donuthole.org / novels / Golden / 1章_2

130731(Wed) 21:29:42

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 日本から独立した経済圏を保つ千葉は私が生まれるよりずっとむかしに物理的にもほとんど切り離された。歴史の授業は苦手で、物理学もわからない私にわかるのは反物質なんとかという爆弾が日本中に、千葉の付け根や霞ヶ浦と呼ばれていた湖に落とされて、いまでは館山とか木更津以南と銚子までの九十九里浜沿いにしか地面がないこと、それから、銚子と東京湾アクアラインの千葉へ入国するふたつきりの道には税関が設けられて隔たっているということしか知らない。
 千葉が日本から一応の独立を獲得して今年で五十年。戦時中から経済は次第に独立していったそうだけれど、決定的なのはその五十年前になる。千葉の円が生まれたのがその年、芦原学園の生徒代表を決める青ばら選挙という行事がある。そこで地域通貨を発行して多数の在学生を買収したひとがいる。そうして見事選についたかつての青ばらは当時非常に非難されたそうだけど、いつしか彼女が発行した通貨は芦原の外でも使われるようになり、票も、なにもかもがその金で買えるようになった。いつしか青ばら選の票を買うために発行される債券は野ばら債と呼ばれるようになり、選挙制度も変容し、票を集めるのではなく保有する青ばら債の数に応じて投票権がもらえるというものになった。野ばら債も、選挙のたびにかたちを変え、短期社債のような性質をもっていたものが馬券のように選考期間の終了後、保有する債券に応じて投資家に金がはいる仕組みになった。青ばら債と野ばら債、ふたつの債権を中心とする芦原市場は次第に発達し、それに伴い房州のお嬢さま学校は投資家の養成機関のように変化していった。
 房州の奇跡、千葉円を最初に発行した海江田月子はその十五年後、千葉政権を奪取し、日本からの独立も奪い取った。
 というのが千葉国のあらましなのだけど、入学当時茜にいちど聞かされたきりなのでほんとうかどうかはわからない。
 そもそも、私が千葉、かつての半島の突端、館山にやってきたのだってまだ半年と経っていない。去年までは世田谷にいたらしいけれど、引っ越してきた。それ以前のことは記憶も曖昧で、彼の土地にいたことは覚えていない。思いだしたいとも、思わない。
 数少ない記憶のなかで、あの頃の私はいま目のまえの茜のように、狂人のように怒りっぽく傲慢だった。
 一世一代の大恋愛をしていた。彼女は生まれながらに女だった。私のようではない、私ではない彼女のことが好きだった。彼女がいまどうしているかはわからない。わかりたいとも思わない。それに当時から、いま思えば彼女のことなんてわかったつもりでわかってなんていなかったのだ。彼女のほうも、私のことなんて知りはしないだろう。だから、好きだった。もう、顔をあわせることのない、国境のむこう、経済の国、房州は遠く隔たっている。距離ではないものによって。
 代えのない、私の大切なひとは私のまえから去ったそうだ。伝聞系にしかならない、私には記憶がないから。