抱きしめると腕のなかにおさまってしまう。サーシャが笑ってわたしの腕を抱く。しばらくまえ、今日の服ではないけれどおそろいの服をきて街を歩いていたら犬の散歩のおばさんに姉妹みたいだといわれたことを思いだす。しばらくそのままの姿勢でいると扉が開いた。
「もう準備おわっちゃったの!?」
「まだ、髪とかしてないよ」振り返り、まだパジャマの結那をみる。
「あっ、ていうか服! おそろい!」
「へへ~。いいでしょ」サーシャはそういってまた笑う。結那は悔しそうにする。慌てていて気に留められなかったけれど、彼女にもわるいことをしてしまった。サーシャはきっと最初からわかっていたのだろう。
 わたしたちは髪を梳かして結び、最後に花をかたどったコサージュのついたカチューシャを最後にのせる。結那は手早く着替えをすまし、鞄をあさってブラシを探しているので手をとり、ベッドに座らせる。
「髪、とかしてあげるよ」
「わっ、ありがと!」
 結那の髪はわたしたちよりも短くて、さらさらとブラシがとおる。そのあいだにサーシャは自分のものとわたしの鞄を準備してくれる。
 そうして支度をおえ、玄関ホールに降りると大江さんといちかが待っていた。
「これ、朝食をつくっておきました。なかはサンドイッチと、水筒はストレートティとミルクティをいれてあります」
「ありがと。朝ご飯食べる時間なくてどうしようって思ってた」大江さんと話しているあいだにわたしたちの荷物はかずみがもっていってしまう。
 慌ただしかったけれど、時間通りに出られそうだった。
「いってきます、いちか、大江さん。また三日後にね」
 そういって玄関を出ようとすると、彼女は下駄箱のまえでわたしをみていた。いちかは、お屋敷からでることはほとんどないし、庭へでることもあまりない。さみしそうな彼女をみて、手をにぎる。
「秋乃は体温が高いね」
「そう? サーシャのほうがずっと温かいよ。わたしたちがいないあいだ、大江さんとふたりでだいじょぶ?」
「大丈夫だよ。こうみえても、秋乃よりはずっと年上になっちゃったから」
「そっか、よかった。じゃあ、今度こそいってきます」
 前庭へでるとかずみが最後の荷物を積み込んでいるところだった。
 旅行へはわたしとサーシャ、結那、菊太郎にすみれさん、かずみの六人でゆく。いちかと大江さんはお留守番だった。海までは車でいくことになっていて、けれど車は普通のセダンなので、六人が一緒にのることはできない。わたしたち三人はかずみの運転する車に乗り、菊太郎はすみれさんと乗る。荷物の大分は菊太郎の運転する車に積まれ、あいた後部座席だけど三人ならんで座ると腕が触れるほどだった。
 サーシャと結那はもう車に乗っていて、わたしが最後に乗ると、車は動きはじめる。窓をあけ、お屋敷のほうを振りかえる。いちかは玄関のぎりぎりまで、大江さんは玄関ポーチのまえで手をふってくれていた。