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文学フリマ12でLittera2に起稿した小説です。
pdf版に含まれる挿絵は有理化(@yuurika)さんに描いていただきました。
学校にも行かずふらふらしているニートが魔法使いになったり魔法使いを辞めたり転校した先で男と同棲してDVを振るわれたりするお話です。

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   1  ICU

 わたし盛夏服をきて町をあるいているわ。ほそくて素敵にあおい縞が肩から膝したまですっとはしって、風がふくと裾やセーラーの襟を揺らしていく。日ざしが照り洋服と素肌のあいだに汗の蒸気がたまり、またいっそうつよい海風がパフスリーブの白い袖口や風をうけて翼のようにひろがる裾からはいりこみ、すぼまる腰紐でわだかまり転がりして、かききえるか湿った空気をさらってきえていく。頑強な午前十一時をすぎて南中しかけた陽が湿った髪の隙間から首をやいていくところを海風がふきまくり茂る青々とした葉々を動揺させ、海のうえでは波頭を白くさせ、坂道を立ちこぎですすむ小学生と自転車をよろめかせ彼はそれをものともしないでまたちいさな二輪車でのぼっていくからだは左右に揺れて髪からは汗がほとばしりそれも日差しにとけていく。道路のわきからのびるざわめく木々のトンネルのかげにのまれ、少しあとには坂道をくだり、車輪からちいさな足、脚、胴体がきえ、帽子もかぶらない黒い頭がむこうへ消えていく。寂寞がじっと矢のようにせまり射止めるまでの一瞬をきえた少年の頭を反芻しながら待ち、それから脚をくりだし、斜面を一歩一歩のぼり脇目にはいるバス停をすぎ坂をくだっていく。その先にはちいさな市街と駅がある。
 町は海沿いにあり、湾のむこうに煙突のたつ工業都市がみえる。八月の未だ南中しない陽がさしあたりの草葉や波をさらしていく光線らは浜できえる泡をみじかいあいだだけ白くし、波間で波頭で散らばり、立つ地面のとおくは揺らめき、薄い空のいろが海のはしにきえ、端のみえないスノードームみたいにこの町は半島はとおくの工業都市とのあいだで半球にきちんとだたしく、揺れることなく保管されている。右手からやってきて坂をのぼる、海と雑木林のあいだで風がふき、はまなすの残骸みたいな茂みや黒いほど濃い緑の雑木林の葉の鱗みたいないちまいいちまいがざわめき音をたてるあたりに人影はなく、平日の正午まえで子供たちは山海へきえ、大人たちは陽にとかされる影法師みたいになくなり、ただひとり坂道をあるき、左手の雑木林を抜けた草原の一面にセイタカアワダチソウが茂り、坂道のうえからは崖になったしたにちいさな浜といり江があり、そこにもハマナスの茂みがあり、海からは風がふき背のたかい夏草のあたまを揺らし雨の音に似ていそうで似ていない粒々の音をたてる。背中に陽がさし、結んだ髪のおくれ毛がやけるようになり、そばをはぐれてきたような自転車にまたがる少年がすぎてゆく、髪のつくる影をまたとかすように陽がさし肌の表面がひっぱられるように少しずつこげてゆくような気がし、くぼんだ背骨と肩甲骨のあいだを汗がすべる。海風がふきはじめ盛夏服の裾をゆらす。
 今日は明けがた眠ろうとしたけれどうまくいかなくて、くらい町が灰いろになり、それから色つきになっていくさまを毛布にくるまり、横になってみていたけれど部屋にはエアコンのうなりがじっと巨大なとかげみたいに横たわり、長いあいだかたまっていたからだがこわばり、泥んだ眠気のまま小さく窓をあけて煙草をすう。サッシに指をふれると結露した水滴や冷えた金属があるけれど、外からは朝になるまえの生温い少し湿った空気がはいってくる。け怠さが全身に到来し眠たくなり煙草をけすとすぐに眠ったけれど浅くて、三時間くらいで目を覚まし外へでる。
 トンネルをくぐりいり江のそばをはしる道をゆき漁港をこえると駅がある。照る太陽は背中から正面へ移動し、日差しと海風が肌と服をさらしてひりひりと痛む。日焼けどめはぬらなかった。漁船のならびがいり江の奥にみえ、港の堤防のずっと奥には灯台があるけれど午前で明かりはみえない。いり江におりる階段の向こうのささやかな磯と浜では三人の男の子が薄緑いろの海で遊泳している。それを横目にすぎ、漁港とその奥の礫ばかりの浜とのあいだの烏帽子のかたちをした岩をながめて、赤松の枝がしなるのもながめて、いり江の向かいには舗装路をはさんで白いちいさな医院が建っていて、正門は鉄扉にとじられなかはみえない。音もなく陽はいちばん高いところで、手をかざしながら仰ぐと目がくらみあたりは緑いろになり、ふらふらトンネルへすいこまれてゆく。トンネルのいり口は暗く、すいこまれた道の先は緑いろに光るあなのようになっているそこをめざしじっとあるき、制服をきているけれどサンダル履きの足が浮つき日陰へはいってゆくのをまっている。駅前には雑居ビルが三つ建ち、その他には駅にくっつくかたちでスーパーがある。駐車場と市営の駐輪場もある。トンネルは電灯もなく暗く、うたれたコンクリートも破れ水がにじみ、サナダムシが壁面をはしっている。トンネルを抜けると漁港のあるいり江があり、岬に白い背のひくい灯台がたっている。鴎が堤防や埠頭にあるいているのがみえるだけだ。船が波に揺れて音をたてていて、船をとめたあたりにも、建物のあたりにも直線の色の濃い影しかおちてい。辛抱強く歩く。
 いまに夜がきたらと思う。いり江のむこうから夜がくる。夕闇がはしってきて、空をすこし赤くし、一瞬光らせ真暗に沈み星が光りだし音をたてる。そうだったらいいなと思う。魔法がつかえたらと思う。暑いのがいやだからじゃない。船を係留する縄がきしんで音をたてたり、鴎があるいていたりするけど一羽が搏いて飛んでいく。いり江のうえを旋回し、山のむこうへみえなくなる。陽がからだのなかまでとけて空洞になってしまった気がして頭が重く痛むけれど脱水だ。脱水というと理科室を連想し、学校へ通っていたときのことを思い出す。もう、ずっと学校へいっていないのにどうして制服なんて、盛夏服なんてきているのだろう。あおい縞もセーラーの襟も子どもっぽいなと思う。裾がまた揺れる。帽子をかぶってくればよかった。足をどこへおろすか定まらないで同じところをずっと歩いている気がする。そんなことはないけど。塩辛い風があたりの空気をさらってすこしだけ涼しくなるけれどまた日ざしがむきだしの腕だとかふくらはぎだとかサンダル履きの足の甲だとか頬だとか鼻のあたまだとか、肌をやいていく。髪がじりじり熱くて本当、ぼんやりする。サンダルの底がちいさな音をたてて地面をはたく。夢現だ。

「あおいさん」
 気がついてしまえば漁港から駅前をすぎ協会のビルについている。事務所のソファに座り、冷房がついていて、麦茶のつがれたグラスをにぎっていて、机のうえにはがらすの灰皿があって吸殻がたまっている。呆然とだらしなく座っていたから汗にしめった服がソファと肌とにくっついていてはしたないと、恥ずかしいと思う。
「気分はよくなったの」
「気分が悪かったこと、おぼえてない」
 事務所には久しぶりにきたけれど部屋のなかは冷房のせいもあるけれどひんやりしている。積み上げられた本や雑誌、向かい合わせに三つつけられた灰色の机、汚れて吸殻のたまった灰皿、傘たてにつっこまれた木製や金属製の杖、片隅でほこりをかぶりながら育つ麻の鉢、すこし隙間のあいたままの襖、洗っていないコップのたまる給湯室のかげ、ここだけがビルの建てられた時間のままに固定されひそやかに独自のものとして生きている気のする部屋で、じっとして息をひそめ、目をそらせば動きだしそうな気がする。彼はわたしのことを見ていてくれているのかやることがないからかもしれないけれどうつむいて乾燥させた葉のかたちをととのえ、紙へのせ、巻いて、端をなめてとじて、煙草をまいている。次々とつくられていく煙草をピラミッド形にならべて手慰みにするけれどあおいさんは見ようともしないで黙々と巻き、ひと箱ぶんくらいをつくると火をつけわたしにも吸うかと訊くけれど、わたしは安全な煙草しか吸わないのでポケットから取りだしくわえると彼が火をつけてくれる。不意に何をしているのかわからなくなり苛々して強く吸いこむ。いつの間にか頭痛はなくなっていたけれど気だるく彼のくわえ煙草からのびる帯をじっと目で追うからだはソファにだらしなくもたれ、腕もなげだしているけれど、小豆色をした人工皮革が汗のかわきかけた肌にはりついて気持ちがわるい。窓のむこうの岩礁や松林をじっとみれば鴎が円を描くように滑空し、ときどき羽搏き、空調の音にまじって鳴き声がきこえてくるけれどこれは幻聴かもしれない。汗の冷えたからだが寒くなりくしゃみをしそうな気がしてしかめる顔をあおいさんは笑うので麦茶を一口飲み姿勢を正す。壁にかけられた時計を見れば時間はもうすぐ正午になる。「ねえ、わたし……」襖があき、双子の姉がでてくる。「きてたんだ」「……うん」弟は姉のうしろで所在なさげに眠たそうな顔をしている。彼の巻いた煙草をみつけると火をつけわたしの両隣に座る。「やめてよ」「どうして」「汗かいてたから恥ずかしいよ」「いいよ別に」煙草は燃え、灰皿に捨てられる。事務所の空気は煙でかすんでいる。「ねえゲームしようよ」姉がいう。襖のむこうの薄暗い部屋ではテレビがつけられたままになっている。一日中ついていて、電源がおとされることはない。「いいよ。やめとくよ」「まいにちがまいにちつづいていやになっちゃうよねえ。いつになったらまいにちがなくなるんだろう」弟がそういうので、「死ぬまでつづくよ」とぶっきらぼうに答える。「いやになっちゃうね」「仕方ないよ」双子とわたしの会話なんてきこえていないように彼は吸いおえた煙草を灰皿に押しつけ、また巻きはじめる。
「ねえ、」
「なに」「どうしたの」
「ねえ、あおいさん」
 ゆっくりと顔をあげる。「どうしたの」
「わたしもまほうつかいになりたい」

 夏からながい時間がすぎて駅前ロータリーのちいさな欅の並木も茶色いぼろぼろの葉をおとしバスにひかれてぐしゃぐしゃになっている。まほうつかいになることを思ってからずっと着つづけてきた盛夏服はさむくて、一枚ではもうすごすことはできない。裸足にビーチサンダルを履き、恭しい縦縞のワンピースは前をあわせたブルゾンからこぼれる裾しかみえない。事務所からでてすこし歩くだけで脚はつめたくなり、重く、肉がかたまっていくような気がする。家に帰ることもなくなり、ずっと、制服でいる。いつまでこんな服でいられるのかわからない。双子はいつも寒そうといいからだを絡めてきて、あおいさんは上着をかしてくれたけど、わたしはかたくなにおなじ服を着つづけている。これがなんだっていうんだって、かたくなで、秋がくるのが腹だたしくて、冬がくるのがかなしくて、まほうつかいになりたかった夏から、機会を逃し、成すすべなく盛夏服でいつづけるような子どもっぽさをもったまま育ってしまったわたしはそうではなくほかのものになりたくて、だから、まほうつかいになりたいと思ったのだろうけれど(制服を、盛夏服を着ていったときになれないことはわかっていただろう)なれなかった。けれど未だ何者でもないわたしは何事かに固執したりせず好きなことができるけれど人気のない町でも角からひとがでてこないか不安で仕方がない。こんな格好をみられるのは恥ずかしい。季節にあわない服を着て脚をむきだしにし、震え、身なりに気をつかわなくなった肌は荒れ髪のみだれたわたしの姿なんて決して誰にもみられたくない。小道にはいり家々のあいだをすぎてもカーテンの隙間からのぞかれていないか気が気でない。拓けた川ぞいの道にでると汽水のまじる水のむこうから生臭いにおいがしてくる。犬があたりをうろついていて、そのことが腹だたしく、なれなれしく足元によってくるちいさな生物を蹴り飛ばしたくなる。煙草に火をつけると穂先が赤くぬれたようになり煙を吐きだす。制服を着ているのにいったい何をしているんだ。こんな風になりたいだなんて思っていなかった。もっときらきらした、素敵なものになりたかったのに未だまほうつかいにもなれず、放蕩のみちを歩むやくざな娘だ。潮風が盛夏服の裾をはためかせ、足は冷たくてもう一歩もあるきたくない。煙草の先は風でぐずぐずになるし、犬はついてくる。人生はつづいていく。こんな状態でまほうつかいになんてなれるのだろうか。もっと、違うものになりたかった。砂利を蹴とばしポケットに手をいれ、口にははためく煙草に、蓬髪赤脚をけとばして、いいことなんて何一つないまいにちをすごした末は半開きの目と曲がった口元なんだ、歳より老けてみえるだろう。松林をこえ、鴎がとび、礫の浜へでる。銀鼠の空をうつして海はどぶみたいにきたない色をしている。ずっと波が押しよせ洗われつづける浜辺はきっと何万年もまえからそうで、何百年後もそうで、海は海になってからかわらずたくさんの水と生物を擁してきたし、これから先何千年もそうありつづけこの工業都市をのぞむ町だけでなくチリやブラジル、南極の渚をぬらし陸をのみこみ町や畑を壊滅させ、水の引いた所には誰かが棲みはじめるだろう。それから、人のうえには悲しいと思うことや嬉しいと思うことを積もらせていくのだろうけれど海にのまれた馬やねずみも、魚をとる鴎はそんなことは思わないだろう。何も思わない黒い目をじっとむけて死ぬまでを足元の犬のように生きつづけるのだ。地面と平行に立ち、茶色の毛をゆらして何をしているんだ、何も思っていやしないだろう。わたしみたいにここの以外の土地に立てることなんて知りやしないだろう。まほうつかいだったらいますぐスペインの突端からアフリカをみることだってできただろうし、海を凍らせ煙突のたつ工業都市へだっていけたはずだ。それなのにこの体で、とても寒くて唇がふるえている。博物館に展示される古代の魚のような目で生まれてきたらまほうつかいになりたいと思うことも学校へ行きたくないと思うこともなかっただろうし、煙草を吸うこともなかった。生まれて、早々に生をひきとってもらえていただろう。からだに力がはいらなくなりへたりこむ。礫が膝をおし、痛むけれど何とも思わない。強風が唇から煙草をさらいとんでいく。犬は言葉なんて話さず座る。手をつき、にぎった石を海へ投げすてると水しぶきと音がして、あとには人のたてた音も痕跡も何もなくなる。サンダルも風にさらわれみえないところへ消える。もう何も残っていない。盛夏服にブルゾンだけだ。ながい髪があばれ顔をおおう。倒れれば頭が石にぶつかり音をたてる。とおくからあおいさんが歩いてくる。いやな気分でいっぱいで、話しかけられたら口汚くなってしまいそうで、そういう風に育ったことがいやで仕方がない。「何してるの」「何もできやしないんだよ」「風邪ひくよ」「ひけばいいじゃん」「可愛い犬だね」「飼うの」「どこで」「うちで」「家に帰るんだ」「事務所でだよ」きたない言葉はそうそう口を衝かない。おもねっているだけなんだ。「じゃあ、つれて帰るよ。まだ、そこにいるの」「帰るよ。おこしてよ。おんぶしていって」「自分で歩いてね」それで腕をひっぱっておこしてくれる彼はさっさとあるいていく。犬はその足元をついていく。あわてて煙草に火をつけて追いすがろうとするけれど、強風で火はつかない。そのあいだにも彼らは遠くへいってしまう。ようやく火のついた煙草をくわえて走りだす。「ねえいつになったらまほうつかいになれるの」「今日の夜にでもしてあげるよ」そうしてやくざな娘は夢みたきらきらの、素敵なまほうつかいになる。そうだそれで夢をはたすんだ。夏から秋へ、まいにちまいにち続きつづけたこれらを。

 昨日は夕方から夜にかけてとても冷えこんだ。秋からまほうつかいになり数ヶ月がすぎたけれど、未だわたしは家に帰りたくなく、学校へも行かず、不安定な身分と生活のなかにあり、昼間はただ仕事をし、夜になれば事務所のソファで眠る生活をし続けている。今日はたいした仕事もなく資料の整理やなにもわからない魔術的な儀式の(本来なら必要でないだろう)ような手伝いをしていた。双子はどこかへいっていてふたりきりだ。いつの間にか夜になり、曇った窓がらすのむこうは真暗になっている。仕事がひと段落つき、窓際のいすに座り街灯のぼんやりついた道をながめたり、彼の仕事をする背中をながめたりしている。まほうつかいになりたいと思ったけどなれなかった夏は去年の夏で、それからここで働くようになったけれど仕事はなく、ほとんど天気のことを気にするくらいしかすることがない。外は車もはしらず波の音しかきこえてこない。しんとしていて雪のふりそうな気配がする。昨晩からふっていた雪は明け方やみ、昼間はよく晴れていたけれど寒かった。ストーブのうえでやかんが沸騰して音をたてている。窓をあけると冷たい空気がはいってきて髪が揺れる。耳とか頬とかが痛くて目をとじたくなるけれどじっと立っている。かすかに雪がふっていて、時々部屋のなかにはいってくるけれど、窓枠に落ちてとける。ここに本当にいていいのか不安になる。きっとだめだろう。あおいさんの気分次第だ。でも、いったい何をしているのかわからないし、どうしたらいいのかわからない。まほうつかいになってどうなったのか思いだせない。きらきらしたまほうの力だけがあって、空をとび流れ星をつかまえたこともあった、猫に変身し夜中の町を歩いたこともあった、あおいさんも一緒だった。あけたままの窓から冷気の芳しいにおいを吸いこむ。すこしまえまではそれで何もかもができるような気になれたのに、いまは何もできそうにない。気が沈んで、そのまま凍死できたらどれだけいいだろうと思うようになっている。
「寒いよ」彼が顔もあげずにいう。「好きだよ」半分の愛おしさと苛立ちとで空中に放るけれど煙草よりも軽く短い時間で宙にとけ誰にも見えなくなっていた。腹だたしくて窓を全開にして枠に座る。彼は応えずじっとしている。まほうで全部吹きとばしてやりたい。まほうならなんだってできるのに。扉があき双子がもどってくる。ふたりともフード姿で杖をもっていてまほうつかいみたいな格好をしている。わたしはそういった仕事らしい仕事に就いたことがない。事務か、まほうっぽいといえば簡単な道具と儀式の準備くらいしかさせてもらっていない。ここにいていいのだろうか。
「窓しめてよ」
「やだよ……」なんて意地が悪いのだろう。
「ねえ、」
「銭湯へいこう」「いいけど。いまでたらからだを冷やしちゃうよ」「いいよ」「わたしはよくないけど」「これからもっと寒くなるんだから」返事をきかずに風呂の道具をもち、コートを着ている。慌てて準備をして彼にならぶ。事務所をでて傘をさすと雪はつよくなっている。牡丹雪だ。「子どものころ、朝起きて雪がふってたらすごく嬉しかったよね。わたし、そのころは冬休みで友達とすぐ遊びにいったんだ。ほら、入り江の近くの山でそりをしに。服も何枚も重ねてスキー用の手袋をしていったんだけどそんなのぜんぜん役にたたなくてさ、全身ぬれて裸で友達の家のストーブにあたっていたんだよ。すごく寒くて、唇とか真っ青でそれでもたのしかったなってありふれたはなしなんだけどさ、あおいさんもそういう風にして遊んだりしたのかな」「そうだね、そういうことをしたね」「そうだよね。夏になったら急に我慢できなくなって服のまま川とか海にはいったり、山の斜面を転がってわざと泥まみれになったりしたんだ。お母さんにおこられたんだけどそれがなんとなく嬉しかったんだ。そういうのも今思えばそうやって目をかけてもらえる、気にしてもらえるってことを確認してたんだよね。もう、そんなことはないよね」「その友達は」「もう引っ越しちゃった。お母さんともお父さんとも連絡とってないし、あんまり気にされなくなっちゃったよ。いまでも、そうやって誰かに気にしてもらえることを、愛してもらっていることを確認してもいいのかな。歳をとったらしちゃいけないことなのかな。みんなみんな変わっちゃうのかな。あるときはよくて、それから先はだめになっちゃって。いまのわたしもいつかだめになっちゃうのかな。もうだめなのかな。変わらないといけないのかな」「…………」「いまあおいさんと紅葉と五月がいても、それから先みんないなくなっちゃって、そうしたらわたしはひとりになるのかな。それともまた誰かといまみたいな生活をしていけるのかな。それともぜんぜん違う風に、いまのことなんて全部忘れちゃったみたいにしていきていくのかな。それってなんかいやっていうか、まほうの力でみんな思うとおりになったらいいのに。わたしはあおいさんとずっと一緒にいて、双子とも仲良くして、この町で、あの事務所でずっと過ごしていけたらいいのに。おかしいよね。なんか、みんな変わっていっちゃうって思ってるみたい。何も変わらなくていいのに、本当に変わらなきゃいけないのかな。変わらなきゃって思ってるのかな。変わるのがいやだからこんなに苦しいのかな」歩く速度はだんだん遅くなり、傘に積もる雪がいたずらにふえてゆく。サンダルがアスファルトにおちても融けなかった雪片を踏みはじめる。これからもっと寒くなるだろう。帰りみちもこんな速さで歩いていたら風邪をひいてしまう。海へ流れる川沿いを歩きながら銭湯まであとどれくらいって(本当はまいにちいっているんだから次の角を曲ればすぐつくことなんて知っている)考えながら次に話す言葉を考えている。でも、一度言葉をきると何も喋れない気がしてくる。となりを歩いてくれる(傘は一本しかないし、傘をさしたまま先へいけば風邪をひかせる、くらいしか本当は思っていないのだろう)あおいさんの手をつかみたくなるけれど、しない。夏より、まほうつかいになるまえからおもっているけれど、そうしたことは一度もない。これから先はわからないけど、そういう風な関係に変わってしまいたいのだろうか。恋人同士のような関係に、変わりたくないといっていたはずなのに欲はあって、結局、変わりたくないというのはわたしの嫌なものをまわりにおきたくないだけで、好きなもの、欲しいものは際限なく欲しいってことかもしれない。かもしれないばっかりで言い訳ばっかりだ。そうしていると銭湯のまえについていて、彼は傘をたたみ雪をはらっている。なかにはいると人がいて、盛夏服を着た姿は目立ち、嫌な気分になる。わたしとあおいさんと、双子だけがいればいいのに。
 風呂からあがると先に外に出るとメールがきている。往路のことで嫌いになられてしまったのではないかと不安で急いで外にでる。銭湯の門のまえにあおいさんはいなくて、あたりを見渡してもどこにもいない。本当に嫌われて、先に帰ってしまったのかもしれない。ずっと気分が落ちこんで事務所に帰るのが嫌になる。あおいさんはきっとまだ仕事があるから事務所にいるだろう。顔を合わせたくない。雪がまたつよくなり、寒さが町のうえでわだかまっているような感じがする。昨日の雪は大雪をつれて山のむこうから姿を現す。雪の降る夜は明るくて、空にぼうっと赤い色をしている。街灯黄色いひかりのしたで雪の破片が音もたてないような速度で光の暈から霙状になった地面へおちてゆく。あおいさんは街灯の暈で、気にいりの赤の、水玉の傘をさしてだまっている。積もった雪が彼へ歩みよるあいだにもくずれ音をたてて足元に小山をつくっている。黙っていて、陰になった横顔がじっと雪のつもった(同時に靴の甲をとおして伝わる温に融け、水滴になった)つま先を見ている。人も車もとおらない、雪のつもりつつある傘のうえで鳴る雪片と雪片のこすれる氷の音、鈍感な足指がつもりかけの雪を蹴散らす、なくような音、わたしが近づいたとしても、しばらくは黙っていてくれるんじゃないかと期待する。
 雪のふる夜がどうして明るいのかと訊いてくる彼の言葉に知らないと返したけれど、そんなこと、本当は知っている。でも彼は答えてなんてほしくはないだろう。彼だって、本当は知っているけど知らないふりをする。
「ねえ、嫌ってない」そんなことを訊くなんていやらしいこころだ。
「そんなわけないよ」いつもより素っ気ない声だ。
「じゃあ、好きなの」
「そういうことをいっているんじゃないよ」
 何度も、昔からくりかえされてきたような問答をしている。口にするだけで陳腐になり、わたしも、もしかしたらわたしたちもそういう繰りかえしのひとつにおさめられてしまう。これから先も、また同じような恋人たちや恋人になる前の組たちが同じようなことを口にするのだろう。海の波とおなじくらい膨大な繰りかえしのなかにわたしとあおいさんも埋もれ、無個性の分子になっていく。気持ちのいい妄想で、でもきっと現実で仕方がない。わたしはわたしのあおいさんへ思うことを大切にしているつもりでも、ありふれたもので人から見ればがらくたとおなじもので、そういった状態にひどく安心をおぼえる。
 まほうつかいでもまほうが使える以外は何も変わりはしないただの人のまま、やくざでがらくたのまいにちをすごしている。あおいさんはどうなのだろう。まいにち机にむかって仕事をし、時々どこかへでかけていくけれど、ついていったことはないので何をしているのか知らない。見た目は普通の人と変わりなく、ただ漫然と仕事をしまいにちをやりすごしているようにしか見えない。かわったところは麻を吸うところだけで、それも大して変わった風でなく、仕事と変わらず転がるまいにちに散らばった小石のひとつくらいの印象しかない。双子もわたしと大して変わらない歳でも遊びまわっている、ただの学校へいっていない人で、わたしたちまほうつかいのまいにちに魔術的な影は一切ささず、劇的なこともない。まいにちは夏頃からずっと変わっていない。季節が変わり寒くなっただけだ。彼があたたかそうな格好をしているのを棒のような脚をさらし、薄っぺらなサンダルを履き、盛夏服のワンピースを一枚着ただけでとなりに立っている。去年のいま頃はあたりまえのようにもっとあたたかな格好をしていたけれど、いまは夢のような格好をしている。指はふるえ、太腿は青く変色している。傘をよけてきた雪の一片が肌にふれる。
「寒いよぅ」
「死んじゃいそうな格好だね」
「もう限界だよ」
 もうすぐ冬はおわるけれど何度も風邪をひいた。今日だって湯冷めしてひいてしまうかもしれない。彼は着ていたブルゾンを脱いでわたしてくれる。腕をとおすと湯上りの体温がのこっていてあたたかい。あたたかさに感極まって、けれどそういう風にいい気になるのがいやらしくて蹴飛ばしてやろうと思ったけどやめる。彼はもうそういう歳ではないだろう。ゆっくり水の流れる川の音や枯れた葦の擦れる音、雪の積もる音なんてかすかなものがきこえてくる気がして、でも当然錯覚で、ぼんやりしているうちにいまは枝だけの桜の植わる家の角をまがり、駅前でて、事務所へ戻ってゆく。借りていた上着はたたんでソファにおいておいた。裾や脚についた雪をストーブにあてて乾かす。冷えたからだがあたたまったらソファにもどり、煙草をつけて眠るまでの時間をやり過ごす。まいにちまいにち、やることもなくすごしている。一本吸いおわりテレビをつける。知らない洋画がながれていたので音をしぼり、寝転んで眺める。あおいさんもおなじ姿勢をしていると思ったら麻の手入れと収穫をしている。そのうち双子が帰ってきて一緒に映画を見ていたけれど飽きたというので彼女らの部屋で一緒にゲームをする。甲羅とかバナナの皮をなげるレースゲームで、ここ一ヶ月はこれしかしていない気がする。一台のテレビとこたつ、窓は板がはめられて光がはいってこなくて、床には服やその他たくさんのものが散らばっている。テレビの光が真暗のなかで床に散らばる服のわずかな蛍光色だけにかがやき、軟らかな布団や毛羽のたった服はかげになり、ここは海底で礫の海へしずんでいるような見た目をしている。半畳くらいのちいさなこたつに脚をいれ、コントローラをにぎり、空元気みたいに騒ぎながらゲームをしている。こたつのうえには大きながらすの灰皿がありそれも吸殻でいっぱいになり、飲みかけのペットボトルや酒瓶、あけられたままの菓子の袋や鏡や筆記用具や栓抜きや眼鏡やリモコンやが散らばり、いつか未来どこかおちついた博物館にいれられてもいいような空間があり、眠たくなったら眠る。

 海に注ぐ川があり、それは支流のひとつで六メートルくらいの川幅に岸には枯れた葦が茂っている。誰のものだなんてとうに忘れられた、だけど昔は大切に使われていたに違いないちいさな木造の船が半分泥の岸に淵までつかっている。船側は破れ、船底にも穴が開き、もう川にも海にでることはできない。こんな船も人が使っていて、投網をふるったりしていた。風が吹き、頭の折れた葦が音をたてて揺れる。あおいさんのひく犬が手綱をひきちぎるように、汽水のほうへ、海へ駆けてゆく。彼は呆然とした様で砂利のうえに立ち、軽トラックの轍の車輪のあいだの茶色い草むらに片足を突っこんだままでいる。犬は吠えとんでいく。手綱をもぎ取り一瞬でも走りだそうとしている。犬を追いかけたほうがいいのか放っておけばいいのかわからないまま彼と並んで立っている。犬はそのうち戻ってくるだろう。どこにも行くあてはないだろうし、あおいさんのところへ戻ってくるしかない。川岸を走り、広い海へ走っていったって泳げやしないだろう。鳶が円を描き飛び、夏のように鴎は飛んでいない。あたりにはわたしとあおいさん、犬と鳶以外に生きているものなんていない気がする。鳶は犬なんて食べないだろう。犬はひとり走り、わたしは海へむかって歩き、あおいさんは呆けたみたいにたちんぼで、鳶は空のうえのほうでまわっている。葦がざわめき穂がかすかに陽をはじく。川では鯉が跳ね身を躍らせる。ずっとちいさなころわたしと同じくらいちいさな男にこの川に鰐がいるってきいたことがある。きっと彼も他のひと(大人のひとだろう)に川にはいらないように脅すようにいわれたのだろう。こんな寒いところ鰐になんている訳ない。鰐はもっとあたたかいところで、南国にすんでいないといけない。小さな川や、マンションの一室で飼うようなものではいけない。それが現実なんだ。町にはがらくたのわたしと、くずみたいなまほうつかいのあおいさん。惚けた顔の柴犬に素知らぬ顔の鳶、賢者のような顔をした鯉、ありふれたものしかいなくて、劇的な鰐なんていないし、劇的なまほうも、高分子の幻想も、製鉄、製油所のような巨大なものもない。川のふちまできて、礫だらけの湾にでる。とおくに亡者のような煙突がたっていて、でももうもうとした煙はみえない。じっと、茶色だか灰色だかの姿を湾の向こうで小さくみせている。波が礫を洗い濡らしていく。濡れた色は濃くてきらきらしている。真冬のぼけたするどい日差しがきらきらするだけでいる。やがてあおいさんがやってきて、煙草をとりだし吸いはじめる。その姿をみながらわたしも煙草に火をつける。彼の煙草はあとどれくらいあるのだろう。事務所の麻は枯れはじめ、長くはもたないだろう。葉の備蓄はあるのだろうか。それとも、いまに陽や風にとけてしまいそうな彼は心配をする必要はないのだろうか。借りものの上着と制服の裾をよごさないように流木にすわり、半円になった渚や松林、とおくの町をみる。犬は何をみているのか走りまわっている。海にも走り波にぶつかり全身を濡らす。あおいさんはとなりに座り、伸びた髪のあいだからじっと遠くをみている。寒そうなシャツとコートのしたの胸ポケットには折れた煙草がわずか数本残っている。強く手をにぎりたいと思う。「煙草はもう巻かなくていいの」と訊いても何もきこえないようにじっとしている。膝のうえで手を組んで、風が吹いても動じない。犬は消えている。見えないところへいっているだけだろうけど、戻ってこないんじゃないかとも思う。「ねえ、好きだよ」数日のあいだ、会話に詰まるとなんどもいっている気がする。「おれの純情をもう汚さないでくれ」「ああ、うん……」それきり彼は唇をかたく結ぶ。冬の白い日差しとぬれた礫と松林ばかりがみえる湾にふたりだけがとり残されている。岩がごつごつして、草なんて生えない。海なんだから当たり前だ。堤の間際に残骸のような枯れたはまなすがのこっているだけだ。いいことなんてない。昨日の雪が岩の陰や枯れ草や流木の合間にのこり、空気も凍り、ポケットに両手を突っこんだって何も変わらないんだって、何があったって、まほうつかいになった夏からずっとこうだし、そのまえからもずっとこうだった。ずっと、この町で四季をすごすんだ。眩しい冬がきて、暈けた春がきて、鈍い夏、銀色の秋がきてとずっと繰りかえすだけでわたしは何も変わらず生活も変わらない。座っていたら日を浴びた上着の表面があたたまっている。あたたかくて、それだけで苛つく。何にもなれないだろう。悟ったような鯉や表情のない鳶と同じだ。犬はもどってこない。消えたのだろう。まともな人間性のありそうなやつなんて真っ先にいなくなるだろう。いるのはわたしとあおいさん、双子だけだ。双子もまたわたしたちのいない事務所でインモラルの沼に浸かっているのだろう。学校へ行かなくなってから意地のように着続けた盛夏服のワンピースなんて脱ぎ捨てて海へ飛びこみたくなる。そうしたらあおいさんはわたしを助けにきてくれるだろうか。何事にも動じないような目に動揺をうかべてくれるだろうかと考えるあまりの幼さに嫌な気分になり、でも、年齢のうえだけでも幼いのだからそれくらいさせてくれてもいいんじゃないか、だってあおいさんはわたしよりも十も年上なのだし。いいじゃないかすこしくらい甘えても、どうしようもなく、どうしようもなさをどうかしたいとも思わないわたしの幼さをそのまますこしくらいみとめてくれても、今まで何もしてくれなかったじゃないかあれだけ慕ってきたんだよ、という気持ちを暴走させることもできずサンダルの足を礫だらけ渚におとし、煙を吸いこむ。横顔を見たって何もかわりはしない。わたしが可愛くないせいだろうか。ごわごわした細くてよくきれる髪やまるっこい顔、すこしにきびのあとのある頬、あかくなった頬骨、一重のまぶた。みんなみんな可愛くなくて風が吹くたびにおうつよい潮のにおいに泣きだしそうになる。あおいさん、と呼びかけてもなにも応えない。だから手をとり流木から立ちあがらせる。一体何がしたいのだろう。このままがらくたの生活を続けたいのか、それとも生活を再建したいのか。サンダルのしたであそぶ礫のうえをふらつきながら歩き、駅のほうへ戻ってゆく。もう、たのしいことなんてないだろうし、あって欲しくもない。たのしい時間なんてすぐにはじけてなくなってしまうのだから、ずっと苦しいままでいいんだ。たのしいことなんて、時間がすぎればたのしかったって言葉しか残らなくてそのときどんな風にたのしくて、どれほど幸福だったかを肌で感じることはできなくなってしまうのだ。だから、ずっと、重苦しく堆積する、泥のような苦しみに沈んでいけばいいのだ。あおいさん、空では鳶が啼いているよ。鳶だってそうして暮らしているのでしょう。ただひとり交わることなくずっと、いまから死ぬまでの時間を狩りをし、食べ、眠ってすごすのでしょう。あの大きく育った鯉とおなじだよ。大きくなったわたしたちを脅かすものなんていない。わたしはあなたと双子としか連絡をとれるひとはいない。あなたも大人で、もう自分で誰と連絡をとるか決めることができる。庇護をうけずに、無償の無配慮な愛を受けとらないようになったのでしょう。手と足しかついていない独立したものになっちゃったんだよ。わたしとあなたが手をつないでいるのも偶然だよ。きっといつかなくなるって、変わっていくってわかっているんだよ。
 だけどそれでもどこへも行けなくて、帰る場所は事務所しかない。浜につづくでこぼこの階段をのぼる背中をみながら、十歩くらいあとを歩いていく。つないだ手ははなされ、彼はポケットに手を突っこみ、わたしもおなじ格好でついていく。煙草は強風でぐずぐずになり火種も飛ばされそうになっている。駅前まであと三十分くらいある。もうつかわれていない海女小屋や、坂道をのぼったうえから見える漁港や精神病院、この道をずっと戻ると学校と、ずっと帰っていない家がある。だんだん脚がおもくなり、距離は離れてゆく。さっきまでもっていた感傷ははじけ、寒くて仕方がない。鳥みたいに貧相な脚はろくに外へでないけれど赤くなっている。春になるころにはもっとひどくなっているだろう。わたしたちはまほうつかいになったのに、仕事のとき以外はほとんどまほうをつかわない。練習は時々していて、秋よりはだいぶうまくなったけれど到底あおいさんや双子におよばない。ひとでもまほうつかいでもなく曖昧なまままいにちがきて、なにがしたいのか滅入ってくる。頭を締めつけられるような天気のなかをぺたぺたと歩き、彼の背中が離れ、むずがるような気持ちもわいてくるけれど無視して自分の速度で歩く。前を歩く姿が坂の頂点をこえ、からだから、頭から消えてゆく。夏頃にはこの道を帽子をかぶった少年が自転車にのっていたのに、いまでは誰もいない。海沿いのバス停は標識もベンチも朽ちかけている。空の色をうつした鉛色の海がくだけ白波をたてる。体重をかけたら崩れてしまいそうなベンチに座り休憩する。背中を海にむけ、新しい煙草に火をつけるとベンチは崩れた。尻餅をついた姿勢のまましばらく座っている。誰もいないから気にぜず、ワンピースの裾ははだけ風に吹かれている。太腿やふくらはぎを擦りむき、点々と赤くなっている。何もかもままならない気がしてただ立ちあがり、木屑をはらいまた歩きだす。なだらかな坂をくだる。鴎の一羽も飛んでいない。ごうごう音をたてて雲がかき混ぜられるだけでいる。雪がちらつき始め、それでも急ぐ気はおきない。昨日も雪がふった。冬の日、雪がふると冷たい空気が町のうえでわだかまり、それから何日のあいだは雪がふったりやんだりを繰りかえす。粉雪みたいなものが服や髪につき、肌に触れると一瞬冷たいけれどすぐに融け、みたいなことを続け、薄いワンピースに上着だけの格好で出歩いていたら遠からず、いままでは風邪だけだったけれどおおきく体調を崩すだろうと思う。からだが冷えて辛くて情けないような気分が現実で、きらきらした夢なんてあるわけないって強調するたび夢のようになっていくというか、夢がないっていう現実をあまりソリッドに捉えすぎて現実感をなくしているような気がする。坂をくだりきるとあおいさんがまっていてくれて、そのことにまた情けない気分にさせられる。彼の手をとりまた歩きだす。病院や漁港をすぎ、駅前にでるまでの十分くらいの道のりは長くて、彼の背中におぶさっていられたらよかったのにと思う。そんなことを考えていても足を動かしつづけるかぎりは前に進んでいて、そのうち駅前につき、雑居ビルの三階の、薄暗い事務所へ戻っていく。ずっとここにいて、いつかは家に戻るか他の場所へ行くのだろうけれど、いまだけはここにいることが永遠に思えて、でも、そんな堅硬な場所でもないんだってことはわかっている。冷えたからだを毛布にくるみストーブのまえに座る。少ない仕事は片付いていて、やることなんてない。仕事が少ないからお金はあまりもらえず、そのお金も煙草や酒にかわり、たまることはない。お金があれば、何か素敵なもの、気にいるものを買ったりできただろうし、この町から離れて寝泊りできただろう、電車にのりむこうの工業都市へいくこともできただろう。給料日にはそれくらいのお金もあるけれど、気分は軒昂せず、ふさいだまますごしているといつの間にかお金はなくなり、いまの生活を維持するのに精一杯になっている。ここで一生をすごすことがないのはもうありえないってわかっているし、でもそれと同じように、このままどこへも行けずすごしていくような気も強くしている。何もかも考えるのが面倒になり、ストーブのまえで毛布に包まり、眠ってしまう。

 愛しているよとささやいたときがどれくらい昔のことか覚えていないけれどせいぜい数日のことで、さいきん時間の感覚がずっと伸ばされている気がする。今日は午後から風がつよく事務所の窓ががたがたいっている。ソファのうえに丸まった、毛布おばけの隙間から黄土色の空がみえ、雲は渦をまくように天球をすべっている。双子は天気にはしゃぎまわり、あおいさんは寝煙草をしている。もともと口数の少ない彼が喋らなくなり二日がすぎる。じっと、耐えるような時間がつづいている。古い合成皮革を張った茶色いソファのスプリングはからだをずらすたび軋み、遠くで雷の鳴るのもあいまって電気のつかない部屋は暗く、無言の空気が充満している。これから夕方にかけて寒くなれば雪が降るかもしれないれど、温かいので降らないだろう。毛布を巻きつけ煙草をくわえたまま窓辺へゆくと波頭のたつ海がみえる。窓をあけると風が吹きこみ書類がとんでゆく。松林と漁港のほうの空がぼんやり発光し、雲のむこうに太陽があることがわかる。風は生暖かく塊状で、風の彼とくらべたらずっと小さい窓から室内へ猛烈な勢いで侵入してくる。あばれた髪が煙草の火に焦がされる。双子がよってきて身を乗りだす。紅葉のながい胴が風にさらわれて飛んでいきやしないか不安になる。この風が雪雲や冬を散らしてしまわないか不安になる。一度雪が降ると何日かは冷えこみ、雪の降ったりやんだりの天気を繰りかえすけれど、もうおわりだろう。そのことが憂鬱で、とてもその場でじっとしていられるような気分でなくなる。春のくるのが嫌で、温かくなるのが嫌で、雪の降らないのも嫌だ。不吉な風鳴りがきこえてくる。あおいさん外へいこうよ。ソファにもたれる背中はちいさく、黒髪は暗いなかでもかすかな陽をはじき灰色になっている。外へいこうよ。
「さや、外へいきたいの」紅葉が訊いてくる。「そうだね」「いこうよ」五月がいう。「煙草を一本吸ったらね」双子は部屋へ戻り支度をしている。あおいさんの向かいに座り新しい煙草に火をつける。わたしに服は一着しかなく、彼に借りたままの上着を羽織るしか支度はなく、何を着るなんて選択はない。こんなに風がつよかったら寒くて仕方がないだろう。まほうの力で寒さなんて感じないようにできるけれど、そんなことはしたくない。燃える穂先をじっと見つめながらただ座っている。双子のながい支度を待ちながら鳶や鴎のとぶ姿を思っている。わたしだって空をとべるのに、いますぐ飛んでいこうとしない。盛夏服はくたびれだらしなくなっている。頭がいたくて目をとじると泣きそうになる。そういえば犬はどこへいったのだろう。もう戻ってきやしないだろう。もうだめだと思ったころ双子が戻ってくる。外出用のコートを着てはしゃぎあっている。双子はいつもそうだ何もないのに笑いあいたのしそうにしている。ブルゾンを羽織り、行こう、の目配せをする。「ねえさや、これあげる」そういって五月が帽子とマフラーをさしだす。「寒そうだから」紅葉も「わたしの靴をひと組あげるよ」といってくれる。「ありがとう」双子のくれたものを身につけて事務所をでる、振り返ったときもあおいさんは寝たまま煙草をふかしている。三階の事務所から外へでて、半分のこった煙草を踏みつぶす。
「どこへいくの」「さやが外へいこうっていったんじゃん」五月がいう。「あんまり遠くへいくと雨が降ってきたとき大変だね」紅葉にじっとみられている。「まあいいや、いこうか」もともともっていたものは制服しかなくて、あとはみんなもらいものだ。駅前をぬけ、海のほうへ歩いてゆく。黄土色のぴかぴか光る空をうつして海はあいまいな色をしている。帽子をかぶっていると髪があまりあばれなくていい。マフラーをするとあたたかいし、靴をはくと足がこごえない。「ありがとね」ポケットに手をいれてあてもなく歩きつづける。海沿いの道をずっといく。夏になるとこの浜には町のそとからきた海水浴の人がたくさんいるけれど、この浜で海にはいったことは一度もない。いまは海草や流木、その他ビニールや発泡スチロールが散らばり、砂浜は黒くなっている。空気がかすんでむこうでは雨が降っているのか、湾のさきはあまりみえない。双子は手をつなぎ堤によじ登ったりしている。雷が鳴り、とおくの雲が光る。強風が双子の身をさらいとんでゆく。雨が海のうえをはしり近づいてくる。遠雷と未だきこえない雨脚に肉がはじけるようなよろこびがあり、気がつけば人でないものに変わっている。羊の角と蹄が生え、かちりかちりと地面を踏んではしっている。黄土色の空がくらくなり、夜みたいになる。でも空をのぼって雲のうえまでいけば快晴だ。双子は空を飛ぶ鴎になりとなりをついてくる。旋回してのぼり、落ちてくる。軟らかな羊毛が雨に濡れはじめる。アスファルトが雨を浴びて暗くなる。風が樹をゆらす。磯で波が砕け飛沫が飛ぶ。灯台のある入り江をぬけてとおくまで、半島のむこうまではしっていけるかもしれない。でも、生まれてから町をでたことがない。あたりが雨音と雷鳴でいっぱいになり、双子の姿はとおくへ消えている。雨のなかを走りつづける。角や毛から雨がしたたり、蹄の細い足が音をたてる。この浜はちいさく、ふりかえれば駅の入り口がまだみえる。ひとじゃなくなっても走る速度は遅い。想像のなかではずっと速かったのに現実ではからだが重たくて前にすすめなくて、これではいけないこんな風じゃなくてもっと風を切るように走りたかったんだと思うけれどずっと重たく遅くて、蹄の足はおとされる。あたりにはひとりで雷がなり、音だけがきこえて光はとどかない。ぬれた羊毛が雫をこぼし、つよい風が疎密な雨脚を地面や海面にしるして見えるようにしている。さみしいような気持ちになってそのことに不意に満足感を覚えたとき、海上の雲のしたに双子の姿をみつければ、彼と彼女は旋回し飛びまわり雲にもぐり風に翻弄される凧のようでこちらへ近づいてくる。地面におりたときには三人ともずぶぬれでとても寒い。薄い服しか着ていない姿から双子も山羊の姿に歩きだす。大雨で暗くて、海のむこうだけが晴れかけて、破れた雲のあいだから黄金色の空気がかすかにふき、ずっと遠いわたしたちは無言で風雨のなかを歩く。きっと遠くまではいけないだろう。寒くて走ったからだは重たくて仕方がない。それでも何時間もかけ隣町の駅へたどり着く。雨の日だからかもしれないけれど、誰にもすれ違うことはなかった。駅の近くで変身はとける、紅葉の癖のある髪は金壷眼のまぶたにはりついている。ひろい額があらわになり、眉が露出している。五月も髪が首筋やこけた頬に張りついている。重たいブルゾンのポケットに両手をいれ、煙草をとりだすけれど濡れて吸えない。ずぶぬれのまま電車にのり、車両にはわたしたち以外のだれもいない。つり革をつかんだ足元には水たまりができ、一駅となりの駅へつくと制動のゆれで水たまりが薄くのびてゆく。電車代は紅葉がだしてくれた。お金を使うことといったら煙草と酒を買うときと、食料品を買いにスーパーへ行くときだけだし、雨にぬれるのも、こんなことは久しぶりだ。

 駅をでても雨は降りつづけている。双子と手をつなぎロータリーを駆けぬけ水たまりを蹴る雨粒よりおおきな飛沫をたてながら事務所へもどる。息をきらしてぬれた靴は重たくてなかなか脱げずようやく部屋にあがると彼は騒がしさに目をさまされたみたいでソファによりかかったままこちらをみていたけれど、煙草に火をつけるとまた横になり眠ろうとしている。双子は早々に部屋へもどっていったけれど、わたしの歩いたあとと同じく点々と水たまりができている。ワンピースの裾をしぼってからあったけれど、雫は服からも髪からもたれている。タオルで髪の水気を払い服を脱いで毛布をかぶる。あおいさんは眠っていたみたいだけれど気がつくとおきだして水たまりをふいていた。「ごめんね」借りものの上着は脱ぎ捨てられていたけれど、もういちど水気をはらってハンガーにかけ、ポケットから煙草とライターを回収するけれど隣町の駅にいたときとおなじにぬれている。雑巾をもったままのあおいさんが胸ポケットから手巻きの煙草をさしだしてくれる。「それは、いらないよ」双子の歓声が爆発して毛布をかぶり髪から滴をたらす姿をみつけると乾いたタオルを頭にのせ、煙草をくわえさせ火をつけてくれた。夕方をすぎ部屋は暗くなっている。ストーブだけがこうこうと赤く、あとは蛍みたいにちいさな光が四つ揺れている。雷鳴がきこえるだけで、光はなくて、だれも話さないでいる。出かけるまえと同じだ。雨にぬれていた髪はストーブの熱に乾かされ、ふれるとかさかさした音をたてそうな束になっている。あおいさんが喋ったら、しかられるだろうと思ったけれど、きっと、そんなことはいわないだろう。変わらずに水たまりをふくだけだ。雨は霙に変わり、雪の降りそうな気配がするけれど、もうこれが最後になる。雪の冷気が空気にとけて、風が吹くたびむきだしの脚や頬がいたむだろう。窓ごしにみえる山のほう、高速道路の走るほうがぼうっと明るくなっている。雪が降らなくなっても空は銀鼠と白のまだらになり、つよい風の日は渦をまいて天球をすべるだろう。寒くて死にたくなるような天気が続き、でも、もう春が来る。今月中にはその兆しもあらわれる。寒くて気のふさぐまいにちがおわるのに憂鬱で仕方がない。何も変わって欲しくない。いまのこの純情を汚さないで欲しい。新しいものなんて、豊かさやたのしいこと、幸せなことの一切からはなれていたい。新しい煙草に火をつけ雷鳴をきくけれど、とおざかり、もう一時間もしないうちにきこえなくなる。幸せになってはいけない。辛くないと、生きている気がしない。ストーブの一台と毛布を巻いただけではこの部屋は寒すぎる。丸めた膝をもう一度抱きなおし、肩からずり落ちる布をひきあげるけれど、簡単な服は砂みたいにくずれる。苦しくなり紅葉のひざに倒れこむ。骨ばった両脚のうえの視線から彼女の顔をのぞきこむとすこし笑っていて、紅葉の手がかわいた髪をなでる。荒れていて、ひっぱると千ぎれてしまいそうで恥ずかしい。束がつぶされ、擦れる音がする。でも、大きくなってしまい、ふたりの口には煙草がくわえられている。いたいけなときもあったし、いまもそうであったらと思うけれど、もうもどれないんだ。もしかしたら、その片鱗くらいはまだのこっているのではと探すけれど、稚い自分は潰え、それでもなけなしの幼さを守るのであればみっともなくなり、さもなくば棄てないといけないのだろう。そしてもう一度とりもどさないといけない。いやらしいんだ。そんなことをしても歳をとった自分が相対的に遠く幼くなったものを回想し、取りもどしたと錯覚するだけなんてわかっているし、そうすることしかないこともわかっているんだ。あおいさんは煙草を消し、てのひらを目のうえにのせる。今日はもう眠ってしまうのだろう。霙が窓がらすにはりつき、光を反射している。窓を開けて空気の冷たさを一身にあびたい。立ちあがれば毛布ははだけてしまうだろう。跣がタイルを踏み縮こまる。冷えた指がアルミの窓枠に触れるとくっついてしまいそうになる。振りむくと双子が注目している。浮きでた肩の、鎖骨の頂点や、ほくろの散らばり背骨のかたちのわかる、肉付きのわるいからだを見られることが恥ずかしい。そんな風でも歳をとり、からだはおんなのようになっている。鳥肌をたてる肋骨の浮いた胴や肉のついていない腰や膝を遠くの街灯やストーブがかたちのわかる程度にてらしている。貧相で稚さと成長のまじった気持ちのわるいからだでいる。見られながら鍵をはずし窓をあける。部屋の空気よりずっと冷たい風が吹き、青白い肌の表面を冷気が撫でている。霙が鎖骨と胸のあいだにおちる。へたりこみ、背中を壁につける。つめたくてぺたりとしていて気持ちわるくていいことなんて何一つない。煙草が燃えつき、窓から投げすてる。霙なんだ、勝手に消えてくれるだろう。立ちあがり窓をしめ、ストーブのまえに座りなおす。銭湯へ行く準備をして双子に目配せをする。壁につるされたままの制服は未だしめっているし、人のいるところにひとりででてゆくのが怖い。双子もタオルやシャンプー、洗顔などを持ちやってくる。制服に似た、綿でできた薄いワンピースももってきてくれて、うやうやしく足をとおし、袖をとおし、背中のボタンを留め、着させてくれる。もらった靴はぬれたままでサンダルをはき、ひとりだけ夏みたいに外へでる。寒ければまほうをつかえばいいのに、そんなことはしたくない。雨の降っていたときみたいに手をつなぎ駆けだす。ロータリーを抜け、桜の植わる家のかどをまがり、枯れ草の揺れる川ぞいをとんでゆく。地面はぐずぐずの霙がつもりかけ、水銀灯にぎらぎらしている。足取りは軽くてでもむきだしの手足は冷たく痛み、霙を蹴りあげる指先は赤くなっているだろう。強風にさらわれてとんでいきそうな気がする。銭湯は近くですぐについてしまう。走ったら、ほんの三分くらいの距離なんだ。なんとなく笑いあっていた口をつぐみ、手をはなす。のれんをくぐり、サンダルをしまい、お金を払って五月とわかれる。脱衣所にはいり、着膨れした紅葉を見ながらワンピース一枚のからだを見おろす。腕とか足とか、なんとなく太ってみえるけれど鏡越しの姿は痩せこけやくざな生活を送る不健康者の体でいる。ノースリーブの肩から腕がだらりと伸びて、腰のしたのあたりに指先がある。足は所在なくすこしひらき、髪は不揃いなまま肩まで伸び茶気ている。表情は憮然とし、もともと薄かった顔だちのなかで目がくぼみ、頬骨が張ってきた気がする。首も肉がなくなり筋が浮き、太い肩紐のあいだで鎖骨が目だち、服にかくされたなかにもたくさんの骨が浮いている。五月はどうしているのだろう。ひとりで風呂にはいるのだろう。紅葉と同じような格好をした男の子で、事務所のみんなと同じように不機嫌そうな顔をしている。白い痩せたからだをしていて、双子なのに紅葉とは違う色だ。重ねたカーディガンやブラウスを脱ぐ彼女の、たくさんのボタンからみえる肌は浅黒い色をしてい髪も癖がつき、わたしよりずっとくぼんだ目であまり日本人然としていない。彼女は服を脱ぎおわり待っている。指先が真直ぐまえを向いた足をじっとみて、彼女をみる。髪をかきあげ絡まないように脱がしてくれる。ボタンのはずれる音や布の擦れるかすかな音につつまれる。服をかごにいれるとき落としたタオルをひざをまげずに拾い、浴場にはいる。しめった空気につつまれる。ちいさな銭湯で、天井にいくつかついたオレンジの電灯も薄暗く、老婆はからだを洗い、四十すぎくらいの女は浴槽にはいっている。紅葉に手をひかれ、からだをあらい、四十の女のはいっていない浴槽にはいる。紅葉もとなりで浸かってくれるけれど、そのうち飽きて電気風呂に入ろうと足先だけつけてやめたり、のぼせかけ水風呂にはいったりしていたのでシャンプーをしているあいだにさっさとあがった。ぬれたからだをちいさなタオルで拭き、湿り気ののこるからだにまた直接ワンピースを着る。ワンピースが健康ランドにいるみたいだ。足のうらのしめった感じや、曇った鏡にうつる顔はさっきと同じく憮然としていて、頬のすこし赤くなったところや、濡れて色を濃くした猫っ毛が顔にかかっているのがいやらしく思え、脱衣所をでる。待合室では五月が先にあがっていて、いくつかある卓のひとつで煙草をのんでいる。ソファにすわりうなだれ、同じようにぬれた髪を顔にへばりつかせている。あずきのアイスを買い彼のむかいに座る。ひとりでは留められない背中のボタンは紅葉をまたずにでてきたからおおきく開き、布はだらしなく腰のほうへ垂れている。見かねた五月が立ちあがり、紅葉とおなじように髪をかきあげ留めてくれる。滴をたらす髪も乱暴にだけれどふいてくれる。煙草に火をつけるけれどまだぬれたままの髪ではにおいがうつってしまいそうな気がする。カップアイスを木のスプーンですくいながら紅葉をまつ。今日はとおくで地震があったらしくて、待合室のテレビではその話が流れている。大きな津波もあったみたいで、波のうえをたくさんの家や車、その他の残骸が転がり、水のうえなのに火があがっている。アイスが半分食べられ、もう半分がとけたころ紅葉がコートを抱えてやってくる。はだし跣のとなりにすわり、彼の煙草を吸っている。灰皿には吸殻がたまり、テレビでは地震とその関連の話をしている。立ちあがりでてゆく。事務所をでたときとおなじざあっっとした風が吹き、あたたまったからだはすぐに冷えてしまう。振り払うように走りかえっていく。羊のときとおなじようにからだは重たく風をきるようには走れない。小学生からの長いあいだ学校へいっていないけれど、ずっと昔の体育の授業を思いだす。短距離走でも想像ではずっと速く走れていたはずなのにからだが重たくて思ったとおりには走れない。脚が絡まり転んでしまう。ひざを擦りむき、赤黒い傷口に砂が入りこみ恥ずかしくて泣いた。いまはそんな風に転んだりしない。薄いゴムのサンダルが人気のない夜の街をぺたぺた走る。ロータリーではバスを待つ人が青白い電灯にてらされて立ちんぼでいるのをみかけた。双子は手をはなし、わたしよりずっと速く駆け、ときどきくるりとふりかえりこちらをみている。事務所までの道は短く、でもしめったからだはすぐに冷たくなりビルの三階の戸をくぐるころには凍えている。サンダルをさっさと脱ぎすて、でたときと変わらない室内にはいり込みストーブのまえで毛布を敷き三角座りになるけれど、ひざにのせたワンピースの裾はすぐにくずれてだらしなくなってしまう。双子の姿はみえず、物音もきこえてこない。あおいさんはまた起きて、煙草を吸っていたとおもったら帰っていた。ここ数日事務所にいたから帰るところをみるのは久しぶりになる。家の麻の様子でもみにいったのだろう。事務所の一室はしずまりかえり、こうこうと燃えるストーブのほかに動きをみせるものも音をたてるものもいない。蒸気にしめりかけていたワンピースは乾ききりひび割れそうになっている。てらされた足の爪が光を反射していて、色のない爪に色をのせてくれているけれど、きっとそんなことはないのだろう。時計のかけられた壁はとおく、何時かはわからない。みぞれは雪にかわり、高速道路のほうの赤い雲をみていると眠たくなり、燃料が十分にあることを確認してあおいさんの毛布を借りる。今日は床で丸まって眠る。天井はたかくてぼおっとしたかげにてらされている。もう冬も終わりだ。明日起きたら雪もやんでいるだろう。寝返りもうてないちいさな寝床のうえで半身をころがす。

 あおいさんがもどってこなくなり一月がすぎる。ソファで目をさまし、はだけた毛布をかぶりなおす。まだ陽の昇るまえで、室内は灰色の光でてらされている。横になった格好でも海のはしがみえ、球体の陰からのぼりかける光が雲をゆらすようにさざめき紺色と銀色の風になり夜を斥け雲の色を変える。硬い光が雲に反射している。安心しているのかようやく巻きつけた毛布をはがし、上着とって外へでる。サンダル履きの足が暗い階段をおり、最後の段にはぼやけた光がさしこみ、指先から足の甲を、足首を照らし、三季節のあいだむきだしにされていたけれど真白なままだった肌をぴかぴかとする。穴倉のような階段を(出口は四角く、光がぼんやりと侵入しかけ縁が発光しているようにみえる)でると視界がひらけ、寂れた駅前では風が枝だけの街路樹を揺らし、錆びたバス停の庇を軋ませている。サンダルの足が舗道をふみ、飛び跳ねる。誰もいなくて、そのなかを髪をあばれさせながらとんでゆく。跳ね、まわり、着地し、爪先がすべってゆく。髪が風をふくんでひろがり、すぼまり、揺らめく、さまを鈍いひかりが照らし、頬のうえや額や耳のしたに灰色に塗りつぶされたかすかな陰影をつくる。山のほうはまだ紺色と黒で、海の端はのぼった光が重たい黄色や薄い赤、銀色になっていて、そのあいだをわたしだけがとび跳ね、踊りなんてしらないのに躍っている。死にかけた真冬のなかを、身につけたものはくたびれた盛夏服のワンピースと壊れかけのビニールのサンダルだけで、ぱさついた髪を乱れさせながら踊りのようなものをつくりあげようとしている。雪は一昨日にも降ったけれどすこし積もっただけでいまは道ばたの灰色の塊になっている。緑がかった土色の雲は陽の光りに破れかけ、発光し、海風が端から散らしてゆく。小雨が降りはじめ頬をたたき髪をしめらせてゆく。もう春の兆しで、風がやわらかくぐずぐずの塊のように吹き、むきだしの足を弱々しくなでてゆく。両足で着地した脚は走りだし、海へむかってゆく。坂道をくだり川ぞいを走り、礫だらけの海へむかってゆく。海にはまだ雪が残っているだろう。崖ぞいの枯れたはまなすのあたりや、礫と流木のかげに残っているだろう。その雪はわたしの降らせたものだった。雪の降る日をまっていた。一月まえのようでなくていいから短いあいだだけ降ったりやんだりを繰りかえすくだらない雪の降る日を、ドラマチックで陰鬱なまいにちと終わりを短いあいだだけ続かせるのを待ちつづけ、ついにまほうつかいであるわたしが自らかなえさせた。桜の家のかどをすぎ、橋をわたり、砂利道をかけてゆく。犬の手綱をひく女だっていない、薄暗い町と草木と川のあいだをかけてゆく、壊れかけのサンダルでは痛いだろう。はみだした親指の皮膚が裂けても走りつづける。短い距離だ。枯れた葦に目もくれず、花の咲いていない黒々とした樹皮の桜もみないで汽水の川をこえ、くだらなさそうに揺れる漁船をこえ、礫の海へ、湾のむかいに煙突群のたつ工業都市をのぞむ海へ。
 浜へ侵入する狭い階段を抜けた先には海しかなく、膨大な水が石をあらいひいてゆく。何万年も繰りかえされた光景で春だってずっと迎えてきたのだろう。陽は海の端をこえ、ごく低いところで光っている。雲が覆っていないのはその海の端だけで、だからそこだけが釜の油みたいに光っている。ひらけた海を目前に手を膝につき、重たい白い息を吐いている。寒すぎて汗もかかないし、肉は冷えかたまりそうだ。手足の先がきれてしまいそうに痛い。まだ風邪も治っていないのだから、またからだを崩してしまうかもしれない。息のととのうのを待たず波打ち際へゆき、爪先が塩水にふれるのをみて満足し、濡れた流木に座る。もう、冬の海にはいりたいだなんて思わないだろう。背中のむこうには枯れたはまなすと穴だらけになった雪があるけれど、どちらもこわれかけでみすぼらしくいる。波は壊れることなくずっとおなじようでいる。水平線をやすやすと越える陽がさらに高くなり、朝焼けの面影のなくなった、銀と灰のまだらの海を離れる。不安定な礫のうえを風にあおられながらはなれてゆくと、とおくの松林も、烏帽子の形の岩もとんでいきそうだ。もうここに来ることもないだろう。

   2  (ゆめからさめても?)

 湾のむこうにみえる緑に埋もれたようなちいさな町がわたしの育った町で、いまは誰がすんでいるのかも知らずひとり湾のむこうの煙突のならぶ工業都市へ、あおいさんがいなくなりまほうつかいでもなくなってから一年をおいて腐りかけのちいさなアパートの二階へ引っ越した。一年がすぎても学生のままで、転入先の学校は制服もなく、古い制服類はすべて実家にのこして手元にないので普段着しか着ることはない。工場群の端にある学校は荒れていて、茶色に曇った窓がらすは割られ、まき散らされた吸殻はあまざらしになり茶色いしみをコンクリートにおとし、ひび割れた校舎、曇った窓ガラスの光をあびて白くなる黒板、土埃をあげる校庭、屋上に佇み煙草を吸うどこで買ったのか知れない詰襟を着た男たちに、交わるワンピースの女とスウェットの男らはちいさな屋上のうえに同時にいるのだけど互いに関知せずまた同様のことが野放図のばらの蔓と垣やこんもりとした緑の茂る中庭とその隅の校舎の陰になったどくだみの茂みで学校というものの営みはくりかえされ、くりかえされ、十年以上ももっとくりかえされ、来年も再来年も学舎から最後のひとりやつがいが消えるまで有機的な生命か水彩絵の具の筆を洗うバケツみたいにくりかえされているのだと思う。電灯もついていないどこの教室ともおなじように扉のなくなったロッカーや落書きだらけの机とそこに座る男女やリプトンの紙パックの散らばる教室には一月もしないでなじみ、髪を茶色に染めた女や逆立てた男らと話すことにもなれ、染めたわけでもないのに色の抜けて乾燥した髪をくくりもせず蓬髪をそのまま灰色のパーカーのフードのなかや肩にちらばらせたわたしは座席なんて指定されていないけれど座りなれた椅子に座り、誰もきかない授業をきき、煙草を吸っていたけれど、それももう飽きて昼休みをまえにでていくことにする。土足のままで誰もつかっていない下駄箱をすぎ、薄暗い昇降口をでると、春の暈が白いまま眼球のなかで乱反射し目蓋をとじて、そのまま校門をでられるかという気になり歩いてみたけれど、十歩もせずにこわくなり目が慣れるまでうずくまる。海辺の町からみえていた煙突群があまり煙をあげていなかったのはどの工場も操業を停止しているか会社ごとつぶれたかしているのが原因で、工場街へはいっていってもひとの姿は目にはいらない。だけど遠くで金属のたたかれたり擦れたりする音や他にも原因のわからない音がずっと白昼夢みたいにきこえていて、でも、あの高校ができたころにはもっとたくさんの音がし、ひとがあふれ材料と製品を運ぶトラックが粉塵をまき散らしていたのだろうと想像すれば悲しくなり、錆びた鉄塔と煙突の立ちならぶ道の真中を歩きながらうえを見あげ、薄い水色の空にほんの少しだけ背を伸ばすそれらをみて、にぎやかで騒がしく行き交うひとにあふれ都会みたいな感じだったのだろうなあと想像していた対岸の町にいたころを思い出すけれど、きっと万事でなくてもあふれるあれこれが同じ調子なのだろうと想像して溜飲をさげる。二、三条となりを走る高架の鉄道で列車の通過するおとをきいたり、白煙をあげる数少ない工場の音を聴いたりしながら歩きつづけるのは山を登攀するのとおなじような感じなのではと想像しながら風雨に削れ白くなったアスファルトを踏み、油のういた緑色の水たまり(春の白い光をあびている)を飛びこえ、ひび割れたところから生えるノボロギクを蹴散らし進む。工場の合間に生えるねじくれた潅木はがさがさの樹皮から新芽をだし、海辺にならぶ山積みの朽ちたコンテナ群の足下にもノボロギクや枯れたセイタカアワダチソウやらが群生しているなどの放棄されたひとの住まない用途の町にはありがちそうな景色を一時間ほどでぬけ、いまでは船のほとんどつかない埠頭へでる。海のうえにも何につかわれていたのかわからない櫓みたいな鉄塔がならび、それぞれ傾きくずれかけていて、適当な船でもあればあそこまでいけるのだろうになと思ったり、海に沈んだ車をみたり、フジツボや牡蠣のびっしりついた岸をみおろしうすい緑のあわい波が光に揺らめいている様や湾のむこうの町を眺めたら満足する。埠頭にはきっと夏から放置された花火の焦げあとや風雨に色のぬけふやけた手持ち花火や打ちあげ花火の残骸とひっくり返ったバケツ、燃えあとのある錆びにまみれた軽自動車などがあり、それらも工場群も朽ちたコンテナも波のたたない海もわたしも一様に春の暈のなかで揺らめいている。歩きつかれ、すっかり錆びた車にもたれ(背中をあげると錆の粉がびっしりとついているのだろう)、パーカーのポケットから煙草を取りだし火をつけ回想する。くだらないがらくたみたいなまいにちだったけどきっと楽しかったのだろうと思う。彼は何も話さなくなり、双子とはばらばらになりあれからみていない。事務所にいくこともなくなり、逃げるようにこの町にきた。
 あんな風に何も話さなくなった彼とじっとすごしていた日々はもうずっと遠くなのにわたしは何も変わっていない。もっと目まぐるしく弥がうえにも変わっていくだろうと思ったのに、場所が変わっただけで性質はなにも変わっていない。回想のなかでわたしは彼の喋っていたころを思いだしながら草木とおなじようになった彼を眺めているのが好きだった。十も年上で、それなのに自分の生活をかえりみることなんてできない姿をみて、好きだと思っていたんだ。だけどそれは、わたしがわたしの未来を思い、何もできやしないだろう、希望なんて一切持てやしないだろうというのを肯定するための材料にしていたところがある。それでも、でも、好きだった。伸びたごわごわの髪や剃っていないひげ、何も見ていないような目や、麻の煙草を吸う姿、パーカーの紐をもてあそぶ指先。みんな好きだった気がする。
 でももう二度と事務所へ行くことはない。あそこにいたあおいさんも、紅葉と五月もいなくなり、わたしもいなくなり、いまもあの部屋(だらけたソファや吸殻のたまった灰皿、麻の鉢、きたない机、双子の部屋、ちいさな台所)が手つかずでいるかはわからないけれど、誰も管理していないだろうし、家賃も払われていないのだったら郷愁を喚起する何もかもは部屋のタイルや曇った窓枠程度しか残っていないだろう。鍵ももっていないから、今更もどっていっても入れない。日々の輪郭を回想する代わりに割れたリノリウムの端をなでることも、曇ったサッシとがらすをひらくこともないだろう。不義があったのかは知らない(知っている)けれど、二度ともどることはできないし、わたしはまほうつかいでなくなったのだし、三人にもあうことなんてないんだ。
 遊弋する鴎が三羽、港のあたりを飛んでいて、煙草は二本が足下にすてられ、三本目のくわえられた煙草の灰がおれ、わたしはおととい十九になり、しかし未だ対岸の町にいたころとたいした変わりのない生活をしている。「わたしはまほうつかいだったんだよ」小さくゆうと潮風がさらってゆきごく短い時間で消える。まほうつかいだったころなら、言葉を言葉のまま、口にだしたままのかたちでおいておくこともできたけれど、もうできない。帰ったら飼っている男だか、住む場所を貸されるかわりに買われている男にまほうつかいだったことを話してもいいかもしれない。枯れ草とそのあとから生えるススキやその他禾草や外来植物の生え始めた野から風のざわめく音がきこえ、雲が陽をかくしはじめたのでもう帰ることにする。広い錆びた工業団地は明日も明後日もまいにちのように腐りつづけ、しかし最後の工場が閉鎖されるまであり続け、少ない船も港に着きつづけるのだろうけれど、ついには誰もいなくなりいつか見たような野犬と学校にいるような男女があふれ、それもいなくなり更地にもどるまで亡霊のような鉄塔や煙突群があり続けるのだろう。

 学校へは戻らずスーパーに寄り料理をし、食べきり眠るころ男は帰ってきたけれど酷く酔いちらしている。ふた間のアパートの玄関に倒れ眠ろうとしている。赤黒い顔を見おろし、このひとつ下の男を飼っている理由を思いだし、水を汲んで泥のような手にコップを握らせる。その頃には男はすっかり眠っていて、体温の高い手からコップが落ちて板張りの床と男の服を濡らす。眠る間近であったのにこんな目にあうことにすっかり嫌気がさしこのまま放っておこうと思ったけれど、それでもわたしの拾った男なので台所の隅にしつらえた男の寝床までわたしよりもずっと重たいからだを引きずってゆく。体温の高く、重たいからだをしていて、浅黒く縮れた茶髪をした男で、色白でにきびのあとの残る丸顔の、痩せたからだに痛んで色の抜けた髪の女とは、男と女として似合っているのかいないのかしらないけれど、うらぶれた、治安の悪い一角に住む男女としてはそれなりに似合っているといえなくもない気がする。木造二階建ての腐りかけのアパートの二階の角部屋で、台所のひと間と畳敷きの六畳のひと間でカーテンはかけられず、畳は表面が荒れ、角は浮いている。電気を消して月光が部屋の半ばまでさし、男のいびきで部屋のなかはいっぱいになっている。酔って帰ってきて、言葉をかける間もなく眠ってしまった。まほうつかいだったことを話したかった。でも、酔っているのではきいてもらえないだろう。素面のときだって、もう、きいてはくれないだろう。それでもこの男と暮らしつづけ、飼いつづけるのだ。
 うらぶれた一帯は夜になると少ない電灯と月明かりだけがあり、昼になれば陽光が波のように照らし、四角いアパートの一室から工業地帯の一帯から、湾を挟んでむかいの半島が湾を円にしてきちんと半球におさまっているのだけど、そんなことはともかく部屋には男のいびきがありわたしがベッドに布団もかぶらず横になっている。

   3  (ゆめからさめても!)

 工業地帯の一夜をすぎ朝がきて、酒焼けした顔の男は起きだし煙草を吸いながらテレビを見ている。テレビがあるのは奥の部屋で、一台のテレビとベッド、カラーボックス、ちゃぶ台があり形態の目覚ましを止めると午前七時で学校へ行く準備をしないといけないのに男はシャワーを浴びたみたいでぬれた茶色の髪で灰色のスウェットにタオルを首にかけ眠たそうな顔をし、発泡酒を飲みながらピスタチオを食べている。
「ねえ、学校いくの」
「いかないよ」
「じゃあわたしだけいくよ」
 男のぶんとあわせて朝食をつくり昨日とおなじ灰色のパーカーをかぶり髪をひとつ結びにする。男は背中をむけたままテレビを見、ときどきチャンネルを変えている。気がつくと八時をすぎていて、学校へ行く時間になっている。背中はじっと動かず、今日も学校へ行かないのだろう。あの学校では行くのも行かないのも変わらず、授業をきいているのは少数だけだ。「ねえ、本当に学校行かないの」「行かないっていったじゃん」「ねえ話があるんだけど」「何」「わたし、まほうつかいだったんだ」「何いってんの」「あはは。そうだよね。ごめんね」「くだらないこといってないでさっさと行けよ」「……うん」財布と煙草をつかんで部屋をでる。何もかもがだめでうまくいかない気がする。波々のプラスチックの屋根のしたでいま閉めたドアにもたれ座りこむ。土埃や枯葉や紫外線に変色した薄明るい廊下のしたから空を見あげると苛々するほどあかるい水色をしていて何もする気が起きなくなる。煙草に火をつけからだの力を抜く。頭がドアにぶつかり、その音がきえるとかすかに室内のテレビの音が、遠くのカラスと犬の鳴く声も、車の音もきこえてくるけれど人の姿はみえない。人気のない町で、どこも捨てられたか手入れのされていない二階建てないし平屋の家々が平面に工場街の間際までならんでいる。座りこんだ足下に吸殻が何本か落ちていて、それらはわたしのとおなじものだ。煙草を指に挟んだまま顔をおおうと前髪の焦げる音がする。まほうつかいだったことを話せば閉塞がうちやぶれると思っていたのに、そんなことはなく、取りあってももらえず、昨日とおなじまいにちがあるだけだ。なんでもできるまほうつかいで、きらきらした素敵なもの自体であったはずなのにそんなものにはなれず、安アパートで朽ちていっているわたしのことを思いやるせなさにうもれてゆく。対岸の町にいたころ何をしていたのか何も思いだせない。楽しかったことやつらいことがあったはずなのに、その一切がとおく、言葉で表すことはできても実をもった感情になることがない。楽しかったこともなにもかもそのときをすぎれば乾燥した記憶になるだけで、シーケンシャルな言葉になり、感情を取り戻すことはできない。彼と双子の狭いなかにいることに安心し何もしなかったまいにちは輝かしくて幸せで苦しくて抜けだしたかったのに、その幸福と苦しさで息のつまる感じも、焦りで頭がくらくらする感じもいまはない。当時はまほうつかいになればなにもかもが変わるはずだったけれど何も変わらず、現状を肯定するために鬱屈し不幸せでいることこそが幸福なことだと思い込み安心を作りだすために雪を降らし、けれどそれでは好きな未来を手にいれることはできないってわかっていて、変わらなくてはと焦り春を待ち、一年をおき憧れのかたまりのような工業都市へ越してきたけれどここにはきらきらしたものなんて何もなく、あるのは不良少年少女の毎日だけで、品を変えただけで生活はなにもかわっていない。地続きのまいにちがあり、結局わたし自身が自分のことなんて考えず暗くじめじめしたところから離れてゆかなくてはいけないのにそれをしようとしない。煙草はフィルタまで燃えつき灰が服に落ちる。立ちあがり灰をはらう、階段をおり、アパートの敷地を出てゆくまで男の見るテレビの音はついてまわる。学校へ行く気はなくなり、昨日の埠頭へ行くことにする。海と対岸の町を見ることは感傷にまみれていてこれこそいちばん棄てなくてはいけないものなのにできない。きっとずるずるとこのまままいにちがすぎていくのだろう。工場街へはいっても太陽は燦々としていて腹だたしい。あたりには操業する工場よりも野犬ときこえてくる女のあえぎ声のほうが多い。油の浮いた水たまりにノボロギクなどの雑草、捩くれて葉を落としたまま芽をふかない潅木のあいだをぬけ、つぶれた工場へ侵入する。機械のとりはらわれた広い空間に天井が落ちている。瓦礫のあいだを歩き、四方を建物に囲われる中庭のような広間へでる。疲労だけでない消耗に、適当な瓦礫に座りこむ。いまさら学校へ戻る気も男のいる家へ帰りたくなく、時間をつぶさなくてはいけない、友達のいない不良少女の昼間だ。建物のあいだから痩せた野犬がでてきて驚くけれど、餌付けされているのだろう人懐こくよってくる。見たことあるような犬で、対岸の町にいた犬と似ている。あの犬ももう野たれ死ぬか保健所に回収されているだろう。足に顔を押しつける姿を見ていると親愛がわいてくるけれど蹴り飛ばしたくもなる。足をふりまわし追いはらっても逃げようとしない。あきらめて出てゆくことにする。中庭を横ぎるとまた見たことあるような草を見つける。
 捨てられたものが芽をだしたのか植えられたのか、犬麦などのあいだにちいさな麻の生えているのを見つける。根元の土と一緒に三株を落ちていたコンビニの袋に入れていた。手は土まみれで、握ったぼろぼろの袋から葉を飛びださせた植物を見ている。彼みたいに麻を吸っていたら、すこしは違ういまになっていただろうか。そんな訳はあるまい。袋を放りだし土のうえに座りこみいったん煙草を吸う。こんなものでまいにちが変わるわけでもないだろう。まともな未来はみえず、ただ時間だけが遠望にあり、続く、続くだけだ。犬がひざに擦りより目をのぞいてくる。飼えとでもいっているのだろうか。男にくわえ犬まで飼う余裕はない。彼の吸っていた煙草はわたしの吸っているものとちがう味がするだろう。だからこれを育て吸い、彼とおなじようになるのか。おなじようになったら、また、まほうつかいになるのだろうか。もう、まほうつかいがきらきらした夢のようなものだなんて思えないのだから、なりやしないだろう。このまま学生で、学生じゃなくなったら生きていけなくなる。そのときのためにこれを育てるのか。よくできた未来設計で隙だらけだいい訳にすぎない。だけど、その未来を試すくらいまで麻を育ててもいいし、犬だって、切り詰めれば飼えないこともないだろう。いい訳なのはわかっているけれど、何を悩んでいるのだ。見つけたときからわかっていたんだ。彼のように生活に秘密をつくるように麻を吸うようになる。感傷まみれの古い麻と犬で生活を再建するのだ。わたしの、生活の希望だ。

 手にきたない袋をさげ、犬を連れて帰ると男はまだテレビを見ている。薄汚いふたつをみつけると男は怒り、また、欲望の瞳でわたしをみている。犬を蹴り飛ばされキッチンの端でぐったりし、押し倒されたわたしは麻の袋に倒れこむ。希望の潰える感触がし、結局なにも変わらないのだ。このくだらない男を飼うような選択をするわたしだから何も変わらないし変えようと思っていない。麻も犬も幸せだった昔のことを思い出す道具にするだけで、未来なんて見ていない。今度こそはと新規まき直しを夢見るのは夢だから見ているだけで、手にいれようだなんて、一切、思っていないのだった。