donuthole.org / novels / 廃屋に花 / 2章-9

120919(Wed) 04:49:48

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 私は部屋をでる。ゆいは疲れているといって休みたがったけれど、連れだした。
「ゆい、そとへいこう」
「あたし? ちょっと休みたいんだけど」
「ゆいと一緒に散歩に行きたいなって思うよ?」
「ふたりだけでいくの? わたしは?」
「ひーちゃんはおるすばん。内緒話がしたいの」
 こんなことをいったらひーちゃんは驚く。内緒話は内緒でするものだし、自分がきいちゃいけない話っていったらもっと驚くだろう。だから、おどろいた顔をしているうちにゆいの手をとって部屋を抜けだす。
「じゃあ、ゆっくりしててね~」
 気軽な風な声をつくり閉まりかけるドアの向こうに投げる。慌てて立ちあがろうとしてももう遅い。ドアが閉じてしまえばそれで終わりだ。
「……内緒話って、なに」
 廊下の真ん中で訊かれる。私はそれを無視して手をひく。いま話してしまっても面白くない。
「あんまり焦っちゃだめだよ。ほら、お散歩へいこう」
 内緒話をしようだなんていうからあからさまに警戒している。どうやってといたらいいのかなと考える。内緒話をすることだけは考えていたけれど、どうやって話のできる状態にしようとは考えていなかった。そんなことは、考えたところでわからない。ゆいの考えていることが私にわかるはずなんてないし、わかりようのないことを考えこんでも答えはでない。そのときになって、いちばんできることをやるしかない。
「ゆいの手ってつめたいんだね~」
 廊下を歩きながら世間話をしてみる。
「サーシャの手が温かいんじゃないの? 風邪ひいてるみたいだよ」
「ん~。ひーちゃんにもいわれるよ。サーシャはあったかいねって、冬とか猫みたいにね、湯たんぽみたいにされちゃうんだ」
 階段を下り、玄関に降りる。三沢さんとすれ違う。「どこか行かれるんですか」「探検にいってきます。ひーちゃんは部屋で休んでるよ」
 外にでて、屋敷の周りを歩く。建物の形はちがうけれど、やっぱりサツキとメイのおうちみたいだとおもう。特別好きな訳ではないけれど、トトロはひーちゃんとあうまで、ひとりで家にいるあいだ何度もみた。そのあとも、何度もみている。ほんとうは、まっくろくろすけもネコバスもトトロもいないことはわかっている。けれど、そういったものがいたらいいと思う。ひーちゃんが屋根裏部屋には怪物がいるといっていた。あれだって、ほんとうはいないってわかっている。だけど、ほんとうのことなんてどうでもよかった。いてくれたらいいと思う、そういった空想のものが身近にあってくれてらと思う。さっき、まっくろくろすけが見えたのだって、急に光が目に入ってきたからだってわかる。でも、見えたものが光の作用なんかではなくて、ほんとうのまっくろくろすけだって信じている。
「それで、話って?」
 屋敷の裏手に出て、十分にひとの目の届かないところへきた。苛立ってはいないみたいだけど、気になっているのだろう、何の準備運動もなくゆいは再び口をひらく。どうやったら、いちばん優位に話が進められるかなと思う。
「私、ひーちゃんのことが好きなんだ」
「……知ってるよ」
「ゆいも好きなんだよね」
「……うん。ねえ、そんな話をするの?」
「どんな話?」
 ぎゅっと眉間に力がこめられるのがわかる。なにか、大切なことを口にしようとしているってわかる。
「あたしは。引っ越してくるまえそういう話を何度もきいた。あたしのむこうの友達はみんなそんな話をしていた。誰が誰のことを好きだとか。好きで、その友達が他の男子のことが好きだから、他の子はそのひとのことを好きなっちゃいけないって、そういう、協定みたいな話。あたしは好きなひととかいなかったからそういう話をしなかったけど、そういうのって気持ち悪かった。ひとが思うことを縛って何でもない風にすることが、そういうような協定を結ぶことが普通のような顔をしているのが。サーシャは。あたしとそういう話がしたいの? サーシャが秋乃を好きだからって!」
 早口の長い言葉は、それを用意していなかったということだろう。そして、早口の強い口調は、自分の領域を崩されないようにしているからだと感じ、その通りに返事をする。
「私、ひーちゃんがすっごくすきで、ひーちゃんがいなかったら生きていけないんだ」
 私は短い言葉で返す。
「だから、手を引いてっていうの?」
 きっとそういうことをいうのに慣れていないのだろう、その言葉を吐いたときゆいは自分の言葉にたじろいだような顔をした。
「私、ゆいのこと好きだけど、ひーちゃんがゆいのことを結那って呼ぶようになったから、私はゆいのことをゆいって呼ぶようにしたんだ。ふたりが仲良くしているのが怖いから、わたしもゆいと仲良くしようと思った。
 私、怖いのかも。ゆいにひーちゃんがとられちゃうって思って。
 私はひーちゃんのことが好き。ゆいは、ひーちゃんのことが好き?」
 素直になって、卑屈になってはいけない。私は私の思ったことを話すだけだ。
 言葉の頭には私とつけ、私以外のものを閉めだす。私は、私がそう思うからそう発声する。私が、私自身で思ったことは正しいもまちがっているもなく、ただ思ったことで、正しさの尺度で測ることを否定しようとする。
 そういった、打算めいた言葉を話すのには慣れていた。そういった言葉以外のことを話せるのはひーちゃんと母以外にいないから、誰にだってそうしていたから、慣れていることだった。
「……ねえ、きかせてよ。サーシャは、秋乃のことが好きだから、あたしがもしそうだとして、秋乃のことを好きって思うことを禁止しようとするの?」
 ひーちゃんのことが好きで、ひーちゃんがいないと生きていけないと思う。ひーちゃんと私が分かちがたいものだと思うと同じくらい、分かれてしまうことを恐れている。ゆいが私たちのあいだを分かつものであるかどうかは、分かたれてしまうか、私たちのどちらかが死んでしまうまでわからない。けれど、そうでないと信じることはできる。
 そして、私はそうでないと信じたかった。
「――禁止、しないよ。けど、私はひーちゃんが好き。ゆいがひーちゃんのことが好きっていったら、私は怖がる」
 じっと目を見る。嘘を許さないという仕草だ。嘘をついたら、見抜いてしまうと警告する。
「……あたしも、秋乃が好きだよ」
「私、ひーちゃんとよく一緒に眠るよ。眠って、口づけをしたりする。あたりまえみたいに、そういうこと、する」
「何を、なんでそんなことをいうの……」
「ゆいは、ひーちゃんと、キス、したことないよね?」したことがない、という答えをききたがっていた。きいて、安心をしたかった。
「――あるよ。なんども、お昼休みに、するよ」
 ああ、だから、名前で呼びあうようになったんだなと思ってしまう。そんなのは、本当はわからないことなのに。ゆいかひーちゃんか、そうしだしたのはどちらかわからない。けれど、私はゆいがひーちゃんに口づけ、それを境にすべてがそうなってしまったのだと信じてしまう。まったくの空想で、理由は他にあり、関係のないことなのかもしれないし、いくつもある理由のひとつであるかもしれないのにもかかわらず、口づけのひとつに理由をよせたくなってしまう。
「そっか……」
 落胆でも、ひーちゃんに対する失望でもない感情に支配される。きっと、ひーちゃんとゆい、中学生とか女同士とか、そういうことを気にするような関係でなければ、ふたりのあいだでできることは何だってできて、起こりうることなんだ。私とひーちゃんが中学生と小学生とかそういう関係でないから、ひーちゃんが甘えてくれるように。
 危機感からではない。彼女のことを、ひーちゃんの友人の中学生とみなくなった、ひーちゃんのことが好きな、ただのひとだと思うようになった。私は彼女に口づけをする。
「…………」
 彼女は力を失ったみたいにからだをだらりとさせ、私にもたれかかる。
 もう一度、今度は唇じゃなくて額にして、からだを離す。手をつなぎ、歩きだす。
「ゆい、ゆいのことも、好きだよ」
 彼女は私のことを嫌いというかもしれない。もともとそんな関係ではないけれど、もう気安い関係にはなれないかもしれない。けれど、それでもよかった。
「ありがと……」