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文学フリマ9でだしました。
本文+表紙: http://donuthole.org/data/pdf/bless.zip

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1

 世界は苛烈だ。
 わたしたちがどんな手を尽くしたとしても、兵隊のようにやってくるものたちは抵抗する間もなく大切なものを奪ったり傷つけていったりするのだ。
 しかし、素敵なものに抱かれているときにも、凶悪な敵と対峙しているときにも、目の前にあるのは未来でも過去でもなく、ただの現実でしかない。
 彼が地面と世界に膝を屈するとき、わたしは空を見ていた。荒廃した世界で空だけが以前のままきれいなのだなぁ……と思うのはどうしようもなく陳腐で、くだらなくて自分でも嫌になってしまうの
だけどただの現実逃避かそんなことを当たり前のように考え、受け止めていた。そして、一メートルと離れていない距離で倒れた彼のことなんて一寸も考えていなかった。
 わたしは荒野に立つひとりの人間だ。可愛らしげなひらひらの(たとえば、レースだとか、リボンだとか、甘い色をしたマカロンみたいに膨らんだボタンだとか)ついた服を着て、何者にも守られず、荒い風の吹く野に立ち尽くしていた。 混乱しているかといえば、そうでもない。ただ、薄い膜のようなものが周りを包んでいた。風に巻き上げられた砂がからだを叩いても、それにひるむことも、怯えることもない。すべての人と文明の滅んだ世界には恐れるものなんて何も無いのだ。きっと、いつかわたしもこの風と同じく粘度のごく低いものになれるだろう。服も、もう、誰からの視線からからだを守るものでも、誰かのためやわたしを飾るものではなく風と砂から身を守るためのものなのだから。
 決心して歩き出す。
 巻き上げた砂が空を覆い、太陽を隠す。苛烈な光線は遮られ、あたりはにわかに寒くなる。熱狂は奪われ、ただ、死んだからだと宇宙のように冷たくなる。まだ、幾許かの記憶が残っているわたしは思い出す。「これ以上まだ望むのいずれも失うのに。太陽だっていつか消えて宇宙全部凍りついて山も海もついでも愛ももれなく死ぬわけで。でもたしかに少なくとも僕らの住むこの時代は光のある世界で」という詞のあった歌のことだ。みんな消えてしまうのだ。つい少し前までわたしの生きていた世界に、まだ光はあっただろうか。空は眩く光り、気を抜けば眼が潰されてしまいそうだったような気がする。でも、それは、幼少期の思い出のような美化されたものだったかもしれない。そして、恋人が殺された。恋人、の前に、最愛の、なんて形容がついたかはもう覚えていない。荒野にはもう、わたしにしか意味や、意味を決定する意思が残されていなくて、文明のあった時代に遺されたまとまりや意味は薄く拡散している。わたしのもつ記憶も、岩砂漠と礫砂漠のあいだのようなこの荒野の岩みたいに風化を始めている。削られ、風にさらわれ、さらさらと、粘土の低い風と空気にまぎれていくのだ。太陽はもう、砂塵におおわれている。あたりは暗く、岩の落とす影は小さくなっていく。恋人の殺された風景も、あるかどうかもわからない理由を推測する必要もなくなった。せめて、人間らしくという声もあるかもしれない。頭の中の、いわゆる人間らしいという役割を担当している小人がごく控えめな声でそんなようなことを叫んでいた。意識の小人の中心にいるわたしは、もう、そんなことはいいんだよと小さな声でいった。この、うつくしい世界の中でそんなことを気にする必要はないのだ。理由もなく、弁明も解釈もなく。ただ、目の前にある光景がそんな気分
にさせていた。
 この一瞬こそが大事。
 なのだと。たえず形の変わる砂埃が、巻き上げられた砂に隠される太陽が、光で濃さを変える影がただ圧倒的だった。古代の人間はどうやって生きていたのだろう。もしくは、集団の中で個を作る生物のいなかった時代には。個というもののなく、単細胞生物のように単一の遺伝子を守るために存在していたものだった時代には、ときどき、分裂して自己を複製し、遺伝子を遺す。孤独だっただろう。母に抱きしめられることもなく卵を膨大な世界に遺され、ひとり目を覚ます。新たな視線は小さな脚で地面を踏み、生きていく。孤独だっただろう。あまりに孤独で、孤独と思うこともなかったかもしれない。森に棲む賢者のようであったかもしれない。淅瀝の声をきき(きき?)プログラムされたように生きていく。しかし、それは、滅びた文明にいた人たち同じようだったのかもしれない。どれだけ文明を重ねても、知識を積み、考察を重ねても、それは自分たちの種をより遠くへ運ぶためのプログラムでしかないのだ。深遠な宇宙の先や、あるかもわからない別の宇宙へたどり着いたとしても、ふかいぶぶんではおなじプログラムを走らせているのは変わらない。その方法が改良されていくだけなのだ。意識や理性は肉体のリソースを効率よく使うためのものでしかなくて、そのために個を種から分離させたにすぎないのだ。一個の視線になったわたしは未だ(また)、そんな妄想のような推測をしていた。しかし、そんなことを考えても、意識や共感などを生む視線は不純に思えた。べたべたと、砂糖菓子のようにまとわりつく。砂糖菓子だからこそ甘く、何度も口にしたくなる。駄々をこね、何度も求める。わたしの理解をあげるから、きみも理解をちょうだいと。わたしはきみを愛しているから、きみもわたしを愛してと。愛、だなんて実体のないものを。身に性器を突き立てて、刺されて、名前を、愛しているとときには子種をくれと絶叫する。きみの何が好き、こうされるのが気持ちいいと。行き着く所はそこなのだ。それが人間だと。人間らしいことだから、ヒューマニズムだと。愛なんてものは人間にしか持てないものなのかもしれないけれど、それは本当に必要なものなのか、尊いものなのか。それがと尊いと誰が決めるのか。神様か、人か。ただただ不快にまとわりつく。わたしは殺されたあの男をなぜ愛していたのか。愛してなどいなかったのか。からだを抱かれ(彼の指がわたしの、彼に比べればずいぶん薄く小さな肩をつかみ、少しだけ食い込む。その感覚にいくらかの愛を感じたのだ)口づけをされ、紙粘土の人形のように不格好な愛を囁かれる。性器がからだを貫き、感覚が頭まで伝達される。強い力で肩をつかまれた小さな痛みも、性器がからだを貫く違和感や痺れも好きだったし熱中できたけれど、囁かれる、不格好で、人造人間のひび割れたような言葉は大嫌いだった、いっそ、粘土で口を塞いでしまいたいくらいに。それだったら、彼は他のだれかでも代用できたはずだし、男という記号のようなものだった。
 あぁ……また、くだらないことを考えている。
 吹き荒れる砂嵐はこちらへ迫ってくる。膨大な力を持ったそれは岩山を隠し、太陽を隠し、遠くに失われた道にまた砂を積もらせる。目を閉じ、その暴力を受け止めよう。きっと、あの風はこのからだを滅ぼし、よりどころをなくした意識も記憶も一緒に風にまぎれさせてくれるだろう。死体も、いつかは砂に隠され、意識を持つ生物が生まれない限り砂に埋もれたままだ。遠いいつかに発掘され、解釈をもたれることがなければよいと思う。
 目の前の死体の頭はブーツの先から数センチの所にあり、未だ世界に立っている一メートルの彼方にある。死んだ彼は倒れ、思考をなくし男の暴力のあとから血を流している。ニット帽をかぶった男は銀色だった鉄パイプに血の跡をつけ、きっと、何事かを考えている。わたしは何を考えているのかもわからず、ただ、目の前に見えているものを見えるものとして受け取っている。遥から何事かの声が聞こえ、わたしは駆け出した。遠くへ、きっと遠くへ。そう信じながら脚を前に突きだす。街を駆け抜け、一体どこへ。また、彼方から声がきこえる。それを振りきるように、振り切られることを信じて前に進み続けた。この感覚だと錯覚のような感覚を得た。
 意識は急速にシフトする。目の前には、自分の買った(お気に入りの)ベッドと、少年然とした少女が。その、少女はわたしか。彼女の髪は長く女のもののようだった。
「また、錯乱しているの」
 彼女のからだに馬乗りになったまま、無視をする。朝方近くなのか、カーテン越しの光が部屋を水中のようにさせていた。「不機嫌そうだね」うるさいよ、と頭の端で考えながらまた(また?)彼女の髪に手を伸ばした。指の先を清流のように流れていく髪の先は冷えきった部屋の空気におかされて、わたしもその一部になってしまいそうだった。ベッドをおいた反対側の壁には無神経なほどの熱を吐くストーブがあるというのに不思議だった。「また、回想しているの」わたしがしたのと同じように手が伸ばされ、首にまわされる。いとおしげな仕草で、首にまわされた。「三角は、女の子なんだよ」意識が水面に浮上しかける。それから、殺された彼の姿が瞬いた。「羊と同じ」髪の中で手をすべらせると名前と同じ羊の角がある。なぜ角が生えているのかなんて訊くつもりはなかったし、興味もなかった。「可愛いね、可愛い」繰り返すように髪をすべり、耳に触れる。くすぐったくて、少し笑う。「…………」羊も少しだけ笑い、わたしもなんとなく幸福な気分になった。彼女は繰り返しの動作をする習性があった。何度も何度も繰り返し、彼女はどこへたどり着くのだろう。「少しだけ苦しかったよ」そういって首のあたりをさする。「またしちゃったの」「うん。でも、いいよ」わたしには無意識的に首を絞めてしまう癖があったらしい。セックスの途中に意識をなくしているときがあって、そういうときのわたしは羊にいわせればとても、死んでしまいそうで、消えてしまいそうで怖いらしい。余裕のない顔をしていて、今すぐにでも弾けてしまいそうな。
「羊は三角にまだ生きていて欲しいよ」
「どうして」
「不安だから。終末までの何日間をひとりで過ごすなんて嫌だよ」
「好きにしてよ」
「好きなことなんてないの」
 なんて、くだらない。だけど、あの、へたくそな言葉を繰り返す男よりはいいと思えた。べつに、嫌いだった訳ではないのだけれど、ただ、なんとなく。羊の言葉は無理をしている訳ではなく、状況に応じた言葉を吐くようにしている訳でもなく、ただ、いいたいからいっているだけ、わたしを慮ることもなく、ただ、彼女自身が寂しいだとか不安だとか思うから、そういっているだけなのだ。どんな嘘もなく、ただ、純粋な言葉だ。
 だからこそ、うつくしいもの。
 最近、荒野の夢を見る。きっと、あの男が殺されたからだ。わたしを現実に引き止めていたものがなくなって、軽いわたしは空へ浮かぼうとしているのだろう。もう、惰性がついてしまったので羊に求めることはできない。三角なんていかにも重そうな名前なのに、少しだけ以外だった。きっと、十六角形だったらこんなに歳を取るまでもなく空へ帰っていただろう。少しずつ少しずつ、このからだに与えられたものと、たまっていったものを吐き出して軽くなっていったのではなく、もっと、なめらかに。
「ねぇ、三角は何が好き。羊は、いまは三角以外に好きなものはないよ」
「少し嫌だね。その言葉。好きなものくらい自分の中に持っていればいいのに」
「自分の中の三角が好きなんだよ。羊が目にしたものは全部、羊の中にコピーされてしまうのだから」
「じゃあ、わたしはもういなくてもいいじゃない」
「だめだよ。三角がいなくなっちゃったら、わたしの中に新しい三角を与えてくれる人がいなくなっちゃうんだから」
「そう……」
 ずっとずっと、こうしていてね。なんて言葉を吐いて羊は目をとじた。わたしは軽く、空気と擦れることなくまたいでいたからだとベッドを離れ、冷ややかなフローリングに降りた。降りたカーテンにぶつかり、青白い光がこぼれている。ストーブしか明かりのない部屋を鈍く照らす光だった。夜にしか生活のできないわたしたちを滅亡する光のことを、きっともう時間がないからと惜しむような気持ちで少しだけきれいに感じた。惜しむことなんて、もうないのに。
 ベッドと同じくわたしの選んだテーブルから煙草とライターを取り、ベランダへ出た。終末の風は冷たく、肌を撫でていった。中途半端に長い髪が揺れて。かすかな音を立てる。石の擦れる音と枯れた草の燃える音があって、朝焼けの光の中でぼんやりと煙が発光する。首都のビル群でおきた風鳴りが遅れて届いた。

2

 水曜日は山羊の角を優しく撫でる。角に感覚は通っていないはずなのに、少しだけくすぐったく思ってしまう。「ねぇ、先生。そろそろ学校に行かないと」
 彼は、学校の先生。山羊の自慢の学校の先生。何人もの生徒を相手に自分の考えを口に出し、考えをぶつける。きっと、真剣勝負なのだと思う。間違ったことを教えることはできないし、自分の知識は常に更新され、間違えも生まれる。それは、科学的な正しさでなくても、自分の、自分の精神に対する正確さや誠実さ。見たものきいたもの読んだものにいつでも精神は活動し、更新される。もちろんあるとき正しかったものも、新しいことを考えるようになったら間違ったものになってしまう。しかも、先生って職業はいくら強力な思考を提示してもお金がもらえる訳でもないし、他の、百凡のっていってしまったら悪いけれど、強度のない授業と同じ値段で扱われてしまう。社会主義? 共産主義? 先生には少しだけ悪いけれど、まじめでなく、語彙も少ない生徒の山羊は少しだけそんな風に思ってしまうのです。
「いいよ、今日は」
「だめだよ。先生は先生なんだから」
「じゃあ、きみに授業をするからゆるしてよ」
「仕方ないなぁ……」
 なんて、山羊は甘い顔をする。こうして、水曜日に甘えさせたり甘えたことを言うのが好きだ。もちろん、もう、先生が先生でないこともわかっている。世界をなくし、目下失業中なのだ。
 朝の光が夜中開け放たれたカーテンの窓を貫通して、部屋の奥まで届いている。朝焼けは、あんなにも強い赤色をしているのに、こうして部屋まで届く光には青の色が強い。青と、白と、黄色と、淡い赤の光だ。鮮やかでもパステルでもないのに鮮烈で優しく、刺されてしまいそうで痺れる。光は、山羊が水曜日の部屋に初めてきた次の日の朝も、今日の朝も、世界が滅亡することがわかる前もわかったあとも同じような色をしていた。人間にかかわらないものばかりが終末を知る前とあとで同じなのだ。人間だけが終末を気にしている。アフリカのサバナを走るガゼルはそのことを知っているのか、路地裏を駆け抜ける賢者のようなネズミは人間の気にする何を知っているのか。山羊は、水曜日のからだを知っている。今も、こうして彼のベッドで裸でいる。短い時間のはずだったのに、もう、彼方のような気がする。水曜日の部屋に始めてきて、からだを許し、彼の鼓動を感じて。世界が滅亡することを知ってからは、精液の吐き出される感覚も知ることができた。いるかもしれない子宮の子供はこの光を見ることなく山羊と水曜日と同じように消えてしまうのだ。いるかもしれない彼か彼女は、路地裏を駆けるネズミと同じだ。狂乱の最中で踊り、回り続ける彼彼女らを知ることなく、ただ、静かに一生を終える。山羊も、少しだけそうでありたいと思う。少しだけ、なのは目の前の彼がいるから。彼が終末まで穏やかに生涯を過ごせるように。思い描くものであることができるように。夢に閃光するソーダのあわと同じ泡沫の世界と一緒に消えてしまうまで。
「今日は、何を教えてくれるの」
「そうだね……」
 ごまかすようにベッドを離れ、食卓へと歩いていく。若い先生の住む部屋は1DK の小さな部屋だ。その食卓へ小さな足取りへすすみ、煙草を手にする。
「煙草の吸い方を教えてよ」
「だめだよ」
「もう、何年も先の未来なんてないんだから」
 そういって、黙らせる。山羊も水曜日も未来がないことなんて知っているのだ。知っているけれど、さっきみたいに学校へ行くふりをする。いつまでも、世界の上にありたいのだ。幸福な日常を繰り返していたいのだ。煙草をくわえて振り向く水曜日の顔はお気に入りで、そういうときは少しだけ心臓のあたりが締め付けられたようになる。彼の幸福を祈るよりも陳腐でどうしようもない感情で、山羊も嫌になるのだけど、終末を知ってからはそこまでではなかった。「仕方ないなぁ……」そういって、くわえていた煙草を口にさしてくれる。彼の唾液の味と、苦いような味が少しだけして、むせてしまった。水曜日はそれを笑い、山羊はほんの少しだけ幸福になる。