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130804(Sun) 22:30:03

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 子茉莉のことを私と茜は知らない。きょうの夜は購買に併設されたレストランで青ばら選の戦略会議もかねて食事会をすることになった。ディナータイムは六時半からということで、いったん部屋に戻ってからなずな寮のまえに集まることになった。
 茜はふだん、寮の食堂か取引所でしか食事をとらないから特別だ。きょうはじめてあったひとつ年下の子、二度目に顔をあわせたときには恋人になった。それは茜にとって特別なことだろうか。それとも、青ばら選に私がでることのほうが特別だろうか。取引所での茜の表情を思いだしてしまう、あのときの表情の理由を詮無いことだとわかっていても考えようとしてしまう。
 寮の外にでるともう日は暮れかかっているけど随分暑い。山沿いにたてられた寄宿舎街は日陰をつくるけれどそれで暑さが和らぐとか、そういうことはない気がする。日中、ずっと外にいたからシャワーを浴びたりもしたけれど、子茉莉を待っているあいだにももう汗に、頬に髪がくっついてしまっている。
「お待たせしました」
 そういってやってきたのは、子茉莉と取引所にいるあの背の高い女中だった。ただし、女中のほうは女中としての制服ではなく学園の制服を着ていた。
「あれ、いのり、子茉莉ちゃん迎えにいってくれてたの」
「階段を下りてくるときに偶然会いました」
「どうしたの夏奈、ふしぎそうな顔して」
「あの、女中のひと」
「いのりのこと? 彼女にも来てもらうんだ。そういえばいってなかったかもだけどいのりはあたしの秘書だから」
 そんなこと、一度もきかされていなかった。
「ごめんごめん。でも、内緒にしてたから。いのりにはいろいろ仕事をしてもらってるんだけど、あたしの秘書って知られてると動きにくいだろうから内緒にしてたんだよ。ほら、怒らないでさ、行こうよ」
 茜はさっさと歩いていこうとする。彼女は私のことを知っているのに、私だけが何も知らないような気分だった。いのりさんのことも、写真のことも、あのときの表情のことも。

 購買併設のレストランは、寮の食堂とはちがって学費にその料金が含まれているわけではないし、メニューもまったくちがう。働いているひとたちも取引所で働くような学生じゃないから、来るひとたちも自然と限られてくる。たとえば先生たちとか、市場で儲けたようなひとたちだ。だから学生同士のように茜とは呼ばれない、鮎川さまと呼ばれて、店の奥に通される。
 十二畳ほどの部屋で、正面は大きな窓になっていてその奥にはちいさな露台が設けられている。丘陵地に建てられた学園で敷地内に坂は多い。ここもそのひとつで小川とそのむこうの森があり、沈みかけた陽がみえてなかなか景色がいい。
「夏奈とは二度きたことがあったね」
 学園にきた最初の日、茜に買われて所有されるようになった日と、そのあと教育を施されたあとの試験だ。あのときも特別だったのだろう。特別の日じゃないと茜はいつもとちがうことをしたがらない。だから私が彼女のものになったのも子茉莉と恋人になったのも特別。写真の彼女、私に似たひとともきたことがあるのだろうか。はじめてきたとき、彼女は慣れた風だっただから、そうかもしれない。子茉莉と名前の知らない彼女、ふたりが私の幸せに影をさしたような気にさせられる。セルフタイマーでも撮れるけどあの並木道にカメラを置くような場所はない。誰かが撮ったのだろう。その誰かに訊けば、写真の彼女が誰だかわかるけど、茜に訊いても教えてはくれないだろう。
 席に着くと給仕のひとがやってきてグラスを置く。注がれたのは薄い黄色をした透明な液体で、つまりワインだ。
「これは?」
「景気づけだよ。ま、たまにはいいでしょ。それで、折角だから子茉莉ちゃんに自己紹介でもお願いしようかな。それと、いのりも。あたししかいのりのこと知らないみたいだしね」
「あの、わたしは飲みませんよ。まだ中学生ですし」
「子茉莉ちゃんなら飲んだことくらいあるでしょ。いいから、自己紹介してよ。自己紹介だけじゃつまらないから、そうだね……どうして夏奈と青ばら選にでようと思ったのか、夏奈のどこが好きなのかも話してもらおうかな」
「……中等部三年生の子茉莉です。実家は海ほたるにあります。夏奈さんと青ばら選にでようと思ったのはお金のためと、夏奈さんのことが好きだからです。どこが好きなのかは、ここでは申し上げられません、夏奈さんとふたりだけのときにおはなししようと思います」
「ふーん。つまんなーい。でも、子茉莉ちゃんはそれ以上いう気はないんだよね。次、いのりね」
「高等部三年生の松代いのりです。実家は銚子に、いまは茜さまの秘書を務めさせていただいております。茜さまから夏奈さま、子茉莉さまのお世話もするように仰せつけられましたので、何なりとお申し付けください」
 そういうと、携帯がふるえていのりの連絡先が送られてきた。
「うんうん。さすがあたしの自慢の秘書。そつなくこなしてくれるね」
「わたしのときとは随分と反応がちがいますよね。わたしも、茜さんのことはあまり存じ上げていないので紹介していただけますか」
「自分のことを自分で話すなんて格好悪いことはしたくないな。二年の茜だよ。家は館山にあるけど、いろいろあって初等部から芦原にいていまはお金持ち。それくらいで充分でしょ。ほら乾杯でもしよう。二ヶ月半しかないけどそれまで子茉莉ちゃんとは仲良くやっていかないといけないんだ。話すこともたくさんある。青ばら選のことだけじゃない、お金のことだけじゃなくて、たくさんのことが。子茉莉ちゃんと付きあった夏奈がどんな風になるのか、ほんとうの恋人同士のように睦まじくやっていくのか気になるし、できればそうなって欲しいし、海江田組を破って青ばらさまにもなって欲しい。ほら、乾杯だ乾杯!」
 やがて前菜が運ばれてきて、茜に仕込まれた姿で食事をする。